15・厳しいこと
名残惜しいけど、ピアと別れて部屋にもどる。
マルの侍女の処分を決めないといけない。
ツデ国の二人の扱いに関しては、イロエストの王弟殿下の名の下に、ブガタリア王国第二王子である俺に一任されていた。
ちゃんとした文書まで作られてたんだよな。
罠かな。
これ、作ったのは絶対ザッジだし。
ギディはマルに付けてある。
パルレイクさんとズキ兄は倉庫へ片付けに行った。
俺は待っていた女性兵士たちとエオジ班の部屋に入る。
「お疲れ様でした」
侍女を拘束していたのは珍しくクオ兄だった。
どうやら、エオジさんたちは見回りに駆り出されたらしい。
マルの脱走騒ぎはブガタリアの警備の失点になる。
今、ここにいるブガタリアの兵士は十名足らずだ。
この館全体の警備には足りない。
はあ、それで俺の不評にするつもりなのか、甘いな。
脳筋、舐めんな。
「話を聞きたいが、良いかな?」
俺はソファに座り、拘束されていた黒髪の侍女を対面の椅子に座らせ、拘束は解く。
侍女の後ろに女性兵士二人が立つ。
俺は、後ろに立とうとした気弱な顔のクオ兄を隣に座らせた。
料理に対しては自信たっぷりなクオ兄は、他のことになると途端にポンコツになる。
一応従者枠だけど一国の公子なんだから、もう少し威厳というものをだな……俺も他人のことは言えないけどさ。
さて、そんなことより、目の前の侍女である。
「ギディから妨害されたと申告があった。
具体的には何をしたの?」
俺は現場を見たわけではないので、クオ兄に訊ねる。
「あ、はあ、えーっと。
マルマーリア姫がズキがいないことに気付いて、それで騒ぎ出して」
「ん?、女性専用の部屋を充てがったはずなんだが、何故、ズキ兄を探してたの?」
ズキ兄は俺の護衛として俺の部屋にいることになっている。
そこに居ようが居まいがマルには関係がない。
「あー、どうしてもピア嬢に会いたくて、取り次ぎをさせる気だったみたいだね」
俺とクオ兄は同時にため息を吐いた。
「それで、彼女は何をしたの?」
「ギディに用事を頼んで、その隙にマルマーリア姫を殿下の部屋に入れた。
ズキがいないと分かると探すと言って大暴れを始めた姫を諫めもせず、一緒に探し始めたんだ」
そのうち護衛たちは小さな女の子を見失った。
ギディが妨害されたのも、この時だろう。
女子供に甘い脳筋たちの悪い面が出たな。
俺は改めて目の前の侍女を見る。
多少、肌の色は薄いものの、ブガタリアと同じ民族だと思わせる黒髪黒目。
顔立ちもイロエストよりブガタリアに近い、素朴で丸みを感じる。
「ツデ国は確かヤーガスアとは親密な国だったな」
位置的にはブガタリアの北の山脈を越えた辺り、ヤーガスア領からも森を挟んで北にある。
イロエストとの間には広い湿地帯があり、国境は接していても直接交易するような品もないため、ヤーガスアに仲介されて多少交流がある、といった程度だと聞いた。
「そのツデ国が何故、イロエストに姫を送り込むんだ?」
勉強のための留学だとしても六歳は幼い。
ブガタリアのように一夫多妻制なら、国王の何番目かの妻に差し出して国の保護を求めたりすることも考えられるが、イロエストは一夫一妻制なので、その可能性はない。
ブガタリアにおいて、この場合の婚姻は年齢には関係がなく、ただの人質だ。
女性の保護自体が目的であって、ロリコンじゃないぞ。
侍女は黙秘を続ける。
何となくだけど、この侍女は俺個人を敵視している気がした。
「名前は何という?」
ビクリと侍女の肩が揺れた。
今まで何を言われても無表情だった顔に焦りが見える。
何故だ。
俺は女性兵士の一人にマルから侍女の名前を聞いてくるように指示する。
隣の部屋に向かった女性兵士がギディを連れて戻って来た。
「マルマーリア様はおやすみになられました」
そう言ってから、ギディはさっそくお茶を淹れ始める。
しばらくして、俺とクオ兄、そして侍女の前にカップが置かれた。
優しい香りが漂う。
俺も欠伸を一つ。
「初日、二日目から騒ぎばかりだ。 俺って、やっぱり運が無いな」
太って見えるように作られた袖の手首に触れる。
指が細いとアンバランスに見えるため、普段から手袋をしている。
いい加減に脱ぎたいな。
「コリルはお疲れのようだ。 先に休ませたらどうだ?」
クオ兄が、ギディに声を掛ける。
俺に言っても無駄だと分かっているんだ。
「そうですね。 それよりも。
もしよろしければ、何か甘い物でもお出ししたらいかがでしょうか」
おお、ギディ、分かってるなあ。
「それなら」と、ニコリと笑ったクオ兄が部屋を出て行った。
そうして、クリームをたっぷりと挟んだミルクレープがいくつも乗ったワゴンを押して戻って来る。
「昼間、暇だったのでたくさん作っておいたんだ」
俺の部屋には冷蔵庫もどきの魔道具もあったりするんだよ。
チョー便利。
満面の笑みを浮かべて、俺は皆んなにも勧める。
「こんな美味しいもの、一人で食べるなんて勿体ない」
そう言って侍女の目の前にも出す。
「遠慮はいらない。 どうぞ」
女性兵士たちにも出したので、他のテーブルで美味しそうに食べる彼女たちの姿を見て、侍女もようやく手を伸ばした。
「美味しい……」
ゆっくりと噛み締めるように味わっている。
いや、噛むようなもんじゃないはずなんだけど。
「いかがですか?。
これはコリル、コホン、殿下の発案で作ったお菓子です。
疲れた時は甘い物が身体にも心にも良いですよ」
クオ兄の声に、顔を上げた侍女の目が潤む。
「ありがとうございます。 本当に美味しいです」
何故、そこでクオ兄と侍女が見つめ合うの?。
俺はギディの顔を見るが、お互いに首を傾げただけだった。
そういえば、名前を聞かなきゃ。
「ギディ、彼女の名前を知らないか?」
俺の質問に侍女が再び身体を強張らせた。
「はい、タリーと呼ばれておりますが、本名は『タラリヤ』です」
は?、ナニソレ。
今度は俺が固まる。
クオ兄は疑問符を浮かべた顔をした。
「ヤーガスア最後の王族といわれた女性の名前ですね」
ギディの淡々とした声が怖い。
そうか、それをこの侍女も理解していて、名前を知られることを恐れていたのか。
「それがどうかしたの?」
俺たちの雰囲気がおかしくなったので、クオ兄が思わず口を出した。
「俺を殺そうとした女の名前だ」
俺は思わず低い声になる。
「ち、違いますっ!。 殺そうとした訳ではありません」
侍女が焦って大声で俺に訴えた。
なるほど、この女性はヤーガスアの関係者だったのか。
そうでなければ俺に言い訳なんてしないよな。
そうなると、ここでは話せないので、俺は部屋を移ることにした。
いつ護衛たちが戻って来るか分からない。
彼らに聞かせるわけにいかないんだ。
俺の部屋にギディとクオ兄、倉庫から戻ったズキ兄。
パルレイクさんは小赤が心配なので、倉庫に近い使用人たちの部屋に寝泊まりしている。
この侍女に話を聞くためには、男性ばかりの部屋に女性が一人という訳にはいかないので女性兵士も部屋に入れて待機させる。
「何かあったのか」
ちょうどエオジ班も戻って来たようなので、騎士たちは休ませ、エオジさんだけが残る。
部屋に盗聴避けを設置した上で、ギディが簡単に経緯を説明した。
いつもなら、とっくに服や手袋を脱いでいる時間である。
俺に疲れが見えるのでギディはしきりに着替えを勧めるが、俺は首を横に振った。
「疲れてるのは皆んな同じだ。
それより、俺たちはあと七日、朝になれば後六日しかここにはいない。
問題があるなら早く片付けたい」
「相変わらずコリルは短気だな」
エオジさんが呆れたように肩をすくめ、俺の横に座る。
「何か甘い匂いがするな。
クェーオ様、あるなら出してもらっても?」
「抜け目ないですね」
クオ兄は笑いながらエオジさんにもミルクレープを出した。




