9.Take over
緑色の肌に、大人の人間の腰程度の高さの背丈を持つ、二足歩行の醜い顔をした生物がいた。
醜鬼と呼ばれる、人間達に忌み嫌われる、森の中では遭遇率が高い、そして危険性も非常に高い害獣の一種である。
その一体が、しわくちゃな老人のような顔にニタリと笑みを浮かべて小さく声を上げる。
獲物を見つけた、と。
深い森の中で、焚火を囲む二匹の人間を見つけたその醜鬼が、仲間に合図を送る。
するとそれに応じてぞろぞろと、人間から奪った鎧や武器で武装した十数体の醜鬼達が、狙うべき獲物を見据え動き出す。
獲物は二匹、それも価値の高い雌である。
片方は小綺麗で締まりが強そうで、もう片方は大きく柔らかそうな脂肪の塊をぶらさげている。どちらも穴に逸物を突き入れれば、かなりの快楽を得られることだろう。
体中の柔らかさも活用すれば、暇つぶしの玩具としても十分役に立つはずである。
それに大きく柔らかい方は、格好から見て戦士に値する種類の人間である。
そういう種類の雌は気が強く抵抗も強いが、その分頑丈でたくさんの子供を作らせられる。甚振り続けて心を折れば、仲間をどんどん増やしてくれるに違いない。
柔らかい肉も、産めなくなれば食糧になる。二匹もいれば生まれた子等の食料には十分だろう。
醜鬼は不思議なことに、基本的に雄しか生まれない特殊な生態である。
他の種族の雌を攫って孕ませ、子孫を増やすことを本能的に学んでいる、雌にとっては悪魔のような存在である。もし目星をつけられれば、確実に悲惨な未来が待っている。
知能は然して高くはなく、人間のように新たに自分で技術や知識を生み出すことはできない。だが、学び模倣する能力が異常に高い面を持っている。
ナイフや弓を使って獲物を狩り、罠を作って捕らえ、群れを作って囲う。
他者が積み上げてきたものを横から掻っ攫い、奪い取るという醜悪な生態を持った異質な種族である。
本能によるものか、醜鬼達は総じて残忍な性格をしており、肉としての価値以外にない雄は即座に殺してばらばらにし、貪り食うようにしている。
抵抗が激しい雌にいたっては、四肢を切り落とし、顔面をひたすら殴り、抗う意志をぽっきりと折る事を最初に決めている。
あらゆる種族にとって、単独で遭遇することは絶対に避けたい存在なのである。
そして今回、醜鬼達が見出した獲物というのが、今すぐめのまえっで向かい合って肉を口にしている人間の雌達であった。
ニタニタと笑みを浮かべ、醜鬼達は涎を垂らして息を殺す。
まず四肢を切り、毒を持って動きを封じる。そして仲間全員で襲い掛かり、力の限り凌辱し甚振りまくる。
動きがなくなったところで巣に持ち帰り、穴倉に閉じ込めてひたすら子種を仕込む作業に没頭するのだ。
想像するだけで、醜鬼達全員の股間の逸物は膨れ、先端が湿り始める。
なるべく反撃の危険性を避けるため、醜鬼の集団は音を殺し、人間の雌達の周りに展開する。
逃げ場を失くし、そして武器を手に取らせる暇もなくしてから、襲う。これまで何度も行い、その度に成果を上げてきた唯一の策である。
逸る気持ちを押さえつつ、研ぎ澄ました刃物を手にその瞬間を待つ。
だが、その時が彼らに訪れる時は、永遠になかった。
「ギ―――!」
人間の雌達の背後に回ろうとした仲間の一人が、突如小さく声を上げて消える。
何だ、と振り向いた他の二体も、同じく小さな悲鳴だけを残してその場から消失してしまう。
「ゴギャ…!?」
「ギギャ…ギャギャギャ!」
何が起こったのかと、リーダー格である他より大きい個体は辺りを見渡し、暗闇に目を凝らす。
同じ獲物を狙う、他の獣や違う巣の同族の気配もなかった。なのに仲間の気配がいくつか消え、代わりに血の跡が木の幹や草地にこびりついているのが見つかる。
突然のことに、醜鬼達は徐々に狂乱に陥り始める。
この住み慣れた森の中において、絶対的上位にあるのは自分達である。縄張りに足を踏み入れ、狙われた獲物に許されているのは狩られる未来のみ。決して反撃することはあり得ない。
しかし現に仲間は消えた。その事に怒るより先に、醜鬼達には恐怖が芽生え始めた。
何がいる?
何が自分達を逆に狩ろうとしている?
考えている間に、またさらに数体が微かな悲鳴をあげて消える。
一瞬目を離した間の出来事に、仲間の数が減って焦るリーダー格の醜鬼は冷や汗を流す。
「ゴギャ…ギャギャギ!」
声を押さえ、刃物を構えて辺りを警戒する醜鬼。
一方的な奇襲が主とはいえ、全神経を集中させて身構えている今ならば、早々にやられる筈がないと、その醜鬼は自分を鼓舞する。
どこからでもかかってくるがいい、そう虚勢を張り、姿の見えない襲撃者を探る。
だが、その意識はたやすく途切れてしまった。
知らぬ間に彼の背後に首を伸ばしていた謎の襲撃者―――影に潜む黒竜に、頭をばくりと呑み込まれ、食い千切られていたからだ。
獲物に近づく暇もないまま、醜鬼の集団は全て、黒竜の腹に収まる事となった。
△▼△▼△▼△▼△
(まっず! こいつらの肉まっず!!)
ぼりぼりと咀嚼する、人間に似た小さい生物の肉から感じる味に、それは内心で悲鳴をあげていた。
泥臭く、苦く、まるでゴミでも齧っているのではないかと思うほど酷いその味に、しかし黒竜は吐き出すことなく咀嚼を続け、ついにゴクリと呑み込む。
そのまま呑み込んでもいいのだが、鎧だの武器だのを装備していたため、ある程度噛み砕かなければ喉に当たって気持ち悪いのである。
(まったく……妙に小さい人間だが、一体何を食って生きているのだ? こんなにひどい味は初めてだ。一体あの女性陣は、どれだけの人数に狙われているのやら)
初めてその種族を目にしたそれ。
醜鬼という詳しい情報を知らないそれは、見た目が多少違うだけで、自分が同行している女性達と同種だと考えていた。
大方昼間の連中のように、彼女達を狙う勢力の一部か何かなのだろうと、そう考えていた。
だが、それは少し考えて、少しだけ残した醜鬼達の装備を見下ろす。
小汚い鎧に歪んだ武器。自分たちで作った物ではなく、誰かから奪った物という印象が強いそれらに、それは考えを少し改める。
(ふむ……格好も大分違うし、昼間の連中とは別の勢力か? ならばあとは……物盗りか。あの二人の荷物、あるいはあの二人自身を狙って襲おうとしたというところか)
昼間の一件のように、食欲ではなく害意を持って凶器を向ける輩に対し、それは非常に憤りを覚えていた。
生きる為に、ではなく別の目的で命を奪おうとする行為に対し、考えるより先に体が動いていた。
子孫を残すという生物の根源的な思考ではない、打算的な思考が混じって見える行いに、それはなぜだか強い拒否感を覚えていた。
しかし、今回にいたってはその括りではない。
醜鬼達の行動は捕食の為ではなかったが、生物の本能に従った行動に違いなかった。
ただ、狙われたのがあの二人だったために、それは醜鬼達を逆に捕食したのだ。対象が彼女達でなかったら、態々邪魔をするつもりはなかった。
(わざわざ介入したのに、こんなところで死なれては寝覚めが悪いから食ってしまったが……こいつらも必死だったのかもしれんな。群れの様だし、雄しかいなかったようだし、出稼ぎといったところか)
なれば、巣で待つ番や子の為に獲物を探していたのかもしれない。
だとするとそれは、自分がこの群れの生命線を一つ断ち切ってしまったのかもしれないと、少し申し訳なさを感じる。
狩りに同行できない未熟な稚児やその番が生きていくのは、非常に困難になるだろう。
それは小さく唸り、同行者である女性達を見やり、考え込む。
そしてやがて、それはある決断を下した。
(よし、責任もってこいつらの巣にいる連中、まとめて食いに行くとしよう)
うん、と頷くや否や、それはぞぶりと影の中に潜り、醜鬼達と同じ姿をした種族の気配が集まっている場所を探しに行く。
腹をすかして死に至るよりも前に、父親達と同じく自分の胃の中に納めてしまおうと。
こうして、当事者にそのつもりのないままに、人間や多くの種族に対し害しかなかった醜鬼の巣が全滅した。
それも一つではない。森にいた全ての醜鬼達が、根こそぎ食い殺されてしまったのである。
種族を一つ壊したそれであったが、生態系から見ればそれは実に肯定的であったのだが、それにそんな自覚などあるはずもなかった。
ただ、腹の疼きを満たすため。
そして心残りを消すためだけに、それは森に棲む醜鬼を絶滅させてしまったのだった。
主人公はサイコパスです。




