大好きです、王子様
「いや……王妃にお菓子を作るように言うのは……どうなのだろう、と思って」
「え? ……えっと、でもアイリスは妹だし……」
思いがけないことを言われて、私は目を丸くする。内容もそうだけど、ディーノ様がそんなことを言うなんて意外だった。
「とはいえ、公私の区別はつけるべきだろう?……ハノーヴァ伯爵だって、ウィレミナと城で会っても家臣として接しているし」
「父は王城勤務ですからねぇ……?」
んんんー?
変だぞ。すっごく変。聡明で優しいディーノ様にしては、明らかに屁理屈。自分でもそれが分かっているのだろう、歯切れが悪い。いつもの勢い出して行きましょうよ!
あとちなみに私は嫁いでからも実家に何度か帰ってるけど、実家では父は今まで通りの態度ですよ。公私分け過ぎなぐらいです。私もふざけて不敬罪にしてやる~とか言ったりしてるし。いや、割と父、失礼な男なので。
もう嫁の貰い手なんてないと思ってた、奇特な人がいてよかったなぁとか。ほら、私どころか陛下に対して不敬じゃないですか!? お生憎様、うちの夫は私にメ、メロメロなんですよ!
あ、ダメ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
「今は確かに王妃ですが、家族の接し方が変わったら寂しいので、私は今まで通りがいいんですが……」
「でも……」
「ん?」
ジリリ、とベルの音がしてオーブンが焼き上がったことを告げる。
その隙間に、ディーノ様の声が頼りなく零れた。
「だって……ウィレミナは、今は僕とお父様の家族だろう?」
かっ
かわいい~~~~~!!!!
あれですか!? かつて、ルクレツィア様の立場が脅かされたり、ライアン様を奪われることを不安に思っていたディーノ様が私にも同じ気持ちを抱いてくださってる!?
具体的に言うと、独占欲!!!
ああん、可愛い。そうですね、ウィレミナはディーノ様の家族ですものね、えへへへへ。
ニヤニヤ笑いが抑えきれない私を見て、ディーノ様は眉を顰める。
ああ、馬鹿にしてるわけじゃないんです! 嬉しいだけなんです! でもそうだよね、きっとディーノ様自身これを言うことは子供っぽい独占欲だと分かりつつ言ってくれたのに、大人の私が笑っちゃ自尊心が傷つくよね。引き締めなきゃ!
でもディーノ様五歳なので、本来子供っぽくて全然いいんですよ!?
私はディーノ様の正面に立つと、そっと膝をついて顔を突き合わせる。
「ええ、ディーノ様。私とディーノ様、陛下は家族です」
「うん……」
そう、と頬を撫でると、その手に頬をぐいぐい押し付けて来る王子様のなんと可愛いこと。小さな手に、きゅっと手を握られて、私はやわい気持ちになって微笑んだ。
「私と陛下が結婚して家族になりましたが、ルクレツィア様が家族じゃなくなったわけじゃないでしょう?」
そう言うと、彼は唇を噛みしめる。
ディーノ様は本当に聡明で、自分でも屁理屈を言っていることをよく理解している。それでも言わずにはいられなかった気持ちが嬉しいし、言えるようになってくれたことも嬉しい。
あなたが寂しいなんて思う隙間もないぐらい、抱きしめるよ。きっと、ルクレツィア様の分も。
ぎゅっとその小さな体を抱きしめると、ディーノ様も手をめいいっぱい伸ばして抱きしめ返してくれる。
「だぁいすきですよ、ディーノ様!」
厨房は、焼き上がったお菓子のふんわり甘い香りに満ちている。
王子様の自尊心を守る為にいつの間にか最低限の護衛だけが残っている空間で、私は大好きな家族をめいいっぱい抱きしめる。
「…………僕も、ウィレミナのことが好きだ、大切だ」
「はい! 嬉しいです。ディーノ様がルクレツィア様のことが大好きで、私のことも好きでいてくれるのと同じように、何も心配いらないんです」
そう言うと、私の服を握るディーノ様の手に力が籠る。
可愛い大好きな王子様。彼の身も心も守るのが、家族になった私の役目であり、願いだ。
「……ごめん、ウィレミナ。ワガママを言った」
「いつも私の方がワガママ言ってるので、たまにはディーノ様に言われるぐらいじゃないと釣り合いが取れません」
抱擁を解くと、ディーノ様の額がこつん、と私のそれに触れる。
「……本当に、そんな風に言ってもらえるのは嬉しいので、謝る必要なんてないんですよ、ディーノ様」
この雰囲気ならばいける! と踏んだ私は、かねてよりやってみたかった、ディーノ様のさらさらキラキラの金の髪を梳いた。
「でも僕は王子だ。子供だからって、甘えることは許されない……」
下唇を噛むディーノ様に、私はたまらない気持ちになる。
そりゃあ大層立派なことだと思う。まだ五歳だけどこの子が大人びているのは、こういった経緯もあるのね。
当然次期国王、王太子殿下として、一個人に許されないことはたくさんあるだろうし、私はまだ新人王妃で彼の責務を何一つ理解していないのだろう。だけど、これだけは言える。
「私はあなたの家族よ。家族には、甘えていいの!」
もう一度力一杯抱きしめると、ディーノ様は痛い、と小さな声で不満を述べたが、縋り付くような小さな掌はしっかりと私の肩に回されていた。
*
陛下は私の宣言にも動じることなく紳士的に椅子を勧めてくれて、私は昼間の出来事を丁寧に説明した。
もう少し動揺してくれても、いいんだけど!
「と、いうわけで予定よりも先に実家に帰ります!」
焼き上がったジンジャークッキーはテーブルの上、皿に上品に盛られている。
実家ではいつも熱が取れたら籠や箱にざっと入れておいて、食べたい人が勝手に取っていくスタイルだったのに、出世したわね、ジンジャークッキーよ。
「ディーノの気持ちは分かったが、そなたが帰省を早める理由は分からん」
本来は二日後のアイリスの誕生日当日に実家に帰るつもりだったが、急遽今日帰ることにしたのだ。
今も王妃としての仕事を受け持っていない私は本当に身軽で、帰省の準備の為という謎の理由で今日から妃教育もお休みだった。
陛下は本当に私に妃として独り立ちして欲しくないみたい。ファニーに言わせると、過保護、なのだとか。
「んもう、察しが悪いわねダーリン」
「…………そんなこと初めて言われたな」
「察しが悪い? ダーリン?」
「両方だ」
「あらまぁ、そうですか。あなたのハジメテをいただくのは、気分がいいですね」
ふふっ、と私は笑う。
いつもしてやられてばかりなので、少しはやり返さないとね!




