妹と弟、そして妹。
「姉様!」
「おかえりなさい」
私に飛びついてきたヴァイオレットの勢いに少し後退すると、後ろから支えられる。振り向くと、ブリング家の第四子である弟のルークがいた。
「ルーク、ありがとう」
「どういたしまして。おかえりなさい、姉様」
ちょん、と頬にキスを受けて、私も同じ動作を返す。すると、妹二人も騒ぎ始めた。
「ヴィオも!」
「あら、お姉様は私のお祝いに帰ってきてくれたのよ、私に一番にキスをくださいな」
ヴァイオレットのは可愛いおねだりだけれど、アイリスは明らかに妹と争うフリをしている。ううん、もう、お姉ちゃんったら人気者で困っちゃうなーハハハ
ルークにベンジャミンの抱っこを代わってもらうと、ヴァイオレット、アイリスの順に可愛い妹達の頬にキスをする。ヴァイオレットは姉に勝った! という顔でご満悦で、アイリスと私は視線を合わせて微笑み合う。
ヴァイオレットは最近、何でも自分が一番じゃないと気にいらないお年頃。でも自分よりも年下のベンジャミンやリコリスがいるので、なかなか優先してもらえることが少なく、ちょっぴり癇癪を起しやすくなっているのだ。
これぐらいのことで喜んでくれるのならば、お安い御用というもの。
ちなみに父のハノーヴァ伯爵も義母のレイリーネも濃淡の違いはあれ、アディンセル貴族に多い金髪碧眼なので弟妹も皆その色味を受け継いでいる。
逆に実母アマンダの色を受け継いでいるのが、私と兄のアレクシス。青みがかった銀の髪と琥珀色の瞳は、それだけで悪目立ちする程ではないが、珍しくはあった。
「ヴィオ、抱っこしている人に突撃しちゃ危ないでしょう?」
「ごめんなさい、ウィル姉様。姉様に会えて嬉しかったの、だってヴィオ、姉様のこと好きだもん」
私が膝をついて目線を合わせてヴァイオレットに注意すると、彼女は素直に謝ってくれる。可愛い。はい、もう許した!
「私もヴィオに会えて嬉しいわ」
ぎゅーっと抱きしめると、ヴァイオレットもぎゅうぎゅうと抱きしめ返してくれる。ああ、可愛い。
私が妹にデレデレしている間に、ベンジャミンのおしめを手早く取り換えてくれていたルークも妹を窘める。
「そうだぞ、ヴィオ。姉様はちっこいんだから、突進していったら転んでしまうだろう?」
「最近背が伸びてきて成長期だからって、姉をちびっこ扱いはいただけないわねルーク」
つい最近会ったばかりだというのに、先程支えてくれたルークの背は随分伸びていて私を追い越しそうだ。成長期恐るべし。
レイリーネに言われた時は否定したけれど、実際私は何から何まで実母に似ていて、髪や目の色は勿論、小柄な点もアマンダと同様だ。同腹兄のアレクシスはそこは長身の父に似ているのだから、私が身長の話に敏感になってしまうのも仕方がないだろう。
ルークは反論せずにふふ、と笑う。それがまた余裕綽々でこ憎たらしい。ここは、姉の威厳というものをたっぷりと教えてあげようじゃないの!
頭の中で開戦の銅鑼が高らかに鳴り響き私は腕まくりをしたが、そこはさすが弟妹。ルークはあっさりと礼をして子供部屋を出て行き、アイリスがおっとりとフォローを入れた。
「でもお姉様は、とてもお美しいもの。小柄なのも相俟って、妖精のようよ」
妹よ、社交界デビュー三年目でやっと結婚した姉を指して妖精はない。身贔屓はブリング家のお家芸ね。
「アイリスにとってお姉ちゃんは女神のような存在かもしれないけど、世間的には小柄な凡人よ」
「それはいくらなんでも盛りすぎです、お姉様」
「途端厳しいじゃない……」
にこ、と微笑むアイリスは、おっとりとした雰囲気や容姿はレイリーネそっくり、ほっそりとしつつも最近は女性らしい丸みが出てきて、社交界に出たら殿方の注目になること間違いなしの清楚美少女だ。今十五歳だから、アディンセル社交界のデビューの年、十七歳まではあと二年。
それまでに更に淑女としての磨きをかけるのだろう。姉としても楽しみであり、鼻が高い。
その頃までには私も、あの婚約破棄騒動の汚名を返上し、王妃として国民の支持を得られるような存在になっていなくちゃね。
「でも自慢のお姉様なのは本当ですわ」
「ありがと。あなたの社交界デビューの頃までには、世間からみても自慢出来る王妃になれるように、頑張るわ」
「今のままでも十分自慢ですけれど……それでもお姉様は頑張り続けるのでしょうね。どうか、無理だけはなさらないで」
私よりも背の高いアイリスが、甘えるように頬を私の頭に押し付ける。子供の時の仕草の名残だが、もう見た目は立派な淑女の彼女がするとどこか色っぽい。
「うーん、こういうの殿方にはやってはダメよ」
つい老婆心で私がそう言うと、アイリスは驚いた様子で水色の瞳を丸くした。
「しませんわ。家族にだけです」
そこは信用してる。……でも最近傍にいられていないから確証がないんだけど、この子好きな人がいるような気がするのよね~。これ、姉の勘!
聞き出すなんて野暮なことは致しませんが、気にはなる。どうか悲しい結末にだけはなりませんように、という姉心もある。
「ウィル姉様、アイリス姉様。そろそろ食堂に行きましょう?」
何となく探るようにアイリスを眺めていると、ずっと大人しく私に頭を撫でられていたヴァイオレットがそう声を上げた。
それを渡りに船とばかりにさっとアイリスが飛び乗る。
「そうねヴィオ、皆待ってるわ。お姉様も」
「あ、うん」
上手く逃げられてしまったわ。
こうして実家一日目は帰宅した父や普段は別邸に住んでいる兄も交えての賑やかな夕食となり、何事もなく和やかに過ぎた。
そして私はすっかり油断していて、予想出来た筈の台風の襲来に無防備になってしまっていた。




