形がいびつでも、ご愛嬌です
さてさて、さすがに参加者が多いので厨房の片隅を借りることは申し訳なく。
天板に型抜きをした生地を並べるところまでは、今日はもう使わない朝食室で行うことにした。食堂も晩餐の準備があるからね。
参加者は、リコリス以外の弟妹全員、そしてディーノ様だ。結局アイリスまで参加しちゃってる。
「あなたへのプレゼントなのに……」
私が唇を尖らせて言うと、アイリスは肩を竦めて笑った。
「だって、皆でこんなに楽しそうにしているのに仲間外れなんで嫌ですわ、お姉様」
「確かに」
仕方なく生地を二分して、私とアイリスの受け持ちに分けた。私のチームはベンジャミンとディーノ様、ルークの四人、アイリスのチームはランスロットとヴァイオレットの三人だ。
生地を均等に広げ、型抜きでぽこぽこと抜いていく。
先程全員と挨拶と自己紹介を済ませたディーノ様は、さすがに今は人見知りが出ていてぎこちない。フォローしようかと思っていると、ヴァイオレットが興味津々という様子でさっそく話しかけていた。
「王子様は型抜きは初めてですか?」
「ああ」
「ヴィオは三回目です! ウィル姉様はクッキーを作るのがとても上手なのよ」
敬語が取れてしまっているが、ディーノ様は寛大に許してくれている。彼はそうか、と頷いた。
「僕もこの前食べた。確かに美味しかったな」
「そうですよね! ヴィオは姉様のクッキーが一番好きです、クッキー以外はイマイチですけど」
大人ぶった仕草で指を振るヴァイオレットに、思わず目を剥いてしまう。ヴィオ、イマイチなんて言葉どこで覚えたの?
「……そうなのか?」
ディーノ様がちょっと驚いた表情でこちらを見上げる。うう、継母の威厳を保ちたかったのに……既になかったとしても。
「実はそうです……」
「うん……まぁ薄々気付いてはいたんだが……」
ディーノ様の気遣う視線が辛い。威厳、保てず。うう。
他の弟妹達は楽しそうに笑っているので、まぁいいか、と気を取り直す。私が不器用なのは本当だし、見栄を張ってもこれからずっと家族として過ごすディーノ様には遅かれ早かれバレてしまったことだろうし。
「さ、皆口だけじゃなく手も動かしてね! オーブンを使う時間は決まってるんだから」
手を叩いて促すと、皆作業に戻っていく。アイリスのチームは、新しく買ったという型抜きを使っていたが、こちらはいつもの丸型。失敗は少ない方がいいしね。
ディーノ様は慎重に型を抜き、綺麗な丸を作り出す。
「ディーノ様、こっちに乗せていってくださいね」
「ああ、わかった。ウィレミナ」
「はい?」
「やはり思った通り楽しいな、これ」
「でしょう?」
よかった! 城で練習の為にクッキーを焼いた時から、次の機会には絶対ディーノ様を誘おうって決めてたの。
引き続き、皆でわいわいと騒がしく作業を進めていく。
「姉様、こっちの天板は取り換えてもいいですか?」
ルークに話掛けられて、私は抱っこしていたベンジャミンを椅子に降ろした。おちびちゃんは型抜きを手に、気分だけ参加してとても楽しそうだ。
「ディーノ様、すみません。ベンが椅子から落っこちないように、少しの間だけ見ていてもらえますか」
「ああ、分かった」
ディーノ様は少し驚いた様子で青紫色の瞳を丸くしたが、すぐに頷いてくれた。それに頷き返して、私はルークの方へ向かう。
天板の数も限られているので、くり抜いた生地を並べ終わったものはアイリスのチームのものと合わせて、どんどんオーブンで焼いていってもらう手筈なのだ。晩餐の料理にオーブンを使う前にはこちらは終わらせる計算でいる。
「どれどれ」
「こっちです」
覗きこむと、ルークが生地でいっぱいになった天板を指す。ベンジャミンが型を抜いたいびつなものも含め、生地は整然と並んでいる。これはディーノ様とルークの几帳面さが表れているわね。
「うん、これぐらいで焼いていこうか。アイリス、そっちはどうかしら?」
アイリスの方に声を掛けると、彼女も綺麗に生地の並んだ天板を持ってやってきた。
「こちらも出来てますわ、お姉様」
「ああ、本当。ヴィオも上手に出来たわねぇ」
以前は指で触っていびつになってしまうことも多かったが、今はヴァイオレットが型抜きした生地も綺麗な形を保っている。
私の言葉に嬉しそうにニコッと笑ったヴァイオレットの笑顔が可愛い。久しぶりに皆でお菓子を作るのは、私にとっても楽しい時間だ。
「じゃあ……ランス、一緒に運んでくれる?」
「勿論!」
元気よく応えたランスロットに天板を一枚任せて、私ももう一枚の方を手に取る。
「姉様、僕が持っていきますよ」
ルークが紳士的に申し出てくれたが、彼には他に頼みたいことがある。
「ルークとアイリスは、次の天板に皆で取り掛かっておいて欲しいの。晩餐の料理優先だから、オーブンを使っていい時間は限られているわ。ここからは分担してさくさく進めましょ」
今私が持っている天板の生地が焼き上がる頃に、次の天板を持って行くのが一番スムーズな流れ。今までのように和気あいあい、のんびり型抜きをしていては、あっという間に時間が来てしまう。
「なるほど」
「わかりました」
年長の二人に作業と監督を任せて、私はランスロットと共に厨房へと向かった。
辿り着いたそこで料理人達は皆忙しそうに働いていたが、私達の姿を見て朗らかに笑う。
「お嬢様。オーブンですね」
「ええ。本当に、改めて忙しい時にごめんなさいね」
当然先に報せておいたものの、私が王子様をご招待したものだから料理人達の負担は増えたことだろう。思いつきで行動しすぎだとアマンダにいつも叱られているのを思い出して、はしゃいでいた気持ちが少ししぼんだ。
「いえいえ、皆腕を奮うって張り切っていますよ。お嬢様が好きな味を、是非王子様にも食べていただきましょうね」
私が幼い頃から屋敷で働いてくれている料理長の言葉に、しぼんでいた気持ちはまたホワンと膨らみ、心と目元は熱くなる。
そうなの、私の美味しいって気持ちをディーノ様にも味わって欲しかったの。皆の作る美味しいを、教えてあげたかったの。
「ありがとう、皆」
涙を我慢して私が笑って言うと、料理人達は笑い返してくれた。ううう、私、周りに恵まれすぎている……
天板を料理人に任せて朝食室へと戻る道すがら、ランスロットが私と手を繋いでくる。
「ランス?」
「ウィル姉様が頑張ってるから、皆姉様の手伝いをしたいんだよ」
「……うん」
「俺も姉様のこと大好きだよ」
「ありがとう。私もランスのこと大好きよ」
嬉しくなって、口元がだらしなく緩む。




