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妃の品格


 さてさて、準備の為に日を取ってくれていたけれど実際はいつもそんなに準備なんて必要ない。何せ急遽身一つで嫁いだ為、生活に必要なものはほとんど実家に残っているのだ。

 実際伯爵邸にはしょっちゅう帰っているし、数日の宿泊は嫁いでから初めてかな? という程度だ。伯爵邸の方にも警備は常駐しているし、後は王妃としての私に仕えてくれている護衛だけ一緒に来てもらえば問題ない。

 侍女としていつも傍にいてくれるファニーは明日からお休みの日だったし、エリックやミラベルも休暇に当ててもらおうと思ったのに、二人は絶対に一緒に行くと言ってくれた。


「王妃としてはかなり身軽な身だけど、やっぱり結婚前よりは色々な人に予定変更などをさせてしまうわよね」

 必要最低限のものだけを鞄に詰めながら軽率な自分を反省していると、手伝ってくれているミラベルが首を横に振った。

「様々な理由で予定が急に変更になることはよくあります、その為に余裕をもってスケジュールを組んであるのですから、お気になさらないでください」

「でも……やっぱり、ごめんなさい」

「妃殿下、私はありがとうの方が嬉しいです」

 晴れやかな笑顔を浮かべたミラベルに、私も笑顔を返す。そうよね。

「ありがとう、ミラベル」


 やがて支度の整った私達はファニーに見送られて、王の家族の居住棟を出た。

 公務で王族が使う表門ではなく貴族の使用する別門を使うつもりでエリックとミラベルを従えてしずしずと歩いていると、廊下の脇に数名の女性が立っているのが見える。

 うーん、嫌な予感。だって知ってる顔だもの。

 ロイと婚約してた時は彼の不貞を散々私に教えてくれて、婚約破棄後は()()して夜会に招待してくれた、「親切な」令嬢達だ。

 人をいたぶる以外の娯楽を知らないのかな、この人達。


「まぁ、王妃様……ではなくて? 御機嫌よう」

 その中の一人に堂々と声を掛けられて、思わず鼻白む。

 この場において、先に声を掛ける権利を持つのは位の高い者。つまり、王妃である私だ。そんなことは貴族ならば誰でも知っている一般常識。

 彼女達は当然それを知らないのではなく、あえて無視して私に声を掛けたのだ。私を侮って。

 私個人を侮るのはいいけど、いや、ダメだけど、それより今私の座っている椅子を侮ることは許されない。

 彼女達が馬鹿にしているのは「椅子に座っている私」であり、そうされる理由は私が不甲斐ない所為だけど、同時に王妃を馬鹿にしたことに変わりはないからね。

 ここは断固抗議しなければ、と顔を上げた私の前に、音もなくエリックの背が立ちはだかる。え、音しなかったよ!?


「今の行動は、妃殿下への不敬と捉えますが」

 ハッキリとした口調でエリックがそう告げると、彼女達は途端気色ばむ。

「まぁ、護衛風情が偉そうに!」

「ご挨拶しただけじゃない」

「わたくしが誰だか知ってて、その口のきき方なの?」

 飢えた小鳥が餌を強請る様の方がまだ上品、といった様子で彼女達が口々に文句を言う。

 私は呆れて声も出ず、いつの間にか私のすぐ傍に寄り添ってくれているミラベルは憤懣やるかたない、といった様子だった。

「あなた方が誰なのか? 勿論分かっています、ターウェル侯爵令嬢、キャリソン伯爵令嬢、モーガナ子爵令嬢」

 エリックはすらすらと彼女達の家の爵位を口にする。

 なんで知ってるの、怖いよ。私、彼女達のこと言ったことないよね……?

 同じように、名を知られているとは思っていなかったらしい令嬢達が青褪める。

「な、何よ……」

「わたくし達、ご挨拶しただけですわ」

 あからさまに勢いをなくした彼女達を冷たく一瞥して、エリックは更に言葉を落とす。


「陛下から、妃殿下をあらゆるものからお守りするよう厳命されています。あなた方の不敬行為は、然るべき部署に報告します」

 彼が強い口調でそう断言すると、彼女達はオロオロと取り乱し挨拶しただけなのにだの何だのごにょごにょ言いつつ後退していく。

 それでもターウェル侯爵令嬢だけは、気位の高さゆえなのか自分が始めたことだからなのか、私をキッと睨みつけて礼を取った。

「それでは失礼いたしますわ、妃殿下」

 それだけ言い捨てると、ツン、と顔を背けその場を去って行く。他の二人の令嬢もバタバタとそれに続いた。

 遠くなっていく彼女達の背に、ミラベルは思いっきり顔を顰めている。

「王妃様に向かって、何て失礼なのかしら!」

「全くだ」

 エリックも頷き、それから姿勢を正して私の正面に立った。

「不愉快なことから御身をお守り出来ず、申し訳ありません」

「え? いいえ、十分守ってもらったわ」

 謝られる意味が分からずに私が首を傾げると、彼は首を横に振る。


「最初にあのような態度を取ることを許したのが、失態です」

「ああ……でもあれは侮られた私が悪いんだし、自分で対応しようと思ってたぐらいなのよ」

 そう言って私が手を振りエリックの失態じゃないことをアピールしたが、今度はミラベルも一緒に首を横に振る。なんで増えたの?

「妃殿下は直接対応なさらないでください」

「あんな奴ら、妃殿下が相手にすることないですよ!」

 う。

 なるほど。エリックの言い方だけだと、私余計な喧嘩買いがちかなって反省だけしちゃうとこだった。いや、買いがちなのは反省します、はい。

 じゃなくて、つまり王妃殿下という立場上、直接やりあうのは相手のレベルまで自分を落とすことになる、てことよね。それは確かにいただけない。

 私が目指すべきは、彼女達のような人に侮られない振る舞いをすること。そもそも王妃として敬われる存在にならなくちゃいけないんだわ。

 かつて、ルクレツィア様がそうだったように。


「……わかったわ。露払いは任せます、エリック」

 気合を入れて私が頷くと、エリックは心得たように礼をしてくれた。



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