裏話 TS少女が思い出したりする話
「あああああぁあああぁあ……やっちゃった」
家に着き、自分の部屋に入るなり、私は内から湧き上がってくる衝動のままに、ベッドに飛び込んだ。
そして、大きく呻き声を上げ、ベッドの上を転げまわる。
……なんでそんなことをしているのかというと、さっきの帰り道が原因だ。
「……なんで、あんなことを」
ついさっき、廉次と一緒に歩いていたときのこと。
廉次に『男に告白されて疲れたんだよな――』みたいなことを言われて、私はつい本音で返事をした。してしまった。
……そしてそれが、今私を困らせている。
「あんなの、あんなのって……」
問題なのは私が言ったあの言葉。
『男だから疲れたんじゃなくて、好きじゃない人だから疲れたんだよ――』なんて、そんなことを確かに言った。
それは、つまり――。
「――もう告白してるようなもんじゃない……?」
あれは要するに、私に好きな男がいるって言っているようなものだ。
そして、その上で考えて、私と仲がいい男が誰かと考えると……。
「廉次しかいないよ……」
結局そういうことだった。
要するに私は、ついさっきそんな意味の言葉を当の本人に向けて放ったのだ。
「……あああああああぁぁぁああ」
再び襲い掛かって来た衝動のままにベッドの上を転げまわる。
冷静でいられなくて、落ち着けない。
どうしよう、どうすればいい?
そんなことばかりが浮かんできて、でも答えなんて思い浮かばなかった。
「……うううぅううぅ……言っちゃったよぉ」
心の準備のないままに言ってしまったことに動揺していて、断られてしまったらどうしようと怖くなってきて……でもちょっぴり達成感もあったりして。
「……ああああぁぁあああ!」
訳が分からなくなってきて、もう一度大きく叫んだ。
……なんかもう色々だめな感じだった。
◆
今日言うべきだったかというと、言うべきではなかった気がする。
……そんなことを、少し冷静になった頭で考えた。
「……はあ」
時計の針を見ると一時間くらい転げまわっていたような気がするが、気にはしないことにする。それよりも大事なことがあるからだ。
「……もっと段階を踏むべきだったよね」
本当はこんなすぐに好意を伝えるんじゃなくて、もっとゆっくりやっていく予定だった。
少しずつ、一年くらいかけてやっていけたらいいなあ……なんて。
「……」
……でも、言わずにはいられなかった。
廉次が男と恋愛なんて無理だよな――みたいなことを言うから、つい口を開いてしまって。
……それを否定しないと、今私の中にある気持ちを否定するみたいに感じたから。
「……だって、好きなんだよぅ」
好きだ。
私は廉次のことが誰よりも好き。
元は男だったとか関係なく、廉次だから私は恋をした。
廉次のことを考えるだけで胸が暖かくなって、傍にいるだけで嬉しくなってくる。
私のことをもっと見て欲しいし、もっと触れて欲しいと思う。
……だから、その気持ちだけは誰にも、廉次にだって否定されたくなかった。
「……大好き」
胸が暖かくて、ただそれだけで幸せになれるような、そんな感覚がある。
何もなくても、つい微笑んでしまうような――。
「――」
ふと、いつからだろう、と考えた。
私がこの気持ちを抱いたのはいつからだったか。
少し考え、そしてすぐに答えに辿り着いた。
あの日、日本に帰ってきて、廉次が私を見つけてくれたときだ、と。
◆
あの時の私がどんな状況だったかと一言で言うと、追い詰められていた……というのが一番正しい気がする。
いきなり異世界に呼び出されて。
強くなるために努力して。
戦って。
人を救って。
恋人が出来て。
沢山の称賛を受けて。
必死に戦い続けて。
……そして最後の最後、全てを失った。
大切だった人達は離れて行って、愛していた人は別の男と結ばれることになった。
称賛の声は変わらずあったけれど、それで失ったものが埋まるわけではなくて。
……だから、私はそんな世界から逃げるようにこの世界に帰って来た。
変わってしまった体は戻らず、居場所もなく、最後に残された心の拠り所。それがここだったから。
お父さんとお母さんと……そして大切な親友がいる場所。
そこならばと、あの人の結婚式の前日、衝動的に。
……まあ、考えが甘かったけれど。
……というか、追い詰められて何も考えられなかったというか。
この世界に帰ってきて、少し冷静になったとき、私は途方に暮れた。
もう私はこの世界で生きた僕ではないことに、ようやく気付いたからだ。
だって、当然だけど体が変わっている。加えて性別も。
そんな今の私を見て、誰がかつての僕だとわかるだろう?
『……ど、どうしよう……?』
なんて、そう、オロオロとしたのを覚えている。
途方に暮れて、でももうどうしようもない。
『……』
混乱したままに、それでも足は懐かしい家の方に向かって行った。
道中、どうすればいいだろうと必死に頭を悩ませて……。
……でも、何も思い浮かばなかくて。
『……』
そうこうしているうちに家の前には着いた。
でも、中に入って何を言ったらいいのか分からない。
きっと両親は私を見て不審者だと思うだろう。
それは当然のことだ。見知らぬ外国人風の女、それが今の私なのだから。
……でも、それが、その事実が辛かった。
だってそれは当たり前のことだったとしても――
『……うぅ』
――両親にさえ拒絶されたら私はこれからどうすればいいのか。
私はここに逃げて来たのに。
これより先に行くところなんてないのに。
『……っ』
悔しくて悲しくて、唇を強く噛んだ。
でも何もできない。
ふと、今学校でしているように、認識改変魔法を使ったらいいんじゃないか、と思った。
でもすぐにそれは嫌だと頭を振った。
もしかしたら意地になっていたのかもしれない。
だって、それをしたら……
『……』
……結局、私は誰にも認めてもらえないことになる
この姿になって、誰も傍にいなくなって。
辛くて、悲しくて……苦しくて仕方なくて。
……だから、誰か一人くらい、認めて欲しかった。
どんな姿でも、私は私なんだと認めて欲しかった。
変わってしまったけれど、それでもいいと言って欲しかった。
『……うぅ』
涙が溢れそうで、それを必死に堪えて。
頑張って顔を上げて、でも足を前に出す事は出来ない。
……そんな状態でどれくらい時間が経っただろうか。
もう疲れてしまって、いっそ何もかも忘れて逃げ出したくなってきて――
――その時だった
『カナメ!』
『……え?』
突然、抱きしめられた。
何が起こったのかと混乱し……ふと、知っている声だということに気付く。
『カナメ……よかった、探したんだぞ』
『……れんじ?』
顔を上げると、そこには懐かしい顔があった。
もしかしたら親よりも長い時間を共に過ごした、大切な親友の顔が。
『……廉次、私が私だってわかるの?』
『何を言ってるんだ、当然だろう?』
なぜ、どうして……そんな言葉が頭に浮かんできて――。
――でも、そんなことがどうでもよくなるくらいの喜びが胸を埋め尽くした
まず鼻の頭がツンとして、その一瞬後に涙が溢れて来る。
『廉次……れんじぃ……』
『良かった、本当に良かった』
喜びのままに、廉次に手をまわし、縋りついた。
手と頬に伝わる硬い感触が、今見ているこれが夢ではないと教えてくれて。
……だから、きっとこの時私は恋をしたのだ
◆
「……あーあ」
何度思い返しても思う。
あんなのどうしようもない。好きにならないわけがないと。
きっと、百度繰り返して百度好きになる自信があった。
「……」
……だから本当はすぐにでも恋人になりたかったけど。
少しでも早く想いを伝えたかったけど。
「……断られたくなかった」
好きだから、隣にいたいけれど、好きだから、失うのが怖かった。
もしそうなったらと、想像するだけで泣きそうになる、というか今ちょっと涙が出た。
「……ぐすっ」
きっと廉次はずっと友達ではいてくれるだろうけれど、それ以上は流石にわからなかったから。
まあ、好きな人がいるという話は聞かないし、廉次は私に甘いという事実もあるし、お試しという手もあるし……絶対無理だとは思わないけど。
……でも、やっぱり私は元男だし。
私はそれでもいいけど、廉次がそのことをどう思っているのか分からない。
もし元男とか気持ち悪い、みたいなことを言われたら二度と立ち直れない自信があった。
「……」
……そんなことを考えていたから、ゆっくりやっていこうと思っていたのに。
「うぅ……廉次はどう思ったんだろう」
今日の夕方のこと。
告白一歩手前みたいなことをつい言ってしまった。
「あああああぁぁああああ
……こわいよぅ」
断られるかもしれないのが怖くて、不安でしょうがない。
でも逆に、もし受け入れてもらえたらと思うと、つい頬が緩んでしまいそうになって。
……胸の中がぐるぐるしてくる。
「あああぁああああ」
枕に顔を押し付け、呻き声を上げる。
……そして、そんなことをしているうちに、夜は更けていった。