拘泥
応接室へと場所を移し、アマンダが座る向かいのソファに私は座った。アマンダは眉間に深い皺を寄せていて、それを見ているだけで溜息が出そうだった。
「あなたときたら、王妃というお役目をなんだと思っているの!」
「あなたには関係ないでしょ」
「あるから怒ってるんでしょう! 陛下をお育てしたのは私で、あなたを推薦したのも私だからよ」
「そもそも何を勝手に推薦してるのよ、素直な陛下が本当に私を呼んじゃったじゃないの!」
「私の知ってる限り、子守はレイリーネかあなたが一番上手いからよ。まさか、王妃にまでするなんて思わなかったわ!」
え、ちょっとライアン様!?
私は今知った事実に衝撃を受ける。……あ、でも確かに始めにアマンダに声を掛けたって言ってたわね……? アマンダにお飾り王妃の役まで頼むのは、立場とか年齢とか鑑みて難しいと思うから、本当にディーノ様の世話役として依頼したってことなのかな。で、アマンダはそれに私を推薦しただけ? お飾り王妃役セットはいつ発生したの?
私がポカンとしている間にも、アマンダの口は止まらない。人のこと言えないけど、よく喋る人だなぁ、もう!
「イアンに聞いたわよ、あなた陛下に散々失礼な物言いしたそうじゃないの。もう本当にこの子は」
イアンは父の名だ。ハノーヴァ伯爵、イアン・ブリング。
「父は今はレイの夫よ? 元妻だからって呼び捨てにするのはどうかと思うわ」
「揚げ足を取らないでちょうだい。イアンは元夫である前に、私の幼馴染でもあるのよ」
私はアマンダのこういうところが苦手だ。言ってることは間違ってはいないかもしれないが、自分のしてきたことを棚に上げている感じ。
でもその棚に上げられているのが、彼女が私を娘として愛さなかったこと、だと私自身が考えている所為で、冷静さや公平な判断を失うのだ。
私を置いて行ったくせに、今更母親ぶって説教しないで! そう怒鳴り返せたらどれほど楽だろう。
でも、私は父と義母にそれなりに愛されて育ち、兄妹に恵まれ、今は夫とその連れ子にも大切にしてもらっている。
そして何より大人になってしまった。実母に直接恨み言をぶつけるほど、幼くはないのだ。いつか陛下に話したように、幼い頃の怒りや恨みは、今となっては私を縛る程の力はない。
ただこんな風にいかにも母親っぽく叱られると、彼女に置いて行かれた悲しみと怒りでぐちゃぐちゃだった頃の幼い私が顔を出してしまう。
本当に、感傷というものは厄介だ。
「とにかく、王妃としての自覚をしっかりと持って、ちゃんと務めなさい」
「それぐらい分かってるわ」
「自覚があったらこんな風に急に予定を変えたりしないでしょう。あなたの一挙手一投足が注目されているのよ」
そう言われて、またムッとする。
私も色々考えて自分なりに頑張ってるのに、一面だけを見て決めつけられるのは嫌だった。
「……あなたから見て王妃失格でも、私は私なりに頑張ってるの。陛下にもちゃんと相談してるし、放っておいて」
「まぁ偉そうに」
「そっちこそ、私に偉そうにしないで」
アマンダは厳しい家庭教師のように、眉を吊り上げる。
「あなたがどう思っていようと、あなたは私の娘なのよ。だから淑女としてきちんとして欲しいのよ」
何それ。
何なのよ、それ。
「母親として忠告するなら、まず嫁いだ娘を心配してからにしてくれない? 母親はしない、でも母親として注意する、なんてムシが良過ぎるわ」
私がハッキリ言うと、アマンダはハッとしたように僅かに震えた。
これだから、この人に会うのは苦手なのだ。アマンダは私のことが嫌いでこんなことを言ってるんじゃないって分かってる。それでも、理屈ではないどうしても彼女の言うことに素直に頷けない私がいるのだ。
「あらあら、ちょっと目を離した隙にもう激戦? 始めの方を見逃してしまったわ」
ティーセットのトレイを持って現れたのはレイリーネで、彼女はおっとりとそう言うと私の隣に座った。
私とアマンダが気まずくて黙っていると、レイリーネはテキパキとお茶を淹れる。
「アマンダ様も、昼食食べて行かれますか?」
レイリーネはカップをアマンダの前に置いて、にっこりと微笑む。その笑顔に圧力のようなものを感じたのは、私だけではないようだ。
アマンダはカップに手を付けることなく、さっと席を立つ。
「遠慮しておくわ。休憩時間に仕事を抜けてきただけだから、もう戻らないと」
「あら残念……お忙しいんですね」
そう言うとレイリーネも立ち上がる。だが、アマンダは手を振って見送りを断った。
「お邪魔したわ、レイリーネ。イアンによろしく伝えてちょうだい」
「ええ。またいつでもお越しくださいな、アマンダ様」
何しに来たんだ、あの人。




