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待望の来訪者

 

 朝食を終えた私は簡素なドレスの上にエプロンを身に着け、クッキー生地と格闘していた。いや、まさに格闘。戦いよ。

 以前ディーノ様が見学していた時に作ったクッキーとは工程は同じだけど、量が違う。何せあれは練習と陛下とディーノ様に味見をしてもらうことを目的だったので生地の量は天板二枚分程度。生地を捏ねるボウルだって小さなものだった。

 今は違う。

 街のパン屋のごとく大きなボウルに粉も大量、他の材料も比例して大量。つまり生地も大きい。

 それを親の仇のごとく捏ねて捏ねて捏ねまくるのだ! 私と生地の戦いは続く!

 などと盛り上がっていないとやってられない、結構な重労働なのである。嫁ぐ前に作っていた時はアイリスと交代で捏ねていたが、彼女は今日の主役でこれはそのプレゼントだ。

 他の誰に手伝ってもらうことがあっても、アイリスにだけは手伝ってもらうわけにはいかない。

 でも実家の厨房の料理人達だって今日は大忙し。晩餐にはいつも以上にご馳走を作る為に、この時間からあれこれ下拵えをしている。

 私が時間を決めてオーブンと調理台の隅を借りているだけで実は結構迷惑だと自覚しているので、彼らに手伝ってもらうわけにもいかない。皆気心の知れたいい人達なので、そんな素振りは見せないけどね。

 優しい! いつも美味しいご飯をありがとう!!

「よし、これでしばらく生地を寝かせておくわ」

 ボウルを掲げて私が晴れやかに言うと、料理人のマットがそれを受け取ってくれた。

「お疲れ様です、お嬢様。こちらでお預かりしますね」

「ありがとう、忙しい日にごめんなさいね」

「いえいえ、俺達も同じレシピでクッキーを作ってお出しするんですが、お子様方にはやはりウィレミナお嬢様のクッキーの方がいいみたいなんですよね」

 マットが苦笑するので、私も笑ってしまう。レシピは同じ、材料だってこの厨房にあるもので作っている。

 だから、それでも私のクッキーがいい、と弟妹が思ってくれるのは気持ちの問題なのだろう。私には嬉しく料理人達には申し訳ないことで、結局は今のマットが考えているだろう、微笑ましい話、だ。

「私はクッキーしか作れないけどね」

「そうすね、お嬢様はちょっと……不器用さんですものね」

 あっさりと言われて私は彼を睨みつけたが、厨房には和やかな笑い声が広がった。

 え、皆さん忘れてませんか、私王妃なんですけど? なんて、ここで言っても更に笑いを誘うだけよね。


 厨房での和やか? な一幕の後はもう昼食の時間だった。長い闘いだったのよ。

 今夜はいつもより早い時間に晩餐を開始するしご馳走なので、昼食の内容は軽めに抑えておく。

 食堂を見渡すと、席に着いている弟妹達はそれぞれアイリスに渡す贈り物の準備をしていたようで、わくわくといった表情が抑えきれずにいる。その様子が可愛らしくて、私とアイリスは視線を合わせて微笑みあった。


 恙なく食事を終え、さてそろそろ生地の様子を見ようかとエプロンを身に着けていると、屋敷に客人が来訪した。

「来た!」

 その報せに私は待ってました、と着けたばかりのエプロンを取って玄関の方へと急ぐ。ファニーがいたら叱られてしまう速さの動きだったので、付き従っているミラベルは困ったような表情を浮かべていたが、ここは実家なので特別に許して欲しい。

 玄関に到着する頃には既に執事とレイリーネが客人を迎えていて、廊下を急いで歩いてきた私を見てその来訪者は目を丸くした。

「ウィレミナ!」

「ディーノ様! よくいらしてくださいました」

 私は自然と満面の笑顔を浮かべる。そう、客人とは麗しの王子殿下、ディーノ様だったのだ。そして彼の後ろには数名の護衛が立ち並んでいる、ご苦労様です。

 二日ぶりに見る相変わらず可愛い姿に、嬉しくなって駆け寄ると私は王子様を抱きしめる。

「ディーノ様! 会えなかったの、寂しかったですー!」

「こら、ウィレミナ。伯爵夫人の前だぞ、慎め」

「その伯爵夫人は私の母ですもの、慎みません!」

 頬を赤くしてディーノ様が鹿爪らしいことを言うので、私はきっぱりと反論した。王城よりも更に自由な私に、ディーノ様は目を白黒させている。

 あーん、そんなところも本当に可愛いですね!


「あらあら、ウィル。殿下が驚いてらっしゃるわ、あなた曲がりなりにも王妃様なのだからもう少しシャンとなさいな」

 レイリーネにおっとりと、しかししっかりと諫められて渋々ディーノ様から身を離す。残念、感動の再会なのに。

 あと今、曲がりなりにもって言った? 言ったよね?

 私があからさまに不満そうに唇を尖らせていると、ディーノ様が一度ぎゅっ、と私の手を握ってからサッと手を離した。

 な、慰めてくれている……! うちの王子様が世界一です!!

 私が感激しているのをわざと見ないようにして、ディーノ様はレイリーネと挨拶を交わし、屋敷の奥へと招かれて進んでいく。

「娘の誕生日のお祝いの会に来ていただけるなんて、伯爵家一同光栄に思います」

「こちらこそ、お招きをありがとう」

 ディーノ様はまだ緊張しているようだが、王子として堂々とレイリーネに受け答えしている。私が玄関であんなに馴れ馴れしくしなければ、もっと固い雰囲気だっただろう。

 王子然としているディーノ様も本当に素敵だけど、普段の生意気で優しいディーノ様の方がもっと素敵なので皆に知って欲しい、と思うのは私の我儘だろうか。

 勿論王子様の私的な面を全て曝け出す必要はないので、この辺りは陛下や世話役の人達に相談してみよう。


 そう。

 実は私が城を出る前に陛下にお願いしていたこととは、ディーノ様を実家にお招きすることだった。

 私が実家の家族を大切にすることに関して、ヤキモチを焼いてくれたディーノ様。そんな彼に両親や兄妹のことを見て、知っていて欲しかったのだ。

 これはディーノ様の教育とかは関係ない、私の希望。これから私が実家の話をする際に、相手を知っているのと知らないのとではその話の印象も全く違ってくると思うし、大好きな家族のことを大好きなディーノ様に知っていて欲しかったのだ。

 本当は陛下にも会ってもらいたいけど……そこまでは贅沢な願いよね。

「さて、ディーノ様。とてもいいところにいらっしゃいました、これからクッキーの型抜きをするのですが、ご一緒にいかがですか?」

 私がそう提案するとさすがのレイリーネも驚いた表情を浮かべたが、ディーノ様はニヤリと笑った。

「参加させてもらおう」

 そうこなくっちゃ!


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