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何にも心配いらないんですよ、王子様

 

 そんなこんなで、ようやく晩餐へ向かう私の準備が整った頃には時間はギリギリだった。

 お祝いの会だ、遅れて行くような失礼はしたくない。すると、見計らったかのように扉がノックされて、開くと盛装姿のディーノ様が数名の護衛を従えて立っていた。

「まぁ! ディーノ様、とてもお似合いです」

 思わず歓声を上げると、ディーノ様が優しく微笑んだのでドキリとする。笑顔が、ライアン様によく似ていたのだ。

「ウィレミナも、すごく綺麗だ」

「本当ですか? 嬉しい。結婚する前に仕立てたドレスで、お気に入りの一着なんです」

 私がその場でくるりと回って見せると、ディーノ様は楽しそうに頷く。それから、小さな手が差し出された。

「僕は子供だし、エスコートというには力不足だろうけど。ご一緒していただけますか、妃殿下」

「光栄ですわ、王子様!」

 まあ、まあ、まあ! なんて素敵なパートナーなんでしょう!


 ディーノ様のエスコートで廊下を進んでいると、彼がきゅっと私の手を引いて強く握った。

 何か言いたい時の合図だ。それが分かるようになったのが、嬉しい。

「ディーノ様?」

 声を掛けると、立ち止まったディーノ様はこちらを見上げていた。

「ウィレミナ。今日は、ここに呼んでくれてありがとう。すごく楽しかった」

「それはよかったです。でもメインはこれからですよ」

 ふふ、と私が笑うと、ディーノ様は首を横に振る。

「どうしてウィレミナが僕をここに呼んだのか、分かった。僕は……せっかく家族になれたウィレミナが、伯爵家の家族を大切に思っていることに、嫉妬していた」

 小さな告白は、私の胸を真っ直ぐに射貫いた。

 責任感が強く、自尊心の高い彼がそれを認め口にすることは、勇気のいったことだろう。それでも私にきちんと伝えてくれたことに、胸がたまらなく締め付けられた。

「僕とお父様のことだけを大切にしてくれていたらいいのに、って思っていた。王子なのに、心が狭くてビックリするだろう?」

「いいえ。いいえ、決してそんなこと思いません」

 強く否定すると、ディーノ様は瞳を丸くして驚いた。ビックリ顔まで可愛いなんて、もう罪な王子様ですね。

 それから力を抜いて笑った表情はやっぱり父親であるライアン様にそっくりで、でも紛れもなくディーノ様で。ああ、私、この子のこと本当に好きだなぁ、と思った。

 もしもディーノ様がライアン様の子供じゃなくても、王子様じゃなくても、この子のことが大好きだし、大切だ。


 私の方からも手をぎゅっと握ると、ディーノ様は頷いた。

「今日ここに来て、ウィレミナが言っていたことの意味がよく分かった」

「はい」

「……何も心配いらないんだな。私がお母様のことを大切に思うように、ウィレミナも伯爵家の皆を大切にしているんだ」

「そうです。……そうです!」

 うんうんと頷いて、繰り返す。

 そうなの、私があなたを大切に思うのと同じことなの。何も失ったりしないんですよ。

「……家族は増えるものなんだな、ウィレミナ」

「その通りです、ディーノ様」

 あなたは、ルクレツィア様に会えなくなったけれど、失ってはいないんです。


 とびきり可愛いパートナーと食堂までの短い廊下を手を繋いで歩く。

 着いた先には美味しそうなご馳走と、笑顔の家族。晩餐は大盛り上がりで、ディーノ様も皆とよく喋り、たくさん食べてたくさん笑った。


 何故、楽しい時間はすぐに過ぎてしまうのかしら。

 やがてとっぷりと夜も更けた頃。

 おちびちゃん達は順番に眠りに入っていき、ヴァイオレットが乳母に抱えられて寝室に下がる頃にはディーノ様も目を擦っていた。

「……そろそろ城に帰りましょうか、ディーノ様」

 私がそう言うと、名残惜し気に周囲を見回してから彼はこくりと頷いた。

 陛下にお許しをもらったのは、王子様の数時間の外出だけ。残りたいと駄々をこねられても叶えてあげられないけれど、聞き分けが良過ぎるのも少し悔しくなる。

 無理でも私には我儘を言って欲しい、というのはこれこそ私の我儘。私を困らせたくなくて、ディーノ様は我儘を言わないのだから。

 やっぱり私自身が王妃として、きちんと力を付けるべきなのだと改めて気合を入れる。早くしないと、ディーノ様が大人になる速度の方が速そうだ。


 玄関ホールに着くとディーノ様は先程の眠たげな様子をすっかり消して、完璧な王子様として見送りに来た伯爵家一同に別れの挨拶を告げた。

「ハノーヴァ伯爵、夫人。今夜は素晴らしい会に招いてくれたこと、感謝する」

「勿体ないお言葉でございます、殿下」

 父のイアンが平身低頭の体で、ディーノ様にお礼を伝え返す。鷹揚に頷いた王子様は、父の隣に並んでいたアイリスに視線を移した。

「アイリス嬢。本当に誕生日おめでとう。あなたにたくさん幸福が来るように祈っている」

「ありがとうございます、ディーノ様」

 アイリスはにっこりと微笑んだ。その髪にはさっそくクッキーのラッピングに使われていた青いリボンが飾られていて、想像していた通りに白い肌と金の髪に美しく映えている。

 外には王家の家紋こそ付いていないが四頭立ての立派な馬車が待機していて、私はディーノ様に勧められ護衛の手を借りて先に乗り込んだ。

 次に乗ろうとしたディーノ様だったが伯爵家の面々の前では取り繕っていたものの、もう眠気が限界だったらしくタラップに躓く。

 あっ、と思った瞬間には、護衛の一人がサポートをするフリをして何事もなかったかのように自分の体で隠したディーノ様を抱え上げ、さっと馬車に乗りこんで来た。


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