7・覚えていること
班での競争の結果、最初に到着したのは俺たちだった。
俺の班は、俺、双子公子、公子の従者と俺の従者、の五人である、
ふふん、当然だな。
グロンに俺、二体の子供たちにはそれぞれ双子公子が騎乗。
過保護なグロンは子供たちと双子公子にまで防御結界を掛けていた。
ギディは公子の従者リドイさんと一緒に、荷物を載せたゼフを操っていたが、いつの間にかピッタリ着いて来ていた。
「何年コリル様の従者やってると思ってるんです」
へっ、何でドヤ顔?。
ギディを無視して、俺はゼフの大きな身体を撫でる。
ゴフゴフ
こいつは本当に、普段と荷物を載せている時の走りが全然違うんだよな。
お仕事大好き!、を全身から溢れさせてる。
「偉いぞ、ゼフ」
この、働き者め!。
俺はゼフの暗い赤と濃い茶色の縞模様の身体を存分に撫で回す。
ゼフを撫でていたら、背中からモゾモゾと気配がした。
チィチィチィ
俺の背中から肩に顔を出した小さな白いゴゴゴが鳴くと、ギディの身体から薄緑のゴゴゴがポトリと落ちた。
それは小さなゴゴゴで、ササッと俺によじ登って来る。
「ツンツンもお疲れ様」
背中に這い上がるツンツンに声を掛けた。
眼球が無い状態で産まれたツンツンは、魔獣の中でも特に変わった魔法を使う。
気配を消すものと、魔力を強化するものだ。
俺は今回、荷物が繊細なモノだったから、予めツンツンをギディに付き添わせ、ゼフの防御魔法を強化してくれるように頼んでおいた。
キュルン
ツンツンとチィチィはうれしそうに寄り添うと、俺の背中で気配を消す。
ねえねえ、ここまで優秀な俺の弟たちって、すごくない?!。
もう、言う事なしだな。
俺が弟たちを労っている間に、次々と他の班が到着する。
「殿下あ、早過ぎますって。
護衛をおいてくなんて、後で隊長に知られたら怒られるのは殿下ですよ!」
あー、そうだった。
エオジさんが隊長なのを忘れてたわ。
終わったことは諦めて、後でキッチリ怒られよう。
今回の同行者の選抜はギディに任せていた。
「精鋭を中心に選んだら、何故か王宮の近衛兵士が少なく、いつも離れを警護している兵士が多くなってしまって」
なんて言ってたけど、大丈夫だよね?。
田舎者丸出しで、イロエストにケンカ売ったりしないよね?。
「まあ、エオジさんは元々王宮の近衛騎士だったし、礼儀作法とかは大丈夫だとは思うけど」
俺の前だと誰でもあんまり敬語使う必要がないんで、その辺がよくわからない。
頼むよ、皆んな。
「コリル様がそう指導されてきたんですよ」
って、ギディに睨まれた。
うん、そうだったね。
小さい頃から平民志望だったから、まわりに敬語使わせなかった俺が悪い。
ちゃんと教育するべきだったと反省してる。
今さらだけど、皆んな、ホントにすまん。
領主館の窓からいくつか顔は見えるが、誰も外に出て来ない。
なぜなら。
「コリルバート!、久しぶりだな」
そこには館の主である王弟殿下がいるからだ。
ブガタリア一同で一斉に礼を取る。
「義大叔父様、お招きありがとうございます」
俺は代表で挨拶をした。
本当は義大叔父なのだが、義大叔父と呼べと言われている。
はあ、邪魔臭い。
「よく来た!。 しかし、何故、お前まで裏口に?」
そう、俺たちは領主館の裏口、食糧などを運び込む通用門から入って来た。
「奥様に内緒で驚かせたいと仰ったのは義大叔父様ではないてすか」
荷物の搬入に裏口を指定していたから、義大叔父も人払いまでして、ここで待っていたのだ。
「王子であるお前自身が運んで来たのか」
義大叔父は驚いている。
イロエストの王族としてはあり得ないんだろう。
俺はそんなこと気にしないけどな。
「ええ、大切なモノですからね」
俺も大切な物なので自分の手で運びたかったのだと伝える。
イロエストの者たちに触らせたくなかったし、秘密っていうものはどこから漏れるか分からないしね。
今、正門には別の隊が入っている。
騎士のみで編成されたエオジ班だ。
「この後、表門に向かいますので、ご心配なく」
俺は、重要なものを義大叔父の管理の元で倉庫に預け、そこで王族らしい旅装に着替えてから正門に回る予定になっている。
ゆっくりと、たった今、到着したような顔をして。
「ブガタリア王国第二王子コリルバートだ。
王弟殿下の嫡男様ご誕生のお祝いに駆け付けた。
お取り次ぎを」
どうよ、ちゃんと王族らしくなったでしょ?。
俺の後ろにはズラリとゴゴゴに乗った兵士が並んでいる。
「は、はい、しばしお待ちを」
出迎えに出た執事っぽい爺さんが、魔獣に驚いて奥に走って行った。
しばらくして、
「おやおや、これはコリルバート殿下ではありませんか」
と、何だか聞いたことのある声がする。
廊下の奥から現れたのは、見たくもない顔だった。
「しばらく見ない間に丸く、その、大きくなられて」
すっかり中年になっているが間違いない。
「嫌味従者か」
聞こえない程度の小声で呟いたら、エオジさんに横腹を小突かれた。
「このようなところでお会い出来るとは。
ご無沙汰しております、ザッカー殿」
エオジさんが声を掛ける。
「ザッジース、でございます、エオン殿」
「エオジだ、ザッジ殿」
何だか目の前でバシバシ火花が散っている。
彼を知らないギディが近寄って来て視線で訊いてくるけど、はあ、どう説明するかな。
俺はエオジさんを止めて、前に出る。
「八年ぶりだな。 もちろん、覚えているよ、ザッジ」
名前は覚えてなかったけどね。 今、覚えたからもう大丈夫、たぶん。
以前は教育係の若い文官と、その生徒という立場だったが、今は明確に俺の方が身分も立場も上だ。
元嫌味従者は俺の言葉遣いに顔を歪める。
「こんなところで何をしているんだ。
まさか、ブガタリアの温情で母国に帰された後も文官を続けられたのか?」
俺は大袈裟に驚き、ニヤリと笑ってみせる。
九歳だった小柄な第二王子は、今では十七歳の青年王族に成長しているんだ。
少しくらいやり返したっていいだろう。
執事っぽい爺さんがオロオロしてるから、これくらいで許してやるよ。
嫌味従者ことザッジは、イロエストの実家に戻った後、しばらくは再教育だったようだ。
「私も若く未熟者だったと反省いたしまして、学校に戻り、学び直しておりました。
お蔭様で、無事に好成績で卒業いたしまして」
昨年、文官としてヤーガスア領に赴任したらしい。
なるほどね。
こういうヤツって学校の教師なんかには受けが良いんだよな。
他人に見えないところで俺をイジメてたみたいに、表ヅラは大人しくて真面目、裏は小狡い男だ。
まあいいや。
あれからどう変わったのか、見せてもらうよ。
「とにかく、お客様をお部屋に」
執事さんがザッジを促す。
ザッジは不機嫌そうに「ここは任せる」と言って奥へ引っ込んで行った。
はあ?、何しに来たんだよ、お前は。
ギディが執事さんと話し合いを始め、俺は横一列に並んだ魔獣の隊列に向き直る。
「打ち合わせ通りだ、解散!」
「はいっ」
ザッと一斉に動き出す。
俺たちとエオジさんの班は館内に部屋が与えられ、身の回りの世話をする者に関しては使用人用の部屋を何部屋か借りる。
後は、事前に郊外にある元酪農家の施設や牧場を借り切ってあるので、騎獣と兵士はそちらに移動。
館自体が郊外に近いので、弟たちなら呼べば飛んで来れる距離だ。
小さくても元は一国の王都だけあって、街はある程度整備されていた。
ブガタリアの使用人たちが身の回りの荷物を運び、それぞれの従者たちが先に部屋の確認に動く。
しばらくの間、俺たちは玄関横のホテルのロビーみたいな部屋でお茶をしながら待つことになる。
「落ち着け、コリル」
俺はついウロウロしてしまい、エオジさんに嗜められた。
すでに陽は落ち、辺りは暗くなり始めている。
ピアに会えるのは明日かなぁ。