31・宴のこと(別視点)
東の砦に到着したヴェルバートは、すぐに出国の手続きを始める。
「すまないが、王宮に戻って待っていてくれ」
ヴェルバートが頼むと、グリフォンは軽く頭を上下させた。
グリフォンに騎乗出来るようになってから、ヴェルバートは明らかに心が繋がった感覚がしていた。
言葉を理解しているのかどうかは不明だが、話している内容は理解してくれる。
すっかり仲良くなったグリフォンが飛び立つ姿を国境の壁から見送った。
翌早朝、砦で借りたゴゴゴと護衛を連れ、ヤーガスア領都の郊外にある酪農場に入る。
そこで騎獣を預け、歩いて領主館へと向かう。
宴まで時間がない。
領主館のコリルバートの部屋には留守番の兵士しか居なかった。
すぐに汗を洗い流し、正装に着替える。
建物の外に居るというので案内してもらい、護衛騎士のエオジと合流し、久しぶりに弟の姿を見つけた。
元よりヴェルバートは、ツデ国に向かったコリルバートの代役の予定だった。
戻って来ているのなら、がんばって早く終わらせたのだろう。
その弟を労おうとしたら、
「会場の入り口に小さな淑女がいるから、その子をダンスに誘ってあげて」
という言葉を残し、目の前で倒れた。
宴の関係者に知られるわけにはいかない。
すぐにコリルバートの部屋へ運ぶよう命じた。
「申し訳ございません。 コリル様は少し前から体調が悪かったのです」
従者ギディルガは深く謝罪する。
弟の身体のことは心配だが、今はそんなことより宴のことだ。
大国イロエストにブガタリアの弱みを見せるわけにはいかない。
「私が代わって御挨拶に行くよ」
主催はイロエストの王弟で、ヴェルバートの母親であるヴェズリアの叔父。
事前情報では、実祖父である現イロエスト国王も来ているらしい。
色々と覚悟を決めなければならない。
(大丈夫、本来なら王太子である私がやるべきことだ)
大叔父はコリルバートを気に入っているが、公にはあまり出したくないはずだった。
ヤーガスアとの騒動で見せたコリルバートの涙を、誰も忘れてはいない。
もう泣かせてはいけない。
大人になればなるほど、彼もそんな姿は見せなくなるが、傷付かないわけではないのだ。
ヴェルバートは会場入り口に向かう。
そこには弟が言った通り、ピンクのフワリとしたドレスを着た、栗色の髪の小さな淑女が立っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヤーガスア領主の嫡男の誕生祝いの宴が近付く。
だが、マルマーリアはダンスの作法を教師でもある侍女にまだ習っていなかった。
当日になって急遽コリルバートに習うことになり、マルマーリアは当然、ダンスの相手も彼がしてくれると思っていた。
そうしたら、きっと仲良くなれるはずだと期待する。
今までは色々と誤解もあり、マルマーリアも国に帰りたいあまりにひどい我が儘を言った。
もう遅いかもしれないが、取り返したかったのだ。
子供だから。
しかし、コリルバートは指導はするがまったく姫の相手をしようとしない。
代わりに王子の側近が練習相手になる。
細身でも厚みはある身体の優しい笑顔の美男とダンスを踊れてうれしいはずなのに、マルマーリアは何故かモヤモヤした。
(やっぱり、王子はわらわのことが嫌いなんじゃな)
さんざん嫌われるようなことをして来た。
それでもマルマーリアの話を聞いて、危険な魔獣討伐に行ってくれた王子。
マルマーリアは、本当は優しい王子だと期待してしまったことを後悔する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宴の時間になってもコリルバートの姿は見えず、マルマーリアは会場の入り口でひとり、ポツンと立っていた。
ブガタリアの侍女や護衛の女性兵士たちが中へ入るように勧めるが、何故か姫は動かなかった。
「可愛い姫様、お相手をお願いしてもよろしいでしょうか?」
声を掛けて来たのは王子の兄で、ブガタリアの王太子だという金髪の青年だった。
あまり似ていないが、あの王子と同じ赤い目をしている。
背が高くて、白い肌、柔らかい物腰でも王太子らしい威厳を持つ。
周りにいるブガタリアの侍女たちも間違いないと言うので、マルマーリアは彼の手に引かれて会場に入ることにした。
待っていても、あのぽっちゃり王子はきっと自分の相手などしてくれないと諦めたのだ。
一斉に視線が集まる。
マルマーリアはあまりの緊張に身体が強張るが、金髪の王太子はそっと背中を押す。
「姫様、私にお任せください。 弟に頼まれましたから」
マルマーリアは王太子を見上げる。
「で、でも、コリルバートさまはわらわを嫌っておるし」
ヴェルバートは小さな姫の手を取った。
「ふふっ、あの弟があなたを嫌うはずはありませんよ」
歩きながら王太子は笑う。
「ブガタリアの男にとって、女性は常に『守るもの』なのです」
厳しい環境の国だからこそ、子供を産み、育ててくれる女性のために命を掛ける。
それが当たり前の国。
「おそらく、弟は貴女に『守らせて欲しい』と伝えたかったのではないでしょうか」
女性なのだから、おとなしく守られていろ、と。
「わらわが勝手にジタバタしておっただけで、コリルバートさまは、ずっと黙ってわらわを守るために動いて」
「そういう子なんですよ、コリルは」
マルマーリアは涙を堪えて前を向く。
『泣くなよ。 ツデに帰るまで、もうちょっとガンバレ』
コリルバートの言葉を思い出し、もう泣くまいと心に決めた。
二人で領主夫妻の前に出る。
ヴェルバートが来ているとは知らなかったのだろう。
夫妻は彼が目の前にいても信じられないという顔をしていた。
「大叔父様、シェーサイル様、この度はおめでとうございます」
ブガタリアの王太子に合わせ、マルマーリアも恭しく礼を取る。
「ツデ国を代表いたしまして、お祝いを申し上げます」
シェーサイル妃はずいぶんと落ち着いた様子のマルマーリアに微笑んだ。
「ツデ国王女マルマーリア姫様、ありがとうございます。
どうぞ、宴を楽しんでいってくださいね」
周りに聞こえるように、優しく、はっきりとした声。
他国の見知らぬ多くの者たちは、王弟妃殿下のその言葉でマルマーリアがどこの誰かを知る。
他国では滅多に見ることがないブガタリアの王太子ヴェルバートに注目が集まる中、一緒にいる少女に余計な詮索をする者を減らしてくれたのだ。
マルマーリアは、自分がこうやって知らないうちに周りに守られていたのだと知った。
大人になるということは、こうやって自分以外の者にも気を配れるようになるということか。
ヴェルバートに手を引かれ、忙しい領主夫妻の側から離れる。
緩やかな音楽の中、自然にダンスを踊っている人たちに紛れ込む。
「お上手ですね」
ヴェルバートの言葉がお世辞だと分かっていても、マルマーリアは頬が熱くなる。
身長差が甚だしいため、ヴェルバートはかなり無理をしているのだ。
マルマーリアは申し訳ないと俯いた。
「コリルバートさまが、子供だから足は踏んでも構わない。
ただ姿勢だけは気を付けて、後はしっかり相手に合わせていろ、と」
「あはは、コリルらしい」
王太子は朗らかに笑う。
「妹たちにも同じように指導していましたよ」
妹と同じだと聞いて、マルマーリアはまたモヤモヤする。
「弟はとても自分自身に厳しいのですよ」
だから、他人に向ける目も厳しい。
それでも厳しくする相手はちゃんと選んでいるし、好きでもないことに時間を費やしたりはしないのだ。
「わらわのような者にまで、そんなことはしなくても良いであろうに」
一応、選ばれているのだと知って笑顔になった小さな姫を見て、ヴェルバートはさらに笑みを深くする。
同年齢の妹たちと同じ立場であり、しかも他国で一人。
資料では我が儘な末姫だという評価だったが、案外素直な良い子ではないか。
懸命に足を踏ん張っている小さな淑女にヴェルバートは好感を持った。




