元勇者のTS少女が親友と文化祭を回ったりする話
文化祭。学生生活の華とも言うべき行事。
多くの出し物や出店が並び、学生達は我先にと出店や出し物へと走っていく。
皆が楽しそうに笑い、書き込みの多いパンフレットと友人の顔を行き来させて――
――しかし、だからこそ。
「……人が多いな」
「真っ直ぐ歩けないね」
廊下を人が埋め尽くしている。しかもそれなのに小走りで人の間を抜けようとする人間もいて、よそ見しているとぶつかりそうだ。
「……っと」
「あ、ごめんなさい!」
そう考えていた矢先、肩に衝撃が走る。
人の波から飛び出すように出てきたのは小柄な女の子で――軽く頭を下げて、また走っていく。こちらから返事をする間もなかった。
「大丈夫?」
「ああ」
……しかし、本当に人が多いな。
これじゃあ、下手したらカナメとはぐれそうだ。
「……ん? カナメ?」
と、腕に暖かい感触があった。
見ると、カナメが俺の腕に抱き着いていて――手を繋いだまま、腕を絡めるような体勢。
「……ひ、人が多いから」
「ああ」
「……腕を組んだらいいかなって」
小さな声。
ちらりとこちらを下から覗き込む顔は、照れたように赤く染まっていて――。
――そういえば、腕を組んで歩いたことはない気がした。
「ほら、手を繋いだだけだと逸れるかもしれないし……」
「…………そうだな」
目をあちらこちらに彷徨わせるカナメの手を握り直す。
「……あ」
一瞬目を見開き……そして花が咲くようにカナメが笑う。
少し潤んだ瞳が光を反射して輝いていた。
「……」
「……」
顔を前へ向け、また歩き出す。
そしてそのまましばらく前へと進み――
「――ちょっと歩きにくいね」
「そうだな」
なんとなく、顔を合わせて笑い合う。
体が近すぎて、とても歩きにくい。間違えて相手の足を踏みそうになってしまう。
「……」
……でも、離れたいとは思わなかった。
◆
ゆっくりと歩きながら文化祭を回る。
行く場所は最初から決めているので、そこに行くまでの道すがら、いくつかの出し物を冷やかしながら足を前へ進めた。
「という訳で、お化け屋敷です!」
妙に気合の入ったカナメに腕を引かれながら扉を潜る。
……なにかお化け屋敷に思うところでもあるんだろうか。去年は別にそんなこと無かった気がするけれど……まあ、なにか心境の変化でもあったのかもしれない。
……五年だもんな。
「……」
……まあ、それは今はいいか。
改めて前を向く。黒いビニールのが張り巡らされた通路。
薄暗いそれは確かに雰囲気が出ている気がした。
『ぎぃえええええええええ』
遠くから女性の叫び声。
意外にちゃんとお化け屋敷してるなあ……なんて、つい上から目線の感想を思ったりして。
「……きゃー」
「……?」
横からの棒読みの悲鳴と、腕に軽い衝撃。
遅れて腕に暖かい体温が伝わってくる。見るとカナメが抱き着いていた。
……腕を組むのではなく、正面から抱き着く感じ。
「……きゃー」
「……?」
軽く混乱していると妙にわざとらしい悲鳴が繰り返される。
これは何だろうと不思議に思いながら、首を傾げた。
「……こほん」
「……」
カナメが軽く咳払いしながら体を起こす。
「……行こうか」
「……ああ」
そのまま普通にお化け屋敷を回り、出た。
小道具が意外と凝っていて、思ったより面白かったかもしれない。
◆
歩いているうちに、昼が近づいてきた。
二人で適当にタコヤキやフランクフルトなんかを買って、ベンチに腰を下ろす。
さて、では食べようと容器をとめる輪ゴムを取って――。
「はい、あーん」
「……」
目の前にタコヤキが一つ。
「……カナメ?」
「どうしたの? ほら、あーん」
咄嗟に周囲を見る。
文化祭中の校内。当然周りには多くの学生や家族がいる。
……隣のベンチに座った女の子二人が、目を見開いている。
すごいものを見た! という顔で口に手を当てていた。
「……カナメ、ここは学校だぞ」
「……え?」
お互いに食べさせ合うことはこれまでにも何度もしている。家では週に一回くらいはある気がするし、少し前の夏祭りでも似たようなことはした。
……しかし、ここは学校だ。
家の中と違って人がいるし、夏祭りほど周囲の人が他人じゃない。
「……あ。…………あはは」
今更気付いたようにカナメが笑い――。
俯きながら自分の口にタコヤキを運ぶ。
「……」
俯いたカナメの耳は驚くほどに赤かった。
◆
それは一通り予定していたものを見て回った頃。
ふとオカルト研究会の看板が目に入って来た。その看板には大きな文字で、恋占いやっております! 告白しようとしているあなたを応援! なんて書かれていて。
「……」
カナメが立ち止まる。
手に少し力の入った感触。
「……入ってみない?」
「……ん、ああ」
反対する理由もなく、手を引かれながら扉を開く。
そして、中へと入り――。
「――ん?
バカップルが何の用だよ……」
そこには普段隣の席に座っている男がいた。
ついでに妙にやさぐれた声。表情と目が死んでいて、どんよりとした雰囲気で椅子に座っている。
「……どうした?」
少し気になって質問する。
普段とは違う様子が不思議だった。
「……新たな恋が破れたところだよ……」
自嘲するような声。
そして力が抜けたように机に突っ伏す。
「……じつはさあ」
語りだした話を聴くと、最近好きになった娘が○○君のことが好きなの! と、この部屋に訪れてきたらしい。ついでに占いの結果が良くて、これから告白する! と意気揚々と出ていった、と。
「……うわあ」
引いたようなカナメの声。
……仕方ないこととは言え、憐れな話だった。
「……その、なんだ。何か買って来てやろうか?」
「いや、いいよ。食欲はないし……はあ、ちなみに占いはそこの箱な。恋占いのおみくじになってるから」
机に突っ伏したまま指差した先には一つの箱が置かれている。
「好きに引いていってくれ……」
「……わかった」
……こういう時はそっとしておいた方がいいか。
カナメの手を引いて移動する。
一枚引いて部屋から出よう。
そう思い、箱から一枚くじを引いて――。




