家族の団欒、でもそのままでは終わりません
ところで。
家族を手探りで模索中の私達は、それぞれ意識的に互いが接する時間を作るようにしている。
さっきのディーノ様の読書時間に部屋にお邪魔してたのも、本当に邪魔していたわけではなく、午後のお茶は二人で飲む約束をしていたからだ。
ライアン様とディーノ様は午前のお茶の時間を一緒に摂ることが多いらしい。国王陛下は、午後からは謁見とか視察とかあって、比較的午前は執務室にいることが多いから、なのだとか。
夕食は三人、その後は私とライアン様。でもこれはあくまでその予定、というだけで相変わらず多忙なライアン様にはほとんど会えない。
夕食は大抵ディーノ様と二人。でもこれまでディーノ様は一人で食事をしていたようで、誰かと食事を共にするのは嬉しい、と言ってもらえたので、よかった。
お互い、嫌いなものを頑張って食べるのは継続中。
そういう意味で王子様の好き嫌いが減りました、とこっそり厨房から感謝の言葉が届いている。
陛下は背も高いし、ルクレツィア様も小柄な方ではなかったと思うので、ディーノ様も成長期になったらどんどん身長が伸びるのかな。その為には何でも満遍なく食べて栄養を摂っておいた方がいいよね。
私も……最近キノコがたくさん皿に乗っている気がするけど……頑張って食べるわ……感謝の言葉の代わりに、こっそり皿から除けるとかしてくれていいんですよ、厨房チーム。
よもや王子様と並行して、王妃の食育までしてませんよね?
「なんでウィレミナはキノコが苦手なんだ? 美味しいだろう」
「殿下こそ何で野菜嫌いなんですか、美味しいじゃないですか」
夕食の席。料理が運ばれるのを待っている間に、私とディーノ様は互いを牽制し合う。
お子様相手と侮るなかれ、ハッキリ言って凡人の私よりもこの麗しい五歳児様の方が賢い。舌戦だって、なめてかかると、やりこめられてしまうのだから。
でも内容が好き嫌いとか、子供らしいチョイスなのは可愛い! 陛下との親子の話題は難しいもののことが多いので、私に合わせてくれているのかもしれないが。
そこで扉が開き、僅かな衣擦れの音と共にライアン様が現れた。
「お父様!」
ぱっ、とディーノ様の表情が輝く。陛下は私に挨拶のキスをくれて、ディーノ様の頭を優しく撫でた。
「遅れてすまない」
意外と王子様はこれを気に入っているらしく、嬉しそうに受け入れている。でも相手が陛下だからに決まっているので、プライドの高いディーノ様に私がやってもいいものだろうか、というのは最近の悩みだ。キラキラ、艶々の髪に触れてみたい!
「ちっとも構いません。まだ食事も始まっていませんし」
な? とばかりにディーノ様に視線を向けられたので、私も頷く。
「そうか」
ライアン様は順番に私達を見つめ、目元を和ませた。
無表情でいるとちょっと怖いぐらい整った顔が、ほんの少し笑うと随分印象が変わる。恋をする前から、綺麗な顔だな、と美術品を鑑賞するような気持ちで見ていたが、恋に落ちてからはまるで違う。
眩しくて直視出来ない、みたいな気持ちになって、また頬が熱くなって、手を握りしめてしまう。恋をすると、気持ちも体も何もかもが全然違ってきて戸惑う。
初恋は一桁歳の時にしたし、その後比較的幼い頃にロイと婚約してそのまま来たから、私って恋愛経験がゼロみたいなものなのよね……
見目麗しい貴公子に、友達ときゃっきゃと見惚れたことはあるけれど、あれは舞台役者に騒ぐようなもので、恋とは言わないのだろうし。
「お父様、今朝の件なのですが」
さっそくディーノ様は朝の話題の続き、一日自分なりに考えた結果を報告している。
陛下は穏やかな表情でそれを聞きつつ、相手が子供だからといって適当に誤魔化したりせず厳しい意見を言い添えていた。五歳児ですよ!? というツッコミはもう言い飽きた。
美しく料理が盛られた前菜の皿が運ばれてきて、私はマナーに気をつけつつカトラリーを操る。実家で子供達との食事と言えば、もっと戦場のようなものだったのでこの静けさにはまだ慣れない。
食事のマナーだって、一通り淑女の嗜みとして実家で家庭教師に教わったことしか出来ないので、昼食もディーノ様と一緒にマナー講師に指導してもらいながら摂ることも多い。
公の場に出た時に私だけでなく、陛下や殿下にまで恥をかかせない程度でいい、とは言われているけれど、ちゃんと王妃を務めるならばそれでいい筈がないのだ。
「ウィレミナは、変わりないか」
ちょうど水を飲み終わったタイミングで話しかけられて、私は少し考える。陛下は、女性や子供と接する機会は少なかったのか、ディーノ様にも私のも、まるで部下と話す時のように水を向ける。
本当はもう少し家族として寛いだやり取りをしたいのだが、それはまだ早いよね。私達は、まだ出来たばかりのぎこちない家族であり、夫婦だ。
とはいえこれは、ファニーに相談していたことをお願いしてみるチャンス。
「実はひとつ、お願いがあるんです」
「言ってみろ」
おや、と陛下の片眉が上がる。ディーノ様も私が何を言いだすのか、興味津々でこちらを見ている。
何だか、そんな風に注目されると居心地悪いんだけど。
「……妃教育を受けたいと思っています」
「不要だ」
「え」
驚くほど速く返事が返ってきて、私は目を丸くした。まるで考えるまでもなく、以前から決まっていた結論を口にしただけのように、早くて素っ気ない。
「何故ですか?」
「始めに言った筈だ。ディーノを育て最低限の役目を果たすだけでいい、と」
ライアン様は、言い聞かせるように落ち着いた声でそう言う。でも何故か、私には苛立っているように聞こえた。
「でも本来は私が……私の座っている席の者がすべき仕事がもっとあるのでしょう?」
「王妃不在が長かった為、公務は他の者で回すことが出来る。問題ない」
「そんなのおかしいです。他の人に王妃の仕事をしてもらうより、王妃自身がした方が絶対にスムーズです」
言い募ると、陛下の瞳には何か戸惑いに似た感情が揺れた。
そんな彼を見るのは初めてで、私が困惑していると陛下は瞳を閉じてしまい、感情を隠す。
途端、突き放されたような気持ちになって、私は呆然とした。