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離れていると、より貴方を思う

 

 こうして嵐の去ったハノーヴァ伯爵邸は、その日はそのまま何事もなく一日が過ぎた。

 ルークの買ってきてくれたお菓子は、私が結婚する前大好きでよく行っていたお店のもので、私は大喜び。皆でお茶の時間に美味しくいただきました。


 そして翌日。

 アイリスの誕生日当日の今日、私は赤ん坊が泣き出す前に自分で目覚めた。

 ミラベルに手伝ってもらって手早く身支度を整え、朝食室にさっさと向かう。昨日と違い今日は弟妹達はおらず、そこにはのんびり食後のお茶を飲んでいる父のイアンだけがいた。

「おはようございます、お父様」

「ああ、おはようウィル。私は先に失礼するよ」

「いってらっしゃい」

 挨拶だけ交わして、父は仕事へと出掛けていく。国史編纂という仕事がそんなに忙しいとは私には思えないのだが、父は毎日律儀に城へ登っていく。それもまた、仕事なのだ。

 席に着くとすぐにメイドが朝食の皿を運んできた。今朝の料理も美味しそう。実家に帰って来ると、私は食べてばっかりね。

「私も早く食べて、生地作らなくっちゃ」

 カトラリーを手に、気合を入れた。

 今日は、アイリスのリクエストのジンジャークッキーを作る。練習も城でしてきたし、材料は確保しておくように料理人にお願いしてあるので、準備はバッチリ。

 せっかくなのでルークのリクエストであるクルミのクッキーも作ってあげたいけれど、今日はアイリスの誕生日。彼女の言葉の方を優先することにした。ルークの誕生日には、クルミのクッキーを作って寮に届けてあげよう。


 そこまで考えてふと、私は食事の手を止める。

「一人の食事って、静かね」

 ポツリと呟くと、いつも賑やかな部屋に意外なほど響く。

 王城でも朝食こそ一人で摂っているが、昼食はディーノ様と、夕食は陛下も交えて三人で食べている。近頃は陛下と一緒に食べる回数は増えるばかりで、ディーノ様はとても嬉しそうだ。勿論、私も嬉しい。

 ここは私がずっと暮らしてきた、実家。

 隅々まで居心地が良く、大好きな家族達に囲まれて暮らすことに何も不自由はなかった。アマンダが訪れる際は少し心が揺らぐが、それだっていつまでも続きはしない。

 この屋敷に居続ければ、私はそのまま何一つ変わることなく幸福で、停滞した日々を送っていたのだろう。

 ロイとの婚約を破棄をして、そこから目まぐるしく変わっていった私の世界。

 今や私は王妃で、ライアン様とディーノ様というとても素敵な家族を得ることが出来た。

 世界が変わっていく中、私はもう立ち止まっているわけにはいかない。私を愛してくれる人たちの為、そして勿論私自身の為にどんどん進んでいくしかないのだ。

 正直、嫁いだばかりの頃はそのことに囚われ過ぎて少し余裕を無くしていたと思う。でも今は平気。

 何よりライアン様が私を愛し、信じてくれているから。

 彼から向けられる優しい眼差しや、その深い愛情が私を更に強くしてくれるのだ。


 陛下のことを考えると、次に浮かぶのは可愛い王子様のこと。

「ディーノ様、昨日は一人でお昼を食べたのかしら」

 今の私のように、少し寂しさを感じていたりするのかしら。

 勿論予定を変更して実家に帰ることはディーノ様にも告げていたし、そうでなくとも元々二泊三日で留守にする予定ではあったのだが。それでも私の不在を彼がどのように感じているのか、知りたいと思った。

 陛下は、寂しいと言葉にしてくれた。申し訳なく思うと共に、ライアン様に求められていることを実感して嬉しかったのも事実だ。

 ディーノ様はどうなのだろう。あの子に悲しい思いや寂しい思いはして欲しくない、でもいつも私が側にいることを当たり前だと感じていて、不在違和感を感じてくれていたらやっぱり嬉しいと思うだろう。

 私が今、寂しく思っているのと同じ様に。

 会いたいって、思ってくれたら嬉しい。

「ちょっと子供っぽい考えかしら」

 誰もいないのをいいことに、私は独り言を続ける。するとそこで、レイリーネの言っていたことが思い出した。


 私がアマンダに拘るのは彼女は母ではない、と口では言っていても、アマンダのことを母だと強烈に意識している所為。

 大人ぶって、もうアマンダのことなんて気にしていない、というフリをするから辛いのかもしれない。きちんと正面からその感情と向き合って、今も私の中で燻っている幼い頃の悲しみや怒りをもっとちゃんと認めることで、このモヤモヤと折り合いを付けられるのだろうか。

 とはいえ、毎日そのことだけを考えてモヤモヤしているわけでもないのが、ややこしいところだ。目を背けておけて、しまう。

「…………うん、今はもうちょっと放っておこう」

 他にやることもあるし、ここでいつまでも自問自答していても仕方がない。少し冷めてしまったオムレツはそれでも十分美味しくて、私は口に運んで思わずにっこりと笑った。

 美味しいものを食べるって、本当に幸せ!


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