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甘い灰を噛む。


「それに……私自身、ディーノと食事の時間を共にすることで、あの子と親しくなれた」

 自分の子供と親しくなる、という表現がそもそもおかしいけれど、言っている意味は分かるのでウンウンと私は頷く。

 実はこれはディーノ様の方からも、最近お礼を言われたことなのだ。私が陛下との晩餐にディーノ様を招いたことで、二人は距離を縮めることが出来た。

 今は、私抜きでもちょっとした時間に会うようにしているらしく、今日はこの話をした、次はこれを話題にするんだ、と青紫の瞳をキラキラと輝かせて私に説明してくれる王子様の、何と愛らしいことだろう。

 見ているだけで、こちらも幸せな気分になってくる。


「本当によかったです! ディーノ様の幸せそうな様子を見ていると、私まで嬉しくなってしまって」

 ばち、と手を合わせて私が心から喜ぶと、ライアン様は少し複雑そうに笑った。

 え? 今の何かおかしかったですか!? 母親気どりっぽかったです? 大丈夫です、ルクレツィア様のポジションを何一つ奪う気はありませんから!

 あわあわと慌てる私に、陛下はひじ掛けに肘をついて嘆息した。溜息!?

「全く……そなたはいつも、ディーノ、ディーノ、だな」

「? ……ええ。と、それが陛下のご要望でしたでしょう……?」

 意味が分からなくて、私が頭上にクエスチョンマークを出すと、ライアン様はまた溜息をついた。だから、なんで溜息!?


「そうだったな。これは私の望んだ結果……とはいえ、些か過去の自分が恨めしい」

「どうしてです?」

「ついては、そなたに褒美を取らせたい。何か望みがあるか?」

 えーーーーすごい無理矢理話変えてきたじゃない??

 陛下はしれっと私の質問を無視して話を進める。最近油断してたけど、この人すっごくイイ性格の人だったのを忘れてたわ。

 気になることを言いつつ、絶対に教えてくれないなんて本当に意地悪。そっちがそういう態度なら、私にだって考えあるんだからっ

「で、では、一つお願いが」

「言ってみろ」


「……っ、私を、王妃の任から解放していただけませんか」


「それは出来ない」

 もう処罰覚悟で言った要望に、ノータイムで否定が来る。

「っ、訳を聞いていただいても、いいのでは……!!」

「聞くに及ばぬ。妃を解放? 離婚しろとでも? 出来るわけがなかろう」

 分かっている。分かっているけれど、この溺れそうな恋から私が解放されるには王妃でなくなるしか、他に方法はないのだ。

「ディーノ様のお世話は続けます! 最低限の公務もこなします! でも、私は……私は」

 あなたの妻から、離れたいんです。

 今となっては呪いのような繋がり。

 誰よりも愛して欲しい人に、飾りの王妃は愛されない。そして他の誰を愛することも許されない。


「……よそに好きな男でも出来たか?」

 陛下の低い声が耳朶を打つ。

 そんなわけない。私が好きになったのはあなた。告げることを許されない、あなたなのだ。

「違います」

 はっきりとライアン様の青い瞳を見つめて言うと、信じてくれたのかどうなのか、視線を逸らされる。

「では何故だ」

「…………恋をする権利を、取り戻したいんです」

 実ることのない恋ならば、せめて陛下ではない誰かを愛する権利が欲しい。

 万が一、億が一。そうであったならば、ライアン様への思慕を忘れて、いつか他の誰かを愛することもあるかもしれない。

 望みの薄い、無茶苦茶な考えに捕らわれてしまうほどに、今の私は盲目になっていた。


 この人以外なら誰でもいい。

 この人を忘れる為ならば、誰でも、一緒なのだ。


「……どれほど望もうと、私はそなたを離してはやれん。……すまんな」

 ひや、とした指先が私の頬に一瞬触れて、すぐに離れていく。

 感情がぐしゃりと握り潰されるような感覚に、私の瞳に涙が浮かぶ。だが、それを陛下に見られるのも悟られるのも嫌で、無理矢理引っ込めた。

 そりゃあそうだ。

 こうなる可能性を思いつくことなく、あの日、彼と初めてあったあの日に堂々とこの結婚を受け入れたのは私自身の意思。

 今更、見込みのない恋をして苦しいから解放してください、だなんて虫のいいこと許される筈もなかったのだ。甘ったれたことを言った自分を、私は恥じる。

 これは、単純な約束ではない。王と王妃の、国を巻き込んだ契約なのだ。

 腹が据わっていなかった、浅はかな私が悪い。


 きゅう、と唇を噛んで、私は改めて決意する。

 私はアディンセルの王妃。ライアン陛下の二人目の妻で、その役目を全うする者。


 一度交わした約束を、実感がなかったからと言って反故にするようじゃあ、実母にも義母にも笑われてしまう。

 もう私は子供じゃないのだから。


「……仕方がないですね、それが受け入れられないならば、第二希望の拳大の宝石で手を打ちましょう!」


 にっこり笑った笑顔は、引きつっていなかったかしら?

 王様を、見事騙せていたかしら。



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