王妃の頼れる側近たち
「せめて、出来ることから手伝わせてもらえたらいいんだけど……」
妃の私室に辿り着くと、メイドがお茶の支度を始める。
ああ、それぐらい自分でやるのに……とも思うが、あれは彼女の仕事なのだ。それを奪うことは、メイドの仕事を軽んじることになる。
ソファに座ると、絶妙な温度の紅茶がサーブされてさっそく一口。
「美味しい……」
思わず溜息みたいな歓声が漏れちゃったけど、メイドのミラベルは控えめにはにかんでくれた。確かに自分でお茶を淹れることは出来るけど、同じ茶葉を使ってもこんなに美味しく淹れる自信は、私にはない。
やっぱり、それぞれの仕事にはプロフェッショナルがいるんだから、彼らから仕事を奪ったところで彼ら以上の働きが出来なければただの傲慢、妃としての立場を振りかざしただけだ。
だとすると、やはり最初の悩み、妃としての公務に参加する? というところに戻ってきてしまう。
「……ねぇ、ファニー。私が王妃の公務をするのってどう思う?」
向かいのソファに座っている侍女のファニーに聞いてみる。
彼女の名はファニー・フレシアン、マルベル伯爵夫人であり私の相談役も兼ねてくれている。元々は侯爵令嬢だったので、結婚前の身分は私よりも上。
でも私が彼女よりも身分が下の元伯爵令嬢で、今は上の王妃だとしても公平な意見を述べてくれる有難い存在。たぶん、まだそんな気配は全くないけど、私と陛下の子が生まれたらその子の乳母候補なのだろう。
ええ、まったくそんな気配は微塵もありませんけど、現在。
「そうですね。王妃様は妃教育を受けておられませんので、急には無理だと思います」
うーん、と考えてファニーは答えてくれる。亜麻色の髪を上品に結い、理知的な緑の瞳の美人で、ほっそりとした華奢な体躯だけどか弱いことはなく、必要なことはズバッと言ってくれるので本当に助かる。
「そうよね、私もそう思う」
「この国には長く王妃様が不在でしたので、ウィレミナ様が焦って公務に参加なさる必要はないと思いますよ」
ファニーの言葉に、壁際に控える護衛のエリックとミラベルも頷いてくれる。
それでも私がうんうん悩んでいると、穏やかな表情のままファニーの気配がちょっとだけ変わる。何、何かこう、怒ってる的な?
「……それとも、どなたかに何か、進言されまして? 妃殿下」
「いやいや、別に誰にも嫌味とか言われてないから大丈夫!」
上品な人の静かな怒り、怖い!
ファニーはそういうことからも私を守る役目も兼任しているらしく、とても気を配ってくれているのだ。
確かに、ポッと出の元伯爵令嬢の現王妃なんて、陛下に取り入りたい人からすれば目障りで仕方がないでしょうしねぇ。今のところそういう輩はファニーと、あとたぶん陛下自身が配慮してくれている所為で、お目にかかったことはない。
大事にされている、自覚はあるのだ。
「そうじゃなくて……私が、陛下の役に立ちたいの。今の……ただ守られてぬくぬくと過ごしてるだけじゃなく」
言っている内に頬が熱を持って、赤くなるのが分かる。三人ともあらあら、みたいな顔してるし。うう。
「陛下の為に、ですか……」
ファニーは先程の怖い気配は綺麗さっぱり消して、微笑ましいとばかりに慈愛の視線を向けて来る。あああ、やっぱり言うんじゃなかったな!? 恥ずかしい!
「ウィレミナ様は、もう十分に陛下の御世に貢献しておられると思いますが……わたくしもお気持ちはよく分かります」
「本当?」
「ええ、わたくしも夫に頼りにして欲しい、とは思いますもの」
「そう。そうなの! 陛下は完璧超人だし、私みたいな凡人の助けは必要ないのは分かってるんだけど……何かしてあげたくて」
「愛ですわねぇ……」
「アイ!!?」
何も飲んでないのに、喉がゴキュッと鳴る。ミラベルは、両手を握りしめて感激しているし、エリックに至っては照れてそっぽを向いている。
ちょっと三人して私で遊んでない??
私が唇を尖らせると、ファニーはホホホ、と上品に笑った。誤魔化されないぞ!
「では……妃教育を開始して欲しいと申し出てはいかがでしょう?」
「なるほど?」
「陛下は確かに、妃殿下に対して少し過保護過ぎます。正しい知識や教養を授けることは、長い目で見れば妃殿下自身をお守りすることに繋がりますからね」
なるほど。無知なままでは、ノーガードってことよね。
確かに知識や教養を身に付けることは、武器を増やすことでもある。ライアン様が万が一切羽詰まった状況になった時に、私を庇護する分ぐらいは手抜き出来るようになっておかなくちゃ。そんな陛下、正直想像出来ないけど。
「ありがとう、ファニー! さっそく陛下にお願いしてみるわ」
「ええ、それがようございます」
さすが王妃付きの侍女。頼りになる!