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元勇者のTS少女が親友と勉強したり頑張ったりする話

ちょっと短めです


 ある日、冬服を着ていると少し汗がにじむことに気付いた。

 そしてそれからすぐに衣替えの時期が過ぎる。


「……うぅ」

「……」


 ふとカレンダーを見るとそこには大きな五の文字が印刷されていた。

 気温が高くなり、春と夏のちょうど真ん中の頃。


「……あぁ」

「……」

 

 親友が異世界に飛ばされ、性別が変わったとしても、時の流れる速さは変わらない。

 一日、一日と時は流れ、決して戻ることはなく進んでいく。


「……おぉ」

「……」


 ……そして、そのことを忘れていた人間が、今俺の前で唸っている金髪だった。

 手元にある紙を前に、その動きは完全に固まっている。


「……頭抱えてないで手を動かした方がいいんじゃないか?」

「だってわかんないんだよぉ!」


 勢いよく挙げられた顔は途方に暮れるように歪められ、両目には涙が浮かんでいる。

 いつもなら何があったのかと慌てるような悲壮な表情だったが、今日はその理由が分かり切っているので特に言うことはない。


 ……というか、逆にため息が出るのを抑える事に苦労していた。


「……なんでまったく準備してないんだ」

「だ、だって……だってぇ……」

 

 さっきから何を言っているのかというと、そろそろやってくる中間試験のことだ。

 学生なら当然のように準備しているはずのそれを、カナメは完全に忘れていたらしい。


 いきなり助けてくれと泣きつかれたのが今朝のこと。

 それからとりあえずと、軽く問題を解かせてみたらこの惨状だった。


 ペンが止まったのは問題集の大問一の(二)。

 一問だけ解けているのが逆に残念さを漂わせている。 


「し、仕方ないじゃん……異世界に行ってたんだから」

「……まあ、それは確かに大変だと思うけどな」


 しかし、帰ってきたのは今から一カ月近く前のことだ。

 その間何もしていなかったのは、今の様子を見ているとわかる。今回の範囲の最初で躓いているわけだし。


 ……ほんの少しでも手を付けていたら違っただろうに。


「もうテストがあるなんて知らなかったし……」

「……毎年の事だろう?」


 五月の真ん中あたりにテストがあるのは中学生のころから変わらない。

 同じ学校に通っていた俺が言うのだから間違いないことだ。


「時間の感覚が狂ってたんだよぅ……異世界とじゃ暦も違うし。

 それにほら、年を取ると体感速度が変わるって言うでしょう?」

「……聞いたことはあるが」


 人間は年を重ねると、時が流れるのを早く感じるようになる……みたいな。細かいことは覚えていないが、そんな感じだったはずだ。


「私、何年も異世界に行ってたから。そういうことなんだよ」

「……」


 確か異世界にいたのは五年だったか。

 そう考えると色々と変わってくるのもわかる。というかカナメは実質俺より五歳も年上なんだよな……。


「……」


 ……まあ、それはいいか。

 今はそれよりテストのことだ。


「大変なのは同情するし、力になろうとも思うが……テストの点数はその辺りの事情を斟酌してくれたりはしないからな……」

「……うぅ!」


 また頭を抱えるカナメに軽くため息を吐く。

 そして視線を外して広げられている教科書を見た。

 

 ……これは今日から付きっ切りで教えなければならないだろう。

 ……いや、そうしても駄目な可能性が高いか。


 見ている様子だと、勉強していない以前に色々忘れてしまっている可能性も高い。

 五年間の間にこれまでの学習内容も抜け落ちてしまっているように見える。


「とりあえず、今日からしばらく放課後はずっと勉強な。俺も頑張って教えるから、カナメも頑張ってくれ」

「うぅ……廉次、ありがとう……」


 きちんと指導計画を練って教えなければならないだろう。

 なんとなくで教えていたらいつまでも終わらない可能性が高い。


「……」


 ……いや、本当になんでここまで放っておいたんだ……。

 一カ月前、帰ってすぐに相談してくれていたら……。

 

「……補習を受ける覚悟はしておいた方がいいかもな」

「そんなぁ……」


 カナメの眉が悲しそうに垂れているが、こればかりはどうしようもない。

 自業自得だと思って諦めてもらおう。


「……補習って、廉次は受けないよね?」

「……そりゃあな」


 それほど成績が悪いつもりはない。

 これでも毎日予習復習は欠かさない身だ。学年でもトップクラスの成績をとっている自負がある。


「ということは私だけ受けるの?」

「……そうなるだろうな」


 ちなみにうちの高校の補習は、赤点取得者が放課後に残され、合格点を取るまで再テストを解き続ける方式だ。

 救済措置はなく、出来るまでやらされる。過去には中間試験と期末試験の補習を同時に受けることになった猛者もいるらしい。


「……廉次も一緒に受けよう?」

「嫌だよ」


 何を言うのかと思えば。

 カナメの頼みでもさすがに出来ることと出来ないことがある。


「酷い……私が苦しんでるときに廉次は家でゆっくりするんだ……」

「……そうだな」

「試験後の打ち上げとかも廉次だけ参加したりするんだ……私を放ってクラスのみんな……と……?」


 ――ふと、突然カナメの動きが止まる。

 冗談半分本気半分の顔で口にしていた恨み言も止まった。


「……打ち上げ……?」

「……どうした?」

「打ち上げって、採点が早い科目で赤点取った人は参加できなかったよね?」

「……まあ、最終日終了時点で呼び出しされるからな」


 赤点取った奴は試験が終わったからって遊ぶなよ、ということだ。

 最後の試験の後、試験監督に名前を呼ばれた生徒が絶望の表情を浮かべて部屋から出ていくのは毎度のことだった。

 

「それで打ち上げって……男女混合だったよね……?」

「……ああ」


 去年は確かにそうだった。

 俺とカナメも参加して、カラオケとかファミレスとかで集まって飲み食いしていた記憶がある。


「……」

「……なんだ?」


 カナメが何故か真顔でこちらを見ている。

 ……なんというか、ちょっと怖いんだが。


「……」

「……」


 無言が続く。

 一体なんだと言うのか。


「……する」

「……なんだ?」

「……勉強する。頑張る」


 突然何かと思い、見ると、真剣な顔をしていた。


「絶対赤点取らないから。手伝って、廉次」

「……そりゃあまあ、構わないが」


 赤点なんか取らないに越したことはない。

 やる気になったと言うなら歓迎するべきだろう。


「私、頑張るから」

「……そうか」


 いい気合だ、と思う。

 なので、では早速と机にある問題集を手に取った。

 

「……じゃあとりあえずこの問題集から頑張ろうか」

「……………………うぅ」


 やると言ったのなら頑張ってもらおう。

 俺は、途端に情けない顔をしだすカナメの顔から目を逸らし、これから先の学習計画を考え出した。


 

 

 

 

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