21・痛いこと
俺たちは身なりの良い爺さんに館に招待された。
一緒に敷地に入って驚く。
「何ですか、これは」
「これは全て墓でございますじゃ」
屋敷の屏の中にはかなりの数の土盛り、つまり墓があったのだ。
爺さんは悲しげに目を伏せた。
「魔獣の被害の始まった頃、たちの悪い病が流行りましてな」
それまでは腕の良い猟師も多く、国も元気だったので小さいながら栄えていた。
「あの蛇の魔獣は厄介じゃが猟師たちは腕が立つし、隣国ヤーガスアで高く売れたからの」
しかし、病が流行り、薬が必要になった時に、ヤーガスアではなくイロエストから援助が申し出される。
「後で知ったが、その頃はすでにヤーガスアはイロエストの商人が蔓延っていたようじゃ」
商人は薬代金として素材を安く買い叩くようになった。
館の中で、お茶と簡単な菓子で接待を受ける。
「病の流行はなかなか終わらず、魔獣は狩っても高く売れず、国は段々と寂れていく一方ですじゃ」
気が付くと、国境のイロエスト側から湿地帯の埋め立てが始まっていた。
「もちろん、抗議したんじゃが、イロエストの農家が勝手に自分たちの土地だと言い始めて」
何もなかったはずの土地に、いつの間にか簡素な家が立ち並んでいた。
その後は国境警備隊のオニイサンが言ってた通りだろう。
「王配殿下は?」
この国は王ではなく女王様が治めている。
女王の夫である王配の軍人が居たはずだ。
「昨年、病で」
俺は気になったので頼んでみる。
「病人を見せてもらえませんか」
「えっ、しかし、病気を移してしまっては」
「大丈夫です。 俺は回復魔法が使えるので」
そう言って許可をもらう。
館の奥、誰が見ても不衛生な部屋に病人が集められている。
「こんなんじゃ、助かる者も助からないよ」
俺はハンカチをマスク代わりにし、部屋の壁や窓を見る。
病人の部屋を出て、今度は厨房や井戸を調べた。
「うーむ」
「どうされました?」
俺が唸ってると、ギディが小さな声で訊いてくる。
「俺にはよく分からないけど、ここで大丈夫なの?」
病に罹るのは仕方がない。
誰だってなる時はなる。
だけど、ここは病人には良くない気がする。
「何故、こんなところに病人を集めているのか」
と、訊ねると古くからの慣習なのだという。
唸っていたら、エオジさんが俺を連れ戻しに来た。
「明日にはここを立つ。 早く寝ろ」
俺たちは広場のテントに戻った。
兵士長を交えて話し合い、ここに何人か置いていくことにした。
魔獣と例の大商人対策のためである。
「では二十名を残す。 人選を頼む。
残りはヤーガスアに戻るが、宴が終わったら必ず来る」
俺は念のため、兵士長に王家の薬を渡した。
「調子が悪い者が出たら遠慮なく使ってくれ」
「承知した」
兵士長が兵士たちと話し合いを始める。
ブガタリアとツデは今はまだ国交がない。
「何か理由があったのかな」
山の向こう側とはいえ、ブガタリアとは国境を接する国なのに、俺は名前しか聞いたことがなかった。
「小さい国同士だからな、脳筋ばっかだし」
良く言えば素朴、悪く言えば世間知らず。
お互いに何も知らないほうが幸せなのかもしれない。
「でも知っちゃったし」
俺はこれからどうすればいいか、何となくピアに聞いてみようかなと思いながら意識が落ちた。
グウ。
早朝、俺たちは十体のゴゴゴで王都を出て、国境の町には昼頃到着。
待ち構えていた町の人に、解体された蛇の肉と皮をお土産にもらった。
「どうせまたイロエストの商人に買い叩かれる。
アンタらに全部持ってってもらいたい」
かなりの数を狩ったので、そんなに要らないと町にほとんどを寄付し解体料を払った。
そしたら、何故か警備隊のオニイサンが潤んだ目で俺を見る。
「あなた様のためなら何でもします!。 どうか配下に加えてくださいいい」
縋りつかれてしまった。
「こら、離れろ!」
「嫌だああ、部下にしてくれるまで離れないいい」
ギディと掴み合いになった。
はあ。
「どうする?」
エオジさんが楽しそうにニヤニヤしている。
「連れて行きましょう、時間が勿体ない。
あ、エオジさんのとこに同乗させてあげてね」
「はあ?」
俺はさっさとグロンに乗り、班を出発させる。
ここからはまた班ごとの移動になり、最短距離を酪農場まで駆けた。
到着したのは出発から五日目の昼だった。
早いな、さすがグロン。
「お帰りなさい、殿下、皆さん」
ソミエラが酪農場の外で待っていた。
「ん?、何かあったのか」
「い、いえ、ゴゴゴたちが少なくて暇だったから」
「あー、すまん、ソミ。 ツデ国に二十体、置いて来た」
「えー」
残念がるソミにグロンたちを預け、俺たちは領主館に戻る。
色々と身体がアレなので、裏口から入って部屋まで気配を消して移動した。
「お帰りなさいませ」
パルレイクさんが迎えてくれて、急いで全員の風呂と着替えを頼む。
クオ兄は疲れているはずなのに食事の用意もしてくれた。
何だか、まだ身体が揺れている気がする。
ツンツンを下ろし、食事をさせた。
「はあ、やっとホッとしましたね」
食後のお茶をもらい、皆んな寛いでいる。
「うん」
これからマルと義大叔父に説明しなきゃいけない俺は、ギディの声にもぼんやりと答えた。
ふいにエオジさんに肩を叩かれる。
「王弟殿下は来客で忙しいそうだ。 先にマルマーリア王女に話そう」
「そうだね」
ツデ国はまだ無事だ。
もうしばらくは大丈夫だと言えば、少しは安心するだろう。
強引について来たツデ国の警備兵がキョロキョロしてて落ち着かない。
「ふ、ふええ、あなた様はお偉い方だったんですか!」
何だよ、今頃。
「とある国の第二王子殿下だ。 お情けで連れて来てもらったんだ、感謝しておとなしくしていろ」
「あ、は、はいっ」
ギディにすごいビビってるけど、大丈夫かな、これ。
マルの部屋に入ると侍女たちと女性兵士と、ピアも居た。
「お帰りなさいませ、殿下」
ピアが美しい礼を見せ、他の女性たちがそれに倣う。
何故かマルはプンプン怒っている。
俺はソファに座り、対面にマルを呼んで座らせた。
侍女がお茶を淹れるのをギディがじっと見てるけど、やめてやれ、かわいそうだろ。
「何故、ツデ国に行ったのじゃ」
お茶を待っている間に、先にマルが話し掛けて来た。
「ヤーガスア領主からの依頼だ」
「何故、断らなかったのじゃ!」
俺は出されたお茶を一口飲む。
うん、ちゃんと美味しい。
「断っても良かったのか?」
顔を上げ、真っ直ぐにマルを見る。
「それは」
目を逸らすマルをこれ以上待たせるのは悪いな。
「単に気になったから引き受けた。 それだけだ」
館の中は明日の宴の準備で何となくザワザワしていた。
俺が話すより適任がいる。
「彼を入れてやって」
扉の前に立っていたエオジさんが廊下で待っていた青年を中に入れた。
ツデ国はブガタリアと同じ民族らしく、国境警備兵は黒髪黒目で少し肌の色が薄い青年。
「ひ、姫様、マルマーリアさまあああ!」
マルを見た途端に泣き出すオニイサン。
「よくぞ、ご無事で」
泣くな、うるさい。 と、言いたいけど、ここは我慢。
「詳しい話は彼がしてくれる」
驚き過ぎて固まったマルに、俺はそう言って立ち上がる。
「ピア嬢、少し話がある」
「はい」
感激の対面の二人にギディを付けて残し、俺はピアを連れて自分の部屋に戻った。
「良いのか、ちゃんと説明しなくて」
エオジさんがコソッと俺に囁くが、本当にマジで話さなきゃいけない相手はマルじゃなくて。
「コリルバート殿下、ご無事でのお戻り、安心いたしました」
ピアが笑ってない。
クオ兄がニコニコしながらピアに席を勧め、俺はソファの対面に座った。
えっと、ズキ兄までニヤニヤしなくてよくない?。
「本日、領主ご夫妻はお客様が多くて時間が取れませんので、私が代わってお話をうかがいます」
あー、はい、よろしくお願いします。




