32・若いということ(別視点)
やがて、曲が終わり、何やら会場が騒めき始めた。
「静かに」
イロエストの高官らしい男性が壇上に上がる。
「先日、隣国ツデの魔獣討伐にご尽力いただいたブガタリア国コリルバート殿下に対し、イロエストより褒賞が贈られます」
マルマーリアはヴェルバートに手を引かれて前に出た。
領主であるイロエストの王弟がコホンと咳払いを一つすると、マルマーリアを見る。
「現在、ツデ国とブガタリア国は国交が無い状態である。
そこで、私の名において二つの国の間を取り持ち、新たに国交を結ぶことを提案する」
イロエストが従属国であるツデに対し、他国との交流を公に認めた。
「あ、ありがとうございます。
ツデ国の代表として、女王に代わり御礼申し上げます」
マルマーリアは深く感謝の礼を取った。
「ほお、そのような子供が女王の代わりとはな」
声を上げたのは、イロエスト国王で皇帝になる予定の陛下本人である。
会場内が一瞬騒めき、そして静かになった。
「失礼ながら、皇帝陛下」
ヴェルバートが静かに微笑んでいる。
「国を思うのに年齢は関係ないのではないですか?」
ツデの国内は今、大変な状況にある。
末姫であるマルマーリアを国外に出すほど緊迫しているのだ。
彼女は今、間違いなく国の外交を担っている。
「ふむ」
コリルバートも他国でひとり、こうやって悪意に晒されていたに違いないと、ヴェルバートは思う。
「たとえ失敗しても、託した者はきっと失望したりはしないでしょう」
成長を願うからこその信頼。
「ブガタリアもそうだと?」
ヴェルバートの両親も心配はすれど、その結果はちゃんと受け止め、後は任せろと言うだろう。
「私も賛辞を受けるはずの弟の代理ですから」
初めて会った祖父は、母とは少し違うようだと、笑顔の裏で心を引き締めた。
ヴェルバートは、金髪緑目で筋肉はないもののしっかりとした身体付きの老人を見る。
白毛の混じる髭を撫でながら、祖父は厳しい目で孫を見ていた。
「そういえば、あのふくよかな王子の姿が見えないな」
皇帝の言葉には明確な嘲りが入っている。
「私ではご不満でしょうか、お祖父様」
「いやいや、そなたは立派に王太子として成長されておるようで喜ばしく思うぞ」
穏やかそうに微笑む祖父と孫だが、何故か周りの空気は冷えている。
たまらず、領主が口を挟んだ。
「兄上も、ヴェルバート殿も、内輪の話は別室で改めて」
「おお、そうだったな。 せっかくの甥の誕生の宴にすまない」
皇帝は引き下がり、ヴェルバートも頭を下げて、マルマーリアと共にその場を離れた。
ヤーガスア領主の館は元は他国の客をもてなすための高級な宿だった。
本館の他に特に高貴な方々専用の別館があり、建物を囲むように美しい庭がある。
「あの、コリルバートさまはブガタリアに戻られたのですか?」
その庭で、マルマーリアは隣を歩くヴェルバートを見上げた。
コリルバートの姿が見えないということは、もう領を出て行ったのかもしれない。
急に黙っていなくなるとは寂しいが、王太子である兄君が来たのだから弟王子にすれば任務は終わったのだろう。
庭を歩くマルマーリアの耳に、また会場からの音楽が聴こえ始める。
ヴェルバートは庭に灯された明かりの下にある椅子に腰を下ろし、マルマーリアにも隣を勧めた。
「弟は疲れが出たようでね」
「えっ」
マルマーリアが、少し離れて立っている王子の側近に顔を向けると頷かれた。
「体調が悪いなんて知らなくて、今日は昼間ずっとダンスの練習を」
そういえば、コリルバートはあまりマルマーリアに近寄らないようにしていた。
あれは病を隠すためだったのかもしれないと、今ごろになって気付く。
嫌われていると思い込んでしまった自分が情けなくて、マルマーリアは肩を落として俯いた。
「あ、あの、コリルバートさまは大丈夫なのですか?」
のんびりとしている王太子を見ているとたいしたことはないような気はするが、高貴な者ほど不利になるようなことを話してはくれない。
ブガタリアは武人の国だから、王族とはいえ、病に倒れるなど軟弱だと言われてしまうのだ。
「コリルバートのことが気になりますか?」
「いえ、とてもお世話になってて、申し訳なくて」
マルマーリアは、この王太子の穏やかな笑顔を見ていると、何故か母である女王のことを思い出す。
母と、国を背負う者としての覚悟のようなものが似ている気がして、傍にいると心が安らぐ。
「コリルなら大丈夫ですよ。 あの子は『変わり者』ですから」
三年前のあの日、「死んだ」と言われた弟は間違いなく「生き返った」のだ。
古い言い伝えでは神に愛された『変わり者』は世界を変えるといわれている。
その弟が気にかける少女。
「マルマーリア姫、よろしければ我がブガタリアにもいつか来ていただきたい。
妹たちも新しい同年代の友人が出来ることを喜んでくれるでしょう」
「あ、はい」
マルマーリアは思ったより熱いヴェルバートの勧誘につい頷いた。
優しくても厳しい家族とは違い、この王太子はとにかく甘い。
評判の悪いマルマーリアをそのまま受け入れる気のようだ。
「失礼いたします」
そっと近寄って来た側近の声に会話が途切れる。
「なんだ?」
ヴェルバートが顔に似合わぬ不機嫌な声を出す。
マルマーリアはその様子が少しだけコリルバートに似ていると思った。
耳打ちされたヴェルバートが頷き、
「イロエストの皇帝陛下がお呼びのようです」
と、立ち上がる。
いつもの笑顔に戻ったヴェルバートに頷き、マルマーリアは後ろ姿を見送った。
別館の居間には、領主と陛下の他には僅かな護衛がいるだけで、使用人たちがお茶の用意をしている。
「御用と伺いましたが」
実祖父だというのにヴェルバートは笑顔のまま警戒を解いていない。
「お楽しみのところ、すまぬな」
「ええ、本当に」
二人の会話に、身体の大きな領主が何故かハラハラと縮こまっている。
「それで、兄上は何か話がおありだったようですが」
「おお、そうじゃ」
本来なら忙しい皇帝が実甥だとしてもわざわざ宴に出向く必要はない。
「一度お前に会っておきたいと思っておったのでな」
イロエストは大国であり、近年は周りの国を従属させ、その影響を拡げている。
その中には、この孫のいる国が含まれていなかった。
「もうじき二十歳になるのお。 イロエストにも当然、来る予定であろうな」
秋生まれのヴェルバートは、この夏が終わると二十歳となり、成人王族として外遊に出ることが決まっている。
「母と相談して決めます」
イロエストに生まれながら二十年前に国を出た王女。
色々と反発していた娘を思い出して皇帝は苦笑を浮かべた。
「そうか」
「それだけですか、では」
立ち上がろうとする孫に、祖父は慌てて声を掛ける。
「まあ待て。 ワシは今回のことはブガタリアだけの手柄だと思っておらぬ」
コリルバート自身の功績であり、国と国との交流だけでは個人の利にならないのではないか。
「ふむ。 それだけではお前に利がないではないか」
ヴェルバートは片眉をピクリと上げる。
「体調を崩し、大切な宴にも褒賞授与の場にも姿を見せぬ非礼を、王太子であるお前が補ったのだからな」
結局のところ、この人はヴェルバートの気を引きたいのだろう。
そう思い、ヴェルバートは少し考え込む。
頭の隅にチラリと小さな淑女の姿が浮かぶ。
「では、マルマーリア姫を我が国にもらい受けます」
ヤーガスアに姫が滞在していたのは、ツデの女王に頼まれたからだと聞いている。
それならブガタリアでも良いのではないだろうか。
「そうだね、国交が出来た記念に王女が滞在してもおかしくはない」
皇帝の弟も頷いた。
「ワシは構わぬ。 ヤーガスア領主が決めることゆえな」
皇帝の言葉によりマルマーリアのブガタリア行が決まったのである。
今回の別視点はここまでで、次回から主人公視点に戻ります




