元勇者のTS少女が親友を恨めしげに見たり膝枕したりする話
「……」
何故だろう。
今日何度目かにそう思った。
「……」
気付かれないように、こっそりと視線だけをベッドの方へと向ける。
そこにはカナメがむくれた顔でそっぽを向きながら座っていた。
「……むぅ」
不満そうな……恨めしそうな。そんな感じだ。
唇を尖らせ、頬が少し膨らんでいて。
……なんというか、少し気圧されるものがあった。
「……なあ、カナメ」
「……なに?」
恐る恐る声をかける。
カナメの視線がこちらに向けられ……なんだか久しぶりに目が合った気がした。
「……俺、何かしたか?」
「……別に」
しかし、その言葉を最後にまた視線が離れていく。
返事も短くて、理由を考えるだけの情報は得られない。
……これは自分で気付かないといけないやつなんだろうか。
俺が原因に気付いてないことにも腹を立てている……みたいな。
「……」
……でも、思い当たることは無いんだよなあ。
特別何かをしたつもりもないし、逆に何かをされた記憶もない。
何が何だか分からない、というのが正直なところだ。
「……むぅ」
……確か、今朝は違ったよな……?
そう、唸り声とともに横から向けられる不満そうな視線を感じながら考える。
そうだ。朝、顔を合わせた時は違ったはずだ。
しかし学校に着いたときには今みたいになっていて……。
「……」
……少し、思い返すことにした。
◆
そういえば、朝は朝で少し様子がおかしかったことを覚えている。
別に今みたいな感じではない。
しかし、いつもより身だしなみが整っていたというか。
髪に浮かぶ天使の輪がいつもより輝いていたというか。
そして妙に動きがぎこちなくて、顔が少し赤く染まっていて……。
とにかく、そんな感じだった。
髪はともかく、顔色から風邪なんじゃないか……みたいなことも考えたんだったか。
でも本人が大丈夫だと言うから、一緒に登校することにしたはずで……。
……。
……それで、確か一緒に歩きだして……そうだ、一つ質問されたんだった。
妙に小さい声で、昨日の事なんだけど、と。
視線が落ち着かなかったり声が上ずっていたから何かと思ったが、昨日カナメが言っていたことについてだった。
たしか「男に告白されたから困ってるんじゃなくて、好きじゃない人に告白されたから困っている」だったか。
それについてどう思ったか教えてくれと言われて……。
確か、俺は正直に答えたはずだ。
最近はそういう考えの人も多いんだよな、と。
よくよく考えてみれば、最近は性別とは関係ない恋愛の形も増えているらしいし、男だからとか、そんな理由で駄目というのは間違っているのかもしれない、と。
……そうだ。
それで、そう言ったらカナメは愕然とした顔をして――。
◆
――今みたいな感じになったんだった。
「……」
「……むぅ」
……駄目だ。
カナメの唸り声を聞きながら考えてみても、何が原因なのかさっぱり分からない。
あの時に会話が良くなかったんだろう、というのは推測できるが、あれの何が良くなかったのかが分からなかった。
「……」
どうするか。ここはとりあえず謝っておくべきか。
正直、これ以上ジトっとした目で見られるのは勘弁してもらいたい。
「……カナメ」
「……なに?」
「すまなかった。許してほしい」
何に謝っているのかは俺自身分からない。
しかし、時には謝っているという事実が大事だったりもするわけで。
……まあ、逆に火に油を注ぐこともあるんだが。
「……ん、その」
「……」
しかし、今回は幸いなことにそうはならなかったようだ。
カナメは小さく呟くと、目を逸らし、気まずそうな顔をする。
「……私こそ、ごめんなさい」
「……いや」
カナメの様子が落ち着いたようで安心する。
カナメには聞こえないように大きくため息を吐いた。
「ごめんなさい。廉次は悪くないよ。
……私が勝手に変なことを考えていただけだから」
そう言うと、カナメがベッドの隅に移動していき、膝を抱えて壁に向いた。
……小さく丸まっている姿は驚く程に小さくて……罪悪感が刺激される。
「……すまん」
「謝らないでってば。本当に廉次は悪くないから……ごめんね」
延々と謝罪しあうことになりそうで口をつぐむ。
そして少し考え……。
……それなら、と一つ別の提案を口にした。
「……その、なんだ。
俺に何かできることはあるか?」
その言葉を最後に、少しの間沈黙が部屋に広がる。
そして、ポツリと一言、カナメがつぶやいた。
「……じゃあ、膝枕して」
◆
ゆっくりと頭を撫でる。丁寧に、痛みを感じさせないよう。
さらさらと流れる金色の髪が指の間を流れて、それが妙に心地よかった。
「……はふう」
カナメが大きく息を吐く。
目を満足そうに細めていて、口元も柔らかく弧を描いていた。
……しかし、前回も思ったけど、そんなに気持ちいいんだろうか?
「なんかもう、何もかもどうでもよくなってくるよぅ」
「……へえ」
なるほど、次に怒らせたらこれをするか……みたいなことを考えながら相槌を打つ。
いやまあ、怒らせないのが一番なんだろうが。
「すごく落ち着く……」
「そうなのか」
俺としてもそこまで喜んでくれるなら悪い気はしない。
こんなことでいいなら、いくらでもやってやるんだが。
「そうだよ………………そうだ!」
「……なんだ?」
突然、カナメが起き上がった。
そして、いかにも「良いことを考えた!」という顔をして笑う。
「廉次にもやってあげようか?」
「……は?」
唐突な言葉に面食らう。いきなり何を?
俺に?何をやると?……膝枕?
「ほら、ここだよ、ここ」
「……」
状況をあまり理解できていない俺を尻目に、カナメが俺の横に腰掛ける。
そしてポンポンと自分の太ももを叩いた。
……そこに頭をのせろと?
「ほら、早く」
「……いやそれは」
「ほらほら」
「……待て、分かった。
分かったから腕を引っ張らないでくれ」
にっこりと笑いかけてくるカナメに押し切られる。
そして腕を引っ張られる勢いのまま、頭を恐る恐るカナメの太ももの上に乗せた。
「……」
……柔らかい。
まず最初に、顔に伝わるその柔らかさに驚かされた。
体勢は横向きに寝転がる形。
カナメの腹部に後頭部を向けて頭を乗せていた。
「おお、思ったより頭って重いんだねぇ」
驚いたような声とともに、カナメの手がペタリと頭に置かれる。
そしてその手をゆっくりと動かし始めた。
「ほら、なでなで」
頭に伝わってくる感触がある。
カナメの手が俺の頭を撫で、髪の間を指が通っていく。
「なんというか、これは」
「どう、落ち着く感じしない?」
……落ち着く、か。
そういう感覚もないわけではない。ないが――。
「……どうだろうな」
「えー?」
――正直、落ち着くとかそういうのより気になることがあった。
「……」
……いい匂いがする。普段よりも強い、カナメの匂い。
カナメの膝の上に頭をのせてから、甘い感覚がずっと鼻を刺激していた。
それに頬に伝わってくるものもある。
太ももの感触が柔らかくて、スカート越しに伝わってくる体温が暖かい。
「……」
なんというか、すごいことをしているんじゃないだろうか?
そんな言葉が胸から湧き上がって来た。
カナメに――女性に膝枕されている。
普通は膝枕なんて、恋人同士でもない限りやらないのではないだろうか?
それはそうだ。
だってこんなに近くにいる。触れ合って、体温を感じて――。
「……っ」
「廉次?」
衝動的に頭を上げた。
このままではいけないと強く思った。
……そのままだと、何か良からぬことを考えてしまいそうだったから。
「もういいの?」
「ああ」
心臓が激しく動いているのが分かる。
カナメが不思議そうに問いかけてくるが、そちらに顔を向けることが出来ない。
――だから、荒れそうな息を必死で整えながら、小さくため息をついた。