元勇者のTS少女が日和ったり親友が覚悟を決めたりする話
くじの前に立つ。箱にカナメが手を伸ばし、一枚中から引き抜いた。
そして、それを開こうとして――。
「――あれ、カナメちゃん?」
「あ、ほんとだー」
扉の音、そして何人かの声が後ろから聞こえて来る。
振り向くとそこには同じクラスの女子が何人か並んでいた。
「……あ、みんな」
「デート中? 邪魔しちゃったかなー?」
「あれ、なんでここにいるの? ここ彼氏いない人用だよ?」
「ジュース飲むー? 今下で余ったのを配っててさー沢山貰って来たんだー」
ぞろぞろと入って来たクラスメイトにカナメが囲まれる。それぞれが思い思いに話して、微妙な圧迫感というか、少し近寄りがたいものを感じた。
俺はお呼びじゃないなとなんとなく察して一歩下がる。これまでにも何度かこういうことがあった。俺としては割り込む気になれないので引くことにして――。
「――おう」
そして下がった場所には机に張り付いた男がいた。
顔だけを起こしてこちらを見ている男と目が合う。
「……」
カナメを見る。……周囲を固められてしばらく動けそうに見えない。
そして改めて視線を下に向けると、死にそうな顔をしたクラスメイトがいた。
……そういえば、さっき下でジュース配ってるとか言ってたな。
「……ジュース、貰って来てやろうか?」
「……いや、俺も行く。代わりが来たからな」
のそのそと立ち上がる男。
……ああ、あの女子達が代わりなのか。
「……行こうぜ」
「ああ」
カナメに一言声をかけて、連れだって部屋を出る。
扉の外は人もまばらになっていて、窓から差し込む夕陽の色が少し眩しかった。
……文化祭も、もう終わりだ。
◆
「……そういえば、オカルト研究会だったか?」
校庭の一角。影になって日の差し込まない場所。
そこで手に缶を持ち、二人して壁に背を預けながらなんとなく会話をする。
話題は隣の男の部活について。
「……いや野球部だよ。オカルト研究会はさっきの女子に頼まれて受付してただけだ」
「ああ、なるほど」
なんとなくこの男のイメージと違ったので疑問に思っていたんだ。基本的に交友関係の狭い俺でも、少しくらいはカナメ以外の話し相手がいる。この男はその中の一人だった。
「……今は断っときゃ良かったと後悔してるけどな」
「……ご愁傷様」
気のいい男なので、おそらく善意で請け負ったんじゃないだろうか。その結果に失恋していたんじゃやってられないだろう。
……同情する。カナメとの関係で悩んでいる俺だ。少しくらいは気持ちが分かった。
「……食うか?」
気分転換になればと、先程貰った袋を差し出す。もう人も来ないだろうしと、在庫処分で渡されたクレープの皮だけど。
「……貰う」
袋から取り出し、二人で分け合う。
中身はないので、手に持った炭酸飲料が甘味代わりだった。
そしてしばらく、なんてことのない話をして――。
「――はあ……切り替えないとな」
「……」
「……しかし、お前も付き合いが良くなったな」
「ん?」
隣を見ると、苦笑しながらこちらを見ている。
「一年の頃は、一条さんとだけつるんでただろ。体育の授業とかでもずっと……ん?
……あれ、おかしいな。女子と体育で組めないよな」
……ああ、去年は男だったから。その時の記憶と例の認識改変とやらが混ざっているのかもしれない。
「勘違いじゃないか?」
「……うん? ……まあいいか。とにかく体育以外ではそんな感じだっただろ。いっつも一緒にいたんじゃないか?」
まあ、それは確かにそうだ。
そういう点では去年と大きく違う。
……前はカナメとだけ関わっていればよかった。でも今はそうはいかない。
学校という環境では、男と女でどうしても差が出てくる。別々に行動する授業も多い。だから、カナメがさっきの女子と仲良くしているように、俺も新しい関係が出来た。二人なら問題なくても、一人だとどうしても不便なときがあるからだ。
……俺も最近は体育の授業ではこいつと組むことが多いし。
カナメが女になった今では、男友達と言えばこの男なのかもしれなかった。
「……ま、いいか」
「……」
「今回は付き合ってくれて助かったよ。いい気分転換になった」
「……そうか」
隣で背伸びするその表情は、先程より明るい。
……少しでも気が晴れたのならそれでいい。
「じゃあな、一条さんとせいぜい仲良くしてくれ」
「ああ」
彼が校舎の中に消えるのを見送る。
その背が見えなくなったところで、俺も部屋に向けて歩き出した。
◆
ふと、ここ最近のことに思いをはせる。
あのときの屋上の一件以来、色々と考えたことを。
視野が広がったような感覚があった。それまでに見えていなかったものが見えたような気が。それはもしかしたら、関わる人間が増えたからかもしれない。
……変わったのだなと、何度も思ったことをもう一度思う。
俺とカナメの二人で完結していたのはもう昔のことだ。
……でも。
俺たち二人は変わった。それなのに名目上の関係は昔のままだ。
恋人のフリはどこまで行ってもフリでしかなくて。
……このままではいけない。
だからちゃんとしなければ、と、改めてそう思い――
◆
――学校からの帰り道。
カナメが手にしっかりと持っているのは、あのくじだった。
「あ、相性抜群だって」
「……そうか」
差し出されたそれを見ると、確かに相性抜群の言葉が書かれている。そしてその下にはワンポイントアドバイスで“勇気を出して!”とも。
勇気、勇気か。
まあ確かに一番大事なものだろう。
……俺も勇気を出さないとな。
「だからね、その、近いうちに廉次に伝えたいことがあって」
「……そうか。俺もだ」
「え、廉次も?」
気持ちはとっくに固まっている。やるべきことも分かっている。
カナメの気持ちも、なんとなくは。
……それでも今まで何もできなかったのは、このくじに書いてある通り、勇気が出なかったからなのだろう。
もしかしたら、と。大切だからこそ怖くなった。
「ふ、ふーん、そうなんだ。……どんな話?」
「今後に関わる大事な話だ」
「へ、へー」
カナメの頬が赤い。横からの夕陽の光に負けない程に色づいている。
だから、きっとカナメの話も似たようなものじゃないかと想像する。……そうであって欲しいと思う。
「……」
……そうだ。今ならちょうどいいかもしれない。
文化祭の後。タイミング的にも良い気がする。
だから、覚悟を決め、口を開いて――。
「――じゃ、じゃあ……いつ話をする?」
「……ん?」
……いつ?
「今じゃダメなのか?」
「い、今!? そ、そんな、急すぎるよ」
……そうか?
むしろ遅すぎる位の気がするが。
「も、もう少し後で……心の準備が」
「……」
「明日……いや、来週………………いや、再来週……」
「……」
……段々伸びるな。
「……ク、クリスマスで……」
「……遠すぎないか?」
一カ月以上先になる。
「それより早かったら私の心臓がもたないよ……」
「……そうか」
まあ、それなら仕方ない……のだろうか?
「クリスマス。クリスマスね」
「……ああ」
なんというか、急にグダグダになった気がする。
しかし結局そう決まったのだった。




