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気付いてしまった。もう後戻りは出来ない

 

「ディーノ様、もう少しソースかけますか?」

 本来貴族の食卓って夕食は子供と摂らないものだけど、うちは家族が多かったこともあって皆で食べていた。面倒が多いし、騒がしいけど、コミュニケーションの場としては最適だし、美味しいものを食べていると気持ちも幸せになるから、割と砕けて話やすいと思うのよね。

 少なくともお見合いみたいな状態よりは。

「い、いや、いい……」

「そうですか? このソース、美味しいですよ」


 とはいえ、最近知り合った年上の女友達の食事に招かれて行ったら、滅多に会えない父親がいて王子様は緊張で固まってしまっているし、久しぶりに会う自分のミニチュア版みたいな息子にどう接したらいいのか陛下も困惑しているらしく、ぎこちない。

 ご飯を食べればいいんですよ、ご飯を! 何の為に会談じゃなく、食事の席に集めたと思ってるんですか、ご飯を食べる為ですよ。


「……仲がいいな、そなたらは」

 陛下は柔らかい視線でディーノ様を見て、私に視線を移す。え、なんでこっちをそんな優しい顔で見るんですか? ドキドキしちゃうじゃないですかっ自分が美形なの自覚しておいてください。

 何か話題を提供しなくては。ええと、

「えっと、ライアン様! ディーノ様は数学が得意なんですよ。陛下もそうなんですか?」

「ん? ああ、そうかもな……」

 陛下はちょっと考え込む。それを見て私はピンときた。

「さては陛下、苦手科目とかないタイプですか……」

「……そうだな」

 嘘でしょう? 私は目を丸く陛下の麗しいお顔を見つめてしまう。正しくは睨みつける。

 王子に生まれて、この容姿で、苦手なものがないとか神様は不公平! ちょっとぐらい息子とギクシャクしてるぐらいがお似合いよ!


「ということは、数学がお得意なのはルクレツィア様の方でしょうか? 羨ましいです、私は数字関係が本当に苦手で。領地経営の手伝いをしている時も、怖くて何度も確認してましたから」

 お肉にナイフを入れながら言うと、二人はハッとしたように私を見た。亡くなった方のお話をするのはタブーですか?

 これは内心ビクビクだったけど、今やルクレツィア様の思い出話を出来るのはお互いぐらいしかいないのだから、出来ればクリアしておきたい。

 ダメだったら私が顰蹙を買うだけで、お互いを責めたりはしないだろう。

 それとも、お飾りの王妃である私に気を遣ってくれているのかな? 大丈夫、ちゃんと最初の約束通り、陛下のことなんて何とも思っていないから安心してください。

 亡くなられたとはいえ、今でも愛している人の話をすることが出来ないなんて、そんな悲しいこと考えなくていいんですよ。私は平気だし、私が気になるなら次からはディーノ様と陛下の二人の時に話してくれればいいのだし。

 ディーノ様だって、あれほど求めていたお母様の話が聞きたいでしょうに。


 私の所為で、二人が何か我慢する必要なんて、それこそお飾りの王妃には必要のない配慮です。

 だって私は、陛下を愛していないのだから。


 ええ、愛してなんか、いませんもの。


 微笑んで私が陛下を促すと、彼はディーノ様を窺いながら唇を開いた。

「……そうだな、ルクレツィアは数学理論の本を好んで読んでいた」

「そうなのですか!?」

 それを聞いて、初めてディーノ様が反応した。

 ライアン様も一瞬驚いたようだったけれど、すぐに落ち着いて頷く。


「ああ、ルクレツィアはこれといって不得意なことのない才女だったが、好んで読んでいたのは恋愛小説よりも数学の理論や哲学のものが多かったな」

「哲学! 哲学は、まだ僕には難しいのですが、興味のある分野なのです……!」

「そうか。そなたはあの賢いルクレツィアの子だ、少し早いかもしれぬが興味のある分野があるのならば、学習に取り入れてみるか」

 え、それは本気で言ってるんですか? ディーノ様はまだ五歳ですよ?

 と、私は陛下を睨むが、親子は何やら打ち解けてしまっている。頭のいい人の考えること、わかんなーい。お肉美味しーい。


 その後も何か難しい話題で盛り上がる親子を、微笑ましい気持ちで眺めつつ食事を続ける。

 時折気を遣ってこちらに話を振ってくれるが、どうぞお気になさらず私にとっては目の保養です。いや、しかし本当に並んでるとよく似た面差しの親子ですこと。

 ディーノ様なんて完全に食事の手が止まってしまっているし、今夜興奮で眠れるか心配なぐらいだ。そんなにお父様のことが好きなら、そりゃあ私との初対面の時のバチバチな敵意も頷ける。

 陛下だって、こんなに自分に似た愛らしいお子様が一心に慕ってくる姿を見て、何かしてあげなければ、と奮起するってものでしょう。可愛いですものね、ディーノ様!


 話が落ち着いたのか、二人は食事を再開する。よかった。私、そろそろ次のお皿に行きたいです。

「あ、ディーノ様、お野菜残してますよ。全部食べる約束じゃないですか」

「そっちこそ、キノコ残してるぞ。まずお前……じゃない、ウィレミナから全部食べる見本を見せろ」

 最近昼食はディーノ様と摂っているので、苦手なものはお互い食べると約束していたのだ。すっっごく嫌だけど、ここは確かに大人の私が見本を見せる時……!

「はーん? 置いてただけですし? 食べますとも」

 大人の余裕で皿の端に寄せておいた、苦手なキノコを口に入れたが顔には出てしまっていたらしい、ディーノ様もライアン様もニヤニヤと笑っている。そっくり親子め。

「……ほら! 食べましたよ、次はディーノ様の番ですからね!」

 私がそう言うと、ディーノ様は嫌そうに可愛らしい顔を歪めたが、ここはライアン様も加勢してくれる。

「そうだな、ウィレミナは食べたのだからディーノも食べなくては」


「……お父様は、苦手な食べ物はありますか?」

 ディーノ様は迷うように野菜に視線を巡らせてから、時間稼ぎのつもりか初めて自分からライアン様に話を振る。

「うん? ……そうだな、幼い頃は苦みのある山菜はあまり好まなかった覚えがあるが……苦手という程ではなかったか」

 ほらね、完璧人間め! 私は内心で陛下を罵る。何となくそれを察したライアン様はこちらをチラリと見たが、すぐにディーノ様に視線を戻した。セーフ!


「大人になるにつれて、味覚は変化していくものだ。だが、今苦手なのはすぐには変えようがないな……では私が半分請け負うので、その残り半分ならば食べることが出来るか?」

「え、お父様が半分食べてくれるのですか?」

 子供の頬が紅潮し瞳が煌めく。私は思わず胸が熱くなってしまった。


 私や、乳母や、その他の誰も、ディーノ様にこんなにも嬉しそうな表情にさせることは出来ない。

 やはり、ディーノ様が求めていたのは肉親の情なのだ。ルクレツィア様がここにおられない以上、それを与えてあげられるのはライアン様だけ。

 私は、精一杯私に出来ることをするつもりだけれど、ディーノ様が求めているのが実の両親のぬくもりならば、私には与えてあげることが出来ない。


「ああ。だが、次は一人で食べるようになれ」

 ほんの僅かに、ライアン様が微笑む。

「はい!!」

 ディーノ様が元気に返事をして、苦手な野菜を半分こする親子を眺めながら私は何とも言えない気持ちを味わっていた。


 ライアン様はやはり優秀な方だ。

 私がどれほど口で説明するよりも、実地でディーノ様と接する内に息子への愛情の示し方を体得していっている。優しい眼差しや、料理をシェアするという親しい行為。それらが陛下の愛情として、ディーノ様へときちんと伝わっているのが、分かる。


「まぁディーノ様、ズルいですよ」

 私がわざと混ぜっ返すと、ディーノ様はふっくらほっぺを更に膨らませる。可愛い。つつきたい。

「これはお父様からの提案だから、ズルじゃない!」

「そうだな、今度はウィレミナの苦手なものも半分請け負うか?」

 そこは息子優先でいいんですよ陛下!

「馬鹿言わないでください。キノコは置いてただけですもの、一人で食べられますわ」

 ツン、と言うと、ライアン様とディーノ様は視線を交わして共犯者の笑みを浮かべる。二人が仲良くなる手伝いが出来るなら、十分だ。


 じわ、と心に変な染みが広がる。


 胸は高鳴るし、少し焦りのようなものも感じる。

 素晴しい光景を見たと思い、ズルいと囁く声も聞こえる。

 二人を近づけてあげたかった。それは本当。だけど今疎外感のようなものを感じていて、でもこれは寂しさじゃない。


 これは、嫉妬だ。

 でも、誰に対して?


 何度否定しても、もう目を背けることは出来ない。


 私は、ライアン様のことを、愛してしまった。



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