恋の味に似て非なるもの、
どうしよう!!!
私は心の中で叫ぶ。
陛下は私どころか他の誰も、ルクレツィア様以外の誰も愛するつもりはない、と予め宣言しているのに、好きになってしまった。
愛して、しまった。
「うー……私のバカバカ、何が恋愛はコリゴリよ!」
婚約破棄騒動からまだ半年も経っていないのに、ロイのことなんて今まで微塵も思い出さなかった。新しい環境に慣れる為に必死だった、というのもあるけれど、意外にもこの王城は私に優しく、居心地がよかったからだ。
それらは全て、ライアン様の差配だ。
私は彼との約束通り王妃としての公務に追われることはなく、のんびりとディーノ様と友好を深め、必要な時は実家に戻り、暢気に暮らしてきた。恐らく、信じられないぐらい異例のことだ。
陛下の多忙さを見れば火を見るより明らか。分かってはいたけれど、私は私なりに必死だった為ここまで来てしまった。
だというのに、こんなに良くしてもらっているのに、唯一禁じられている恋をしてしまった。
それも、最も希望のない相手に。
「……いっそ護衛騎士と王妃のロマンスとかどうかしら。よくあるじゃない」
よくある恋物語を例にあげてつい呟くと、壁際に控えている護衛騎士が真っ青な顔になり侍女に叱られた。迂闊でした、ごめんなさい。
他の誰だっていい。陛下以外の人を愛したかった。だって、陛下を好きになっても、実る筈がないんだもの。
しかも恋敵が強力すぎる。
完璧な侯爵令嬢で、今も国民に大人気の先代王妃様で、既に亡くなられている。
まず同じ土俵に立つことだって出来やしない。そして立てたところで、勝てるなんて思えない。
私は、つくづく恋愛運がないのだろう。
*
そんな折、夕食でも何でもなくライアン様に呼ばれて私は彼の執務室に参上した。
「呼びつけておいて悪い。これだけ書いてしまうから、少し待っていてくれ」
「お気遣いなく」
お飾りの王妃なので執務室なんて縁がないと思っていたし、ここに来たのは初めて。つい視線だけでキョロキョロと部屋を見ていると、正面の執務机の向こう、椅子に座るライアン様が僅かに笑う。
「まるで借りてきた猫だな。そなたが大人しいと、心配になる」
「まぁ。私はいつも大人しいですよ」
「私の妃は、冗談が上手い」
からりと笑われて、ムッと彼を睨みつける。本当だもん! 実家にいた頃の私に比べたら、王城の私なんて深窓の令嬢よ。私の全速力の走りを見たことのない人に、知ったような口をきいて欲しくないものね! いや、見せませんけれども。
私が睨みつつ微笑んでいると、ライアン様は書類から顔を上げて眉を寄せた。
「……まさか本当に大人しい方なのか? あれで?」
「ほほほ、何のことやら」
笑って誤魔化すとはまさにこのこと、という見本をみせた私に陛下は溜息をつく。え、誰の所為だとお思いで?
シャッ、とペン先を走らせる音をたてて書類にサインを書き上げた彼は、傍にいた部下にそれを渡して立ち上がった。
それから私の座る向かいのソファに腰かけたライアン様は、脚を組んで僅かに表情を和ませた。び、美形~~~~ダメだ、恋を自覚してから初めて見る陛下の美貌、圧が強すぎる。
何故今まで直視出来ていたのか、自分の視力を疑うレベル。目の前の霧が晴れ、くっきり見えた陛下のお顔の何と眩しいこと!
「さて、今日そなたを呼んだのは他でもない」
内心盛大に身悶えする私に、当然気づく筈もない鈍感な陛下は話を始めてしまう。ああ、どうしよう、日除けがいる。眩しすぎる!
「う、はい……」
「そなたが私の妃となってから、ディーノの健康状態は非常に良くなった」
「ん?」
こてん、とこれまた見本のように私は首を傾げる。
「それまで偏食、小食だった所為か体調を崩しがちで顔色も悪かったが、最近は食欲もあり好き嫌いも減っていると乳母から報告が来ている」
「……へぇ?」
確かに初めて会った時のディーノ様は、顔色が悪かった。継母の私に会うのに緊張していた所為かと思っていたし近頃は何でもよく食べるようになっていたので気にしていなかったが、偏食の小食だったのか。気づかなかった。
ディーノ様は所謂食べず嫌いが多く、頑張って食べてみた結果今では苦手な野菜の数はぐっと減っているのだ。私は大人になってもキノコのあの食感が苦手なので、特に改善の兆しはみえないのだけれど、まぁ相変わらず苦手なものをお互い絶対に食べる、という約束は守っている。
「……お役にたててよかったです」
手探りで頑張ってはみたものの、それを見越しての動きであったわけではないので自分の功績と言えるのか怪しい。褒められて嬉しいものの、誇っていいのか迷うところだ。
しかし陛下、ちゃんと乳母からの報告に目を通していたんですね! そっちの方が知れて嬉しいかも。ディーノ様のこと、本当に大切にしてるんですね!




