恋の味は砂糖菓子よりも、刺激的
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「さっきは、感情的になって悪かった」
あれって感情的だったんだ!?
むしろ無表情な所為で感情が感じられず、ものすごく見放されたカンジがして怖かったんだけど。
衝撃に固まる私に、陛下は形の良い頭を下げる。
ライアン様は王様だけど、身内だけの時はきちんと素直に謝ってくれる人だ。
これは高貴な人は謝ってはいけない、と聞いていた私にはとても意外で、そして嬉しい誤算。ありがとうとごめんなさいが言える人は、いい人!
夕食を終えディーノ様が就寝の為に下がった後、今は場所を変えて王妃の私室に二人でいる。少しのアルコールと、少しの恋人の時間だ。
今も寝室は別だし、私達はそういう意味では本当の夫婦ではない。
でも、陛下が私を気遣ってくれているのがよく伝わるので、今はお互いを知ったり気持ちを近づけていく過程がとても楽しい。
「いいえ。私も、何だかムキになってしまって申し訳ありませんでした」
ソファに並んで座り、陛下の腕が私の腰に回っている。
「では、仲直りということで構わないか」
「別に……喧嘩していたわけではありませんし……」
「よかった」
引き寄せられると、衣服越しに陛下の皮膚を感じてドギマギする。
うううう、恋人って常時ここまで接近するもの? 適度に距離を開けた方が喋りやすくない? あ、でも陛下ほんとにいい匂いする……て、やだ、私変態みたい? もー誰か助けてー文字通り国宝の美形が横にいるよー!!
脳内で大運動会開催中の私を、陛下は興味深そうに眺めつつ話題を変えた。
「……公務といえば、大臣達に妃を紹介する小規模な夜会を催すように望まれたが、どうする?」
「どう、とは」
ぎこちなく動いて、何とか私は返事をする。
ブリキのおもちゃの方がまだ動きが滑らかでしょうね。早く慣れたい。でも慣れる自信がない。真の美人は、三日経ってもちっとも見飽きないのですが!?
「元々情報交換や慰労の意味も兼ねて、定期的に王主催で夜会を開いている。式や祝いの会を行わなかったので、その席でそなたのことを紹介したいのだが、構わないか?」
「ええ。勿論です。最低限の公務ってやつですね」
「ああ……もし嫌なら、最初の挨拶だけでも構わない」
彼はさっきの話はもう忘れてしまったのだろうか? お仕事手伝いたいんですってば。
ムッとして私が眉を寄せると、宥めるように眉間に指で触れられた。
「勿論出席します! 王妃としての仕事ですもの」
「ああ……」
少し落胆したかのようなトーンの声に、だんだん不安になってくる。
これでも結婚前、ロイと婚約していた時に舞踏会などには何度も出席しているし、そこで何か大きな失敗をしたことはない。
だからこそ、婚約破棄の場であそこまで強気に言い返した私の姿に、皆驚いていたのだから。あえて猫をかぶっていたわけでもなく、あれほど馬鹿にされた状況じゃなければ、私は没個性な振る舞いしか出来ない凡人なのだ。
ただの貴族令嬢と王妃ではまた振る舞いに違いがあるだろうけれど、他に何か頑なに人前に出したくない理由があるだろうか。
「ひょっとして、私……ルクレツィア様に比べてすごく劣っているから、人前に出すのが恥ずかしい、ですか?」
「まさか」
自惚れているつもりはなかったが、いつの間にか増長していたかもしれない。恥ずかしくなって少し身を引くと、それ以上に抱きしめられて距離が詰まる。
否定は早く、そして簡潔だった。
「ウィレミナ、そなたに劣るところなど一つもない」
「それは言い過ぎでは……」
「本心だ。青みがかった銀の髪も、この琥珀色の瞳も、小柄な体も、何よりその中に収められている元気な魂を、私はとても美しいと思うし、いとしく感じている」
「…………ぅぅ」
「どうした、具合でも悪くなったか?」
褒められすぎて羞恥に耐えられなくなった私が顔を両手で覆うと、その指にキスが降りてくる。
陛下、今、絶対悪い顔をしてる! でも見れない! 顔を上げたら茹でタコみたいなこの顔も見られちゃう!
「真剣な話をしてるのに、揶揄うなんてひどいです……」
「揶揄ってなどいない。本心だと、最初に言った筈だ」
「愛する気はないって言ってたくせに……」
ちゃんと謝ってくれたのに出会った時の話を持ち出すのは卑怯かな、と思いつつ彼に一矢報いたくてそう言うと、陛下は僅かに唇をへの字に曲げた。
何度も何度も言うが、美形はどんな顔しても美形だ。一度つぶれたパンみたいになっちゃえ!
「そのことに関しては、我が妻が納得するまで何度でも詫びよう。ただし、そなたも"ちっとも愛していない"と言ったことを忘れるなよ」
反撃された。実は結構根に持っているんですか? ライアン様。
「だってあの時は本当に好きでも何でもなかったんですもの」
「同感だ。胆力のある女だとだけ思っていた」
「私も美形だな、としか思ってませんでした」
「何だ、顔に惚れたのか」
顔がいいのを自覚しているタイプの美形だった! しれっというところが、さすがいかにもディーノ様のお父様ですこと。
「ええー自惚れが過ぎませんか」
「なるほど、では人となりを知って惚れてくれたと。光栄だな」
「ぉぉ……よく恥ずかし気もなく……」
「気の強い妃には、私もこれぐらい強気でなくては、釣り合わんだろう? そなたに相応しい夫になろうと必死なのだ、いじらしかろう」
「どの口で……」
何だか可笑しくなってくすくすと私が笑うと、その顔を掬いあげるようにして触れるだけのキスをされた。
まるで世界から音が消えて、陛下しか見えないみたいな、不思議な一瞬。
ちゅっ、と可愛らしいリップ音をたてて離れていく薄い唇に、視線が釘付けになる。
残るのは、唇に僅かなアルコールと陛下の香り。
「キスした……?」
「妻に触れるのに許可はいらんと言われていたのでな」
しれっとライアン様は言って、また私を抱き寄せる。どうでもいいけど、私達ずーーーとくっついてますね!? 実は!?
「…………今そんな雰囲気でした?」
「許せ、可愛いそなたが悪い」
抱きしめられると、きゅうと胸の中が軋む。
助けて、ディーノ様!!!
脳内のディーノ様が、何でもすぐ僕に頼るな、と冷たい目を向けてくる。お顔はそっくりだけど、やっぱりディーノ様を見ていても綺麗だなぁと思うが、こんな風にときめいたりはしない。
ライアン様といると、自分が彼に恋をしていることをまざまざと実感させられる。




