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大丈夫。心配はいりません、私はとても強いので

 

 そんな話をしてから間もなく、再び陛下との食事の機会が巡ってきた。


 ディーノ様は、私を応援するということで今回は二人きりにしてくれる為に欠席。

 貴重な機会を作ってくれた王子様の為にも、この恋を成就させる為に私は全力で押していくつもりだ。愛することはないだろう、と言われはしたが、愛してはダメとは言われていない。まだまだうら若き乙女の私、彼以外の人と恋愛は許されないけれど、その彼と恋愛することに何の問題があろうだろうか?

 ディーノ様に認めてもらった私は、今や無敵だ。国王陛下、お覚悟を!

 ……なんて、自分を奮い立たせておかないとすぐに撤退してまたディーノ様に縋りつきたくなる。

 いつも大人なんだからと五歳児にあれだけ偉そうにしているのに、本当に私は情けない。


 *


 食事は和やかに進み、前回気に入ったと私が言ったワインがまた用意されていて、些細な会話を覚えていてくれたことに嬉しくなる。やがて夜も更け、陛下に誘われて食後酒のグラスを持ってバルコニーに出ると、眼下に素晴らしい王都の夜景が広がっていた。

「綺麗! いい眺めですね」

 風が少しあって目を細めると、まるで風除けになるかのように陛下が隣に立つ。室内からの灯りに照らされた彼の姿は、惚れ惚れするほど美しい。これは、惚れた欲目なのだろうか。

「ああ。前回はディーノに構いきりで、そなたの話をあまり聞くことが出来なくて拗ねていただろう? せめてもの埋め合わせだ」

「拗ねてません! ……でも、ふーん……これは結構得点高いですね」

 高級なワインより拳大の宝石よりも、好きな人にこんな風に気遣ってもらえる方がよっぽど嬉しい。こんなこと、ロイには全く思ったことがなかったので、あながち彼ばかりを責めることも出来ないかしら。

 いや、でもあの男のやり方は確実に間違っていたので、私が反省する必要はないか。忘れよう。


 そのまま静かに夜景を見ていたら、ライアン様が話を始めた。

「今朝も、ディーノはそなたの話をしていた。あれは本当にウィレミナに懐いているな」

「……賢い方なので、あの方に認められたことは誇らしいです」

 つい本当に嬉しくて笑うと、陛下も目を細める。

「そなたに頼んで正解だった。……最初はアマンダに頼もうとしたのだが、五歳児と戦える体力はもうない、年を考えろと叱られた」

「ああ、母なら言いそうです」

 うんうん、と私は頷く。私のこういうところは母譲りなのだ。

「代わりにウィレミナを推薦されてな。まぁあの騒動で、素質があるのは十分に分かっていたし、アマンダの娘ならば信用出来ると思ってそなたを呼んだのだ」

 選考理由、身も心も頑丈! 陛下は大層お目が高い。

「母の推薦でしたか……これは荷が重いですね」

 何せ実母のアマンダ・ファウスは、私の父との離婚歴があるものの現国王を育てた女傑として国中の働く女性の憧れであり、現在は王立女学校の学長を務めているのだ。

 まだまだ身分社会・男社会のこの国にあって、新設の女学校の初代学長。それだけで母がどんな人なのか、推して知るべしってカンジよね。ゴリ強です。ゴリゴリに強い、じゃないです、ゴリラみたいに強い、です。

 この前実家で会ったけど、相変わらず元気一杯だった。あの様子では余裕で五歳児と戦えると思う。ディーノ様の方が絶対に大人しい。

 でも、実母の推薦のおかげで陛下とディーノ様に会えたのだから、少しは感謝しておこう。


「あ、でも母のような働きを期待されているのでしたら、無理ですよ。私は母に育てられていませんので、彼女の教育メソッドは一切知らないので」

「は? 何故だ」

「何故って、私が生まれてすぐに母はまた王城に出仕し、あなたの乳母をしていたからではないですか」

 そっと手で示すと、陛下は美しい青い瞳を見開いた。

 陛下は私の兄と同い年であり、それゆえに母・アマンダは陛下の乳母の一人として選出された。兄と私は三歳違い、出産で一度宿下がりしたものの私をぽーんと産んだ後はまたすぐにイキイキと働きに出ていた人である。

 陛下は母に大層懐いていたらしく、他の乳母よりも長くお仕えしていた、というのは家族じゃなくても知られていることだ。


「それは……すまないことをした」

 ぎこちなくそう言う陛下に、なんだか私は笑ってしまう。お互いもう大人なのだから、ここで謝られたところでどうなるものでもないのだ。

「構いません。母は好きで仕事を選んでいたし、幼い陛下を責めるつもりもありません」

「……アマンダは、他の者と違いハッキリ意見を言ったりきちんと叱ってくれるところが、私には必要だと感じたんだ」

「高貴な方は自分で子育てしませんものね。乳母や世話役に信頼のおけるものを選ぶのは当然のことです」

 うんうんとまた頷くと、陛下は私を見下ろして目を細めた。

 突然シリアスなカンジの表情とかされるとドキッとするじゃないですかーもー……

 ただでさえ、私は陛下のことが好きなんですから。


「……私を責めるつもりはない、と言ったな。では……アマンダのことは、恨んでいるのか?」

 驚いた。

 そんな感傷的なことを言う人だとは思っていなかったから。陛下は基本的に滅私の人なので、彼を育てる為に母が私達を放っておいたことには思い至らなかったのだろうけれど、知ってすぐに放っておかれた子が親を恨むかもしれない、と思いつくのか。

 彼は本当に、この短い間に変わった。

 それは確実にディーノ様との交流のおかげであり、ほんの少しは私の協力のおかげ、だといいなぁ、と欲張ってしまう気持ちがある。

 でも、私が母に思う気持ちは今はただひとつ。


「恨んでないですよ」

 ちょっと肩から力が抜けて、私は自分でも驚くぐらい穏やかな気持ちでそう言えた。でもまだ陛下の視線は、私の中の嘘を探るように細められている。嘘じゃないですってば。

「うちには乳母も他の使用人も兄もいましたし、特に不自由はなかったです。当時は少し怒ったりしていたと思いますが……今何か思うことはないですね」

「そうか」

 実母に放っておかれたことは事実。だけど、義母は私や兄を他の弟妹と分け隔てなく愛してくれた。本当に、十二分に。

「ただ、」

 言いかけると、陛下の視線が私に戻ってくる。うーん、ちょっとクセになりそう。

 だってこの国で一番偉い、しかもこんなに美しい人が私の言葉に反応してくれるのよ? 夢中になる前に、自分にブレーキかけておかなくちゃね。

「寂しくはありました」


 だって、この人は私を愛するつもりはないんだから。

 またまた前言撤回。無敵なんて嘘。精一杯頑張るつもりだけど、恋が破れた時に好きになり過ぎていたら辛くなる。

 母の喪失を知る私は、こういうところが少し臆病だ。

 どんなに求めても手に入らないものはあるのだと、強く思い知らされてしまっている。


「……そうか」

「お母様は、私じゃないよその子供のところにいるんだ、って思うと、腹が立つよりももっとずっと寂しかったです」

 こんなこと今更言っても何にもならない。

 何不自由なく育ててもらったし、母は陛下の乳母として仕事にやり甲斐を感じていた。だから、これは正しく私の感傷なのだ。

 当事者の陛下にも、本当は聞かせるべきではない、本音。


「それは……」

「だから、謝罪の言葉は結構ですって。本当に……誰かを責めるつもりはないんです、ただそうだった、てだけで」

 なんだか作り笑いにも精彩を欠いちゃうな。こういう時はもっと気にしてません! ていう溌剌とした笑顔を浮かべてしんみりした空気ごと吹き飛ばしちゃいたいのに。

「……だから最初の顔合わせの時、私にディーノを育てることに参加するように言ったのか」

「あーはは、その件は本当に不敬でした……」

 何だかんだ言って、婚約破棄直後で気がたっていて、もうどうにでもなれ、ぐらいの気持ちだったのだろう。あの時の私は、正直あのまま投獄されてもおかしくないぐらい不敬だった。それでもよかったのだ。

 でもまぁ傷ついた乙女なのだから、無罪だろう。陛下もきっとたぶん絶対そう思ってくれているのだろう、彼は僅かに首を横に振る。

「いや……結果、今私がディーノと良い関係を築けているのは、間違いなくそなたのおかげだ。礼を言う」

「いえ……ちゃんと報酬はもらいましたし?」

 その言葉で、最近の私の奮闘は随分と報われるというものだ。すとんと私の胸に落ちて来た優しい響きに、自然と微笑むことが出来た。

 ちなみに頂いた拳大の宝石は、今は使い道がないので万が一離縁された際にお金に換金するつもりでいる。国宝って売れるのかな……

「それに、おかげで素晴らしい余生が過ごせています」

「余生か」

 また陛下が目を細める。何だか今度はちょっとムッとしているような?

「ええ。婚約破棄された時に、令嬢としての私は死にました。今は、子守としてディーノ様をお支えすることが、私の願いです」


 そりゃあ恋が実れば万々歳だけど、そんな贅沢なことこれ以上望める筈もない。これほどの信頼を裏切るなんて、私には出来ない。

 嫌われても離縁されてもいいから、恋心を打ち明けたい、そう思っていた私の気持ちはすっかり小さく萎縮してしまっていた。



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