そもそも断る権利はないのだけれど。
陛下は私を見てあの華麗な逆転劇を思い出したのか、口元を手で隠す。
「あれは非常に見物……ではなく、大変な災難だったな」
「ええ……ですが、おかげでこんな素晴らしいお話をいただけたのですから、人生どう転ぶか分からないものですね」
今見物って言った! 絶対言った!! この王様、美形だし優秀だけど、食えない男~~~~
ライアン陛下は六年前に即位と同時期に結婚しお妃様を迎えたが、彼女は男子を一人産んですぐに亡くなってしまった。
元々体の弱い方だったと聞いてはいるが、妃としての仕事やプレッシャー、そして出産、と立て続けに起こったことに御身が耐えられなかったのだという。お可哀相に。
そんなわけで次に国王陛下が二人目の妃に望んだ条件が、一も二もなく丈夫であること。
先のお妃様の子である、王子様を過不足なく育てることが出来ること。
さらに、重ねて、丈夫であること。
それはもはや、鉄板と結婚なさった方がよろしいんじゃございませんこと??
もうお分かりですね、特技はケーキを等分に切り分けること、木登りから落っこちる幼い弟をキャッチしたこと数知れず、の長年培ったちびっこのお世話メソッドにはちょっと自信のある、大家族の長女・私に白羽の矢が立ったのです。選考理由、頑丈!!
ちなみに私、八人兄弟です。今の母は二人目。お父様ったら、やるぅ。
とはいえ。頑丈なことと子供の世話には自信があるけど、王妃様ってそれだけではないでしょう。
先代の妃であるルクレツィア様は、淑女の鑑と呼ばれていた侯爵令嬢。
容姿端麗な上に数か国語が堪能で、外国からのお客様には通訳なしでその国の文化について詳しくお話をしてもてなしただとか、婚礼の際に身に着けていた見事なベールの刺繍は自分で針を入れただとか、女性の社会進出を後押ししてアディンセル国初の女学校設立に尽力したとか、華々しい話しか聞こえてこない、完璧な女性だ。
そんな彼女だから亡くなられた時は国中が悲しみ、私もお花を持って屋敷の近くの教会でご冥福のお祈りをした記憶がある。
異例の長い王妃の不在は、大きな損失を皆が忘れることが出来ていない証拠。さすがに亡くなってから何年も経ち、そろそろ二人目の妃を、と周囲が言ってくるのは理解出来るが私がルクレツィア様と同様に務められるとは、どれほど自惚れても思えない。
「私、公務などを行えるような才女ではないのですが、お役目が務まりますでしょうか」
びしばしと私が陛下を睨みつつ言っても、彼はしれっと答える。
「構わん。これまで妃は不在だったのだ、これからも公務は適宜別の者に任せる。どうしても外せない式典への出席などの、最低限の役目をこなせば問題ない」
「…………それって、王子様に既に乳母がいるわけですし、私自体必要ないのでは?」
不思議に思ってつい言ってしまうと、父がまた息を呑む。大丈夫ですか、息吐いてますか?
しかし寛大な陛下は頷き、私の疑問に答えてくれた。さすが非公式の会談、無礼講のおかげで命拾いしたわ。
「私に次の妃を娶れとうるさい輩が大勢いてな。私もこのまま妃の席が空席で良いとは思っていない」
そりゃ妃の公務を誰かに肩代わりさせることは出来ても、妃がいなくていい筈がない。王族、特に王と妃は国の代表だ。いません、で通るわけが、ないのだ。
でもこの口ぶりはそれだけじゃないな?
「その点そなたの父は要職だが、権力闘争に無縁の部署だ。家の格はやや劣るが……歴史のある家柄だしな」
そりゃあ国史の編纂部署って絶対必要だから要職と言われているけれど、実質閑職ですものね! 有史以来ずっとその部署で代々務めている我が家の国内での位置づけはつまり、そういうことです。
「なるほど。女避け」
確かお亡くなりになったお妃様の家は有力な侯爵家だった筈。その血を継いでいる王子様もいらっしゃるし、ここで下手な家から二人目の妃を迎えては後々後継ぎ問題などで火種になりかねない、と考えたのか。
「一言でいえば、そうだ。嫌か?」
金の髪に神々しいまでの美貌の王様は、そんな風に仰る。
そりゃあ、愛するつもりはない、と最初に釘を刺しておくわよね。私だってたまたま恋愛がコリゴリじゃなければ、クラッときてしまいそうな美貌なんだし。
そっか、それも見越してあの婚約破棄騒ぎで白羽の矢が立ったのね。
王様って大変だなぁ、せっかくなので好きな女性と結婚したい! とか考えないのかな。公人に私情は許されない、のかなぁ……
ここで不敬だの何だのと言われるのならば、このお役目は断るつもりだったけどさすが王様。もっとも、こんな条件を引き受けてくれる貴族令嬢なんて他にいませんものね。
王子様のお世話係をやりたがっている貴族夫人は大勢いるし、妃になりたい貴族令嬢はもっと大勢、それこそ山ほどいる。でもどちらも、となると途端に誰もいない。
しかも、皆が一番欲しがってる権力と寵愛はナシ。
「……わかりました。謹んで、お受けいたします」
私がにっこり微笑むと、謁見の間に漂っていた何ともピリついた空気が緩む。ピリつかせたのは、私だけどね!