泣き虫王妃の弱音
「……落ち着いた?」
突然本当に泣き出した私に、ディーノ様は盛大に狼狽した。狼狽した所為で、いつもは背伸びしている口調があどけなくなっているのがまた可愛い。
しかし、泣くような話をしていたわけではないのに、ビックリさせちゃって本当に申し訳ない。感激したのと、最近のあれこれで感情がグチャグチャになってしまった所為だ。
ディーノ様は何も悪くないのに、驚かせちゃった。
「みっともないところをお見せしました……」
今は二人掛けのソファに並んで座り、ディーノ様が私の手を握ってくれている。本当に優しい子だ。
なのに私ったら、泣いちゃって本当にみっともないし、情けない。
ぐすっ、と鼻を啜ると、ディーノ様がハンカチを貸してくれたので、有難く目元を押さえる。
護衛や侍女は壁際に控えているけれど、具合が悪くなったわけではないので静かに待ってくれている。でもポーカーフェイスの筈の彼らからも、心配そうな気配がしているので、本当に私は周囲に優しくされているなぁ、とひしひしと感じた。
本当に、有難い。
「ウィレミナ……」
眉を下げて、せっかくの可愛いお顔を悲しそうにしているディーノ様に申し訳なくて、私はぎゅっと口角を上げて見せる。
「もう大丈夫です!」
「嘘だ」
驚くほど鋭く返されても、私は笑顔を貫く。
勘の鋭い弟のベンジャミンはどれほど私が嘘の笑顔を浮かべていても、不安がって泣きじゃくった。ディーノ様も、決して誤魔化されてはくれないようだ。
「嘘じゃないですよーほら、今のちょっとホームシックっていうか、季節の変わり目なので体調の変化と共に弱気が出たというか……」
「ウィレミナ」
「えっと……」
ぎゅう、と手を握られる。その必死さに、誤魔化すのは失礼な気がして私は俯いた。
「……僕は子供だし、ウィレミナからすれば頼りないかもしれないが、大切な友達が困っているのを、放ってはおけない」
「ディーノ様……」
どうしよう、うちの王子様がカッコよくてまた泣けてきた。
「何故ここで泣く!?」
「ディ、ディーノ様がカッコよくてぇ~~~」
ぶわっと涙が零れて、私は素直に言う。オロオロと何ごとか唸っていたディーノ様だが、ハンカチは私に既に渡してくれていたので今度は服の裾で自ら私の涙をそっと拭ってくれた。
「当たり前だっ! 僕はあのカッコいいお父様の子だぞ」
何故ここで陛下! お父様大好きっ子め!!
「うう、ディーノ様カッコいい……結婚して……!」
「お父様と結婚しておいて、どこが不満だ!!!」
怒られた。
「洗いざらい詳しく話せ」
むすっ、としたディーノ様に促されても、陛下の実の息子である彼に言えるわけがない。
「いやぁ、その……」
ますます不機嫌になったディーノ様は、すくっと立ち上がった。
「わかった。僕に話せないとしても、お父様になら言えるだろう? お父様ならば必ず解決してくれる筈だ」
「むしろ陛下にだけは知られたくないですー!!!」
すたすたと外に向かって歩き出した小さな王子様に追い縋って必死に止める。ディーノ様はますます私を睨みつけた。
もうこれ以上、ここで隠しておくことは出来ない。誤魔化すことは許さない、と聡明な瞳が言っている。
「実は……陛下のことを好きになってしまいまして……」
「…………結婚しているのだから、いいんじゃないのか?」
至極当然の疑問だ。案の定、ディーノ様は拍子抜けした顔をしている。
ディーノ様は急に私が来たことを政略結婚の所為だと思っているので、ならば私が陛下に恋心を抱くのはむしろ良いことだと考えているのだ。
でも話はもう少し複雑なのだ。
「実は私……結婚する前に、ライアン様に愛することはないだろうと言われていまして」
「なっ」
敬愛するお父様のひどい言葉に、ディーノ様は青紫の瞳を見開く。
ああ、ここでせっかく仲良くなった親子の仲が険悪になるのは避けたい。
「あ、でも大丈夫ですよ、ディーノ様! 陛下は私に冷たいんじゃないんです、ルクレツィア様のことを大切にしているだけなんですよ!」
「お母様のことを……?」
慌てて私が言い繕うと、王子様は難しい顔をした。え、お母様大好きっ子として、そこは喜ぶところじゃないんですか?
「もう誰かに恋をすることはない、ともハッキリ言われましたし、これって陛下が今もルクレツィア様のことを愛しておられるということですよね? ……だから、一生叶わない恋をしていることが……少し辛くて」
ふふ、なんて自嘲気味に笑ってヒロイン気取ってみせましたが、ディーノ様は難しい顔のまま。え、ちょっと今の私の女優並みの切ない表情見てました?
「ウィレミナは一人で勝手に決めつけるの、よくないと思うぞ」
「え?」
思いがけないことを言われて、私は目を丸くした。そう? です?? か?
「……お父様に言ってみればいいと思う。僕は庭師の件、どうしていいか分からなかったが、自分なりの考えをお父様に言った。あれであってたのか、まだ分からないけど……自分で考えて、ちゃんと言った」
「あ、ハイ。それは素晴らしいことかと……でも。愛するつもりのない、飾りの妻に告白されても困らせるだけじゃないかなぁ、とか……」
「でも、ウィレミナは恋を黙っているのが、辛いんだろう?」
「っ……」
辛い。
言いたい。
好きですって、言いたい。そして、出来たら好きになって欲しい。
「でも、でも……!」
「ウィレミナは僕にもお父様にも、素直になることが大事だって教えてくれた。ウィレミナ自身も、素直になっていいと思う」
「ううう……でも、陛下に拒絶されたら……?」
やっぱりルクレツィア様のことを愛しているから、無理って言われたら?
ずびっ、と鼻を啜ってそう言うと、このカッコいい王子様は快活に笑った。
「その時は、僕の妃にしてやるから心配するなっ!」
「ううううううう! 結婚してください、ディーノ様ぁぁ~!!」
がばっと抱きつくと、体は年相応の小さな身で、何だかそれが余計に私は泣けてきた。
こんな小さな子がここまで言ってくれているのだから、勇気を振り絞って素直に告白しなきゃ、私じゃない。
でも。
「……ディーノ様は嫌じゃないんですか? 私が陛下を好きになるの」
最初は母に成り代わられること、父を取られることを厭っていた子だ。
せっかく仲良くなれたのに、これで関係が悪くなるのならば生まれたての恋心なんて殺してしまいたい。
「……嫌じゃない」
「ええ? どういう心境の変化です……」
あっさりとした返事に、私は驚く。割と最近のことですよ!?
「あの時は、得体の知れない女が入ってくるのが、嫌だったんだ。でももうお前は……ウィレミナだろう?」
私の手をきゅっと握って、ディーノ様は微笑む。
その笑顔はまさに天使……!!
「それに、何も不思議なことではないだろう? お父様は美しく、とても魅力的な男性だ、好きにならない方がおかしいんだ」
「妙な説得力……!」
王子様の魅力にくらくらしつつ、彼とそっくりな陛下も柔らかく微笑むとこんな感じなのだろうか、と考えてしまう。
最近いつも、何を見ていてもすぐに陛下のことを考えてしまうのだ。もう引き返せないところまでこの恋心は膨れ上がっていて、そして自分の中に驚くほどしっくりと馴染んでしまっていた。
「ウィレミナがお父様と恋仲になったとしても、僕は何かを失うわけじゃない、とよくわかった。好きな人が幸せになるってことは、僕も幸せだということだ」
「っ、ありがとうございます……!」
教え導くつもりでここに来たのに、導かれているのは私の方だ。
ああ、この子はこんなにも優しく賢い。将来、どれほど皆に慕われる素晴らしい国王になるのか、本当に楽しみだ。
私はずっと、それを見守っていきたい。
出来れば、とても近くで。
「うー……でも陛下と話すキッカケがないんですよね……」
「食事の席であんなに喋っていたのにか!? それこそ僕を話のネタにすればいいだろう!」
この王子様ってば、本当に有能!