33・噂すること
とりあえず、俺とパルレイクさんの命も助かったようなので、そろそろマルの話をしたい。
ギディがお茶を用意したソファに移動する。
俺の隣りにピアを座らせ、クオ兄とギディ、パルレイクさんは対面だ。
「それで、ツデ国の話はどうなったの?」
いつも聞き役で、あまり喋らないクオ兄が重い口を開いた。
「ご領主様がコリルの魔獣討伐の褒賞に、ツデ国との国交を提案されたんだ」
ツデ国はイロエストの従属国だ。
勝手に他国と国交を結ぶことが出来ない。
王弟である領主が言い出したのなら国王陛下も了承したのだろう。
「魔獣好きのコリル様なら喜んで討伐に行かれるだろうし、ツデ国も助かる。 イロエストも兵を送らずに済みますからね」
そーだねー。
なんか、相変わらず良いように使われてる気がするけど。
「それで、マルはそれを知らせるためにツデに向かったのか」
イロエストの意思を伝える使者として。
ツデ国から預かっている姫だし、そんな理由がないと出国出来なかった可能性もある。
「その通りです、コリル様」
なんでギディがうれしそうなの?。
俺が不思議そうな顔をしてたせいか、ギディはちょっと苦笑する。
「殿下が二日間眠ったままだったので、ギディさんはケンカ相手がいなくて寂しそうでしたよ」
パルレイクさんが揶揄う。
「ち、違います!。 コリル様が以前のように思ったことをズバリおっしゃるようになって、それで安心しただけで」
ギディが少し赤くなった顔を逸らす。
考え無しのバカだっていうのか。 そんな評価は要らないんだが。
俺は大きなため息を一つ吐く。
「イロエストの国王陛下、いや、もう皇帝陛下かな。
まだヤーガスアにおられるのか?」
イロエストは王都での『帝国宣言』自体はまだしていない。
やるなら、それこそ大陸全土から人を集めるだろう。
ここは辺境地だから、周辺にある小さな国で首都からの情報が得られない者に対して事前に認知させることが目的かな。
「陛下は宴の翌日にはお帰りになったよ」
クオ兄の言葉にパルレイクさんが頷く。
「忙しいお方ですからね。
ヤーガスアに来る事自体が滅多にないことだ思います」
まあ、そうだろうな。
わざわざヤーガスアまで来たということは、弟である領主様にブガタリアのことを念押しでもしに来たか。
ついでに、ブガタリアに付け入る隙を狙ってたのかも。
「私は、皇帝陛下はコリル様を見に来たのではないかと思います」
「え?」
俺はピアの発言に驚いた。
「ご領主様はコリル様をとても気に入っておられます。
それはイロエストの皇宮内でも知られているのではないでしょうか」
義大叔父は以前から度々ブガタリアに来ている。
それはヤーガスアを使ってブガタリアを攻略するためだったはずなのに、義大叔父は何も成果を上げていない。
領主になったのはシーラコークの姫君と結婚し、彼女に王弟妃で領主夫人という地位を与えるためだということになっている。
「もしかしたら皇帝陛下は、それが弟ではなく他の誰の策なのか、気が付かれたのではないかしら」
「それでコリル殿下を見るために自ら宴に来たのか」
ピアとパルレイクさんの意見が一致したようで。
うわっ、もうサイアク。
あの食事の時には、すでにそんな目で俺を見ていたんだ。
なんか、やらかしてないかな、俺。
ダメだ、まだ頭が回らない。
一旦、皇帝のことは置いておく。
俺は考えても分からないことを考えてる暇はない。
「ギディ、俺が見舞いをもらった相手に礼状を書くから、それを配ってくれ。
希望があれば小赤の飾り瓶と餌のセットをお渡しすると伝えて欲しい。
取り扱い説明書はパルレイクさんが用意してるから」
見舞いを届けてくれた者たちはまだ館に居るが、小赤は生物だから勝手に押し付けるわけにはいかない。
一応確認は必要だ。
俺に見舞いを贈ってきたということは、たぶん小赤に興味があるのだろう。
俺もパルレイクさんには最初からヤーガスアで希望者に配布用の小赤は用意してもらってある。
東の砦で配布したのと同じやり方だ。
三〜五匹入りの小瓶に魔石を入れ、餌付きで無料配布。
説明書には、餌は祖父様のマッカス商会で取り扱っていると明記した。
さて、本題、ツデ国のことだけど。
ヴェルバート兄が俺に知らせないようにしたのは、エオジさんたちが行ってるから、体調関係なく追いかけて行きそうだって心配したのかな。
「それがー」
途端に皆んなが言いにくそうに顔を見合わせる。
まあ、ブガタリアの王太子のことは簡単には話せないだろうけど。
「ヴェルバート兄が何かしたの?」
宴の席で、兄様は初めてイロエスト国王である祖父に会ったはずだ。
ただで済んだわけがない。
俺は一番しゃべってくれそうなクオ兄と視線を合わせる。
「あー、まあ、陛下が、その」
クオ兄は顔を背けてしどろもどろになる。
「領主様によると、陛下が「コリルバートばかりに利があって、ヴェルバートに無いのはおかしい」と言い出したそうです」
自国の公子であるクオ兄の代わりにピアが答えた。
は?、初めて会った孫に祖父らしいことを何かしたくなったのかね。
「それで?」
「ヴェルバート殿下が、それなら……と」
珍しくピアまでが目を逸らした。
「マルマーリア様をブガタリアにもらい受ける、とお答えになったと」
ギディの答えに俺は目が点になった。
何言ってるの、兄様。
そりゃ、確かにヴェルバート兄は小さなものが好きだけど。
俺は頭を抱えた。
それで良いのか。
いや、出会ってすぐだろ、良いわけない。
「分かった」
俺は立ち上がる。
「ピア、悪いけど、すぐに領主様に面会を申し込んで欲しい」
今からがんばって用事を終わらせれば、就寝時間前には間に合うだろう。
「承知いたしました」
俺は、名残惜しいけど、ピアに護衛を付けて送り出した。
さて、まず見舞い客用への返礼文を書く。
手紙といっても前世でいうカードに一言「ありがとうございます」と書いただけだ。
ギディが配るのは明日の朝になる。
まだ偽装用の服を着ていないので寝室に入る。
「まさか、ツデに行かれるつもりですか?」
ギディは顔を顰めながら着替えを手伝ってくれる。
「ああ、そのつもりだ」
「精鋭は出払っていますし、ここの警備にも兵を出しています。
コリル様に付ける護衛が足りません」
ギディが心配そうに俺を見た。
「大丈夫」
俺はいつもの小太りで鈍そうな青年の姿に変わる。
「なんとかなるさ」
もう手は打った。
許可をもらうため別館に向かう途中、俺は何か周りの雰囲気が違うことに気付いた。
明らかに俺を見るヤーガスアの使用人たちや、他国の者たちの目が変わっている。
俺の姿を見て、コソコソ声を潜めて何か話しているみたいだ。
「コリルバート殿下、お身体はもうよろしいのですか?」
別館の老執事さんにまで心配されてた。
俺は、ブガタリアの魔獣担当のじいちゃんを思い出して少しうれしい。
「ありがとうございます。
ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした」
ニッコリ笑って簡単な礼を取る。
奥へと案内されると食後のお茶の時間だった。
俺は、まずピアと一緒に赤子の部屋へ行き、部屋に設置した水槽を確認してから居間に戻る。
ピアはシェーサイル妃の後ろに立ち、ギディは執事さんと一緒に壁際に立つ。
「コリル、館での噂を聞いたか?」
義大叔父は、ニヤニヤしながら酒のグラスを傾けている。
「宴でヴェルバートの姿を見た者たちがブガタリアの評価を上げた。
その反面、お前の評判を下げている者がいてな」
はあ、何となく分かるけど。
「野蛮な一夫多妻国の王子が、他国の幼い王女や部下の婚約者にまで手を出しているとな」
俺は大きなため息を吐く。
さっきの異様な雰囲気はコレか。
「それは放っておいて下さい」
俺は誰にどう思われても別に構わない。
ピアさえ信じてくれるなら。




