元勇者のTS少女の親友が気付いたり悩んだりする話
先月のあの日。屋上に呼び出された日のことを、あれから何度か考えた。
あのとき、何故俺は呼び出されたのか。彼女はなぜあんな質問をしたのか、と。
ふとしたとき、それは記憶の底から浮き上がってくる。
夜ベッドに入って天井を見上げたとき。遅くまで勉強している夜、熱いコーヒーを啜ったときなどに。
彼女が屋上から去っていく途中、その頬に光るものが見えた気がして――。
……あのときはよく分からなかったけれど、時間が経った今、冷静に考えると……あれはもしかしてそういうことだったんだろうか。そんなことを思う。
自意識過剰な気もする。勘違いの可能性も高いと思う。
……しかし。
………………わからない。
今となってはそれを彼女に質問などできるはずもない。
そもそも仮に質問したとして、そうだと肯定されたらどうすると言うのか。俺が好きなのはカナメで、それは決して変わらないのに。
……だから目を閉じる。きっと、それ以外に出来ることはない。
――少しの罪悪感がある。
――そして、なんとなくだけど、少しだけ自らの視野が広がった気がした。
◆
夏が終わり、秋が深まってきた。
文化祭も近づいてきた学校は賑やかさを増していて、多くの人が浮かれた雰囲気で廊下を歩いている。
「わ、見て廉次、あれ……野球部かな。あんなおっきな看板作ってるよ」
「本格的だな……野球部は確かお化け屋敷を作るんだったか?」
そんな中をカナメと二人で歩く。祭りはもう数日後だ。至る所で準備は進んでいる。着ぐるみが平然と廊下を歩き、教室の中は常とは違う色で飾り立てられていた。
「楽しみだね、廉次」
「……ああ」
大切な人が傍に居る。当たり前のように笑い合うことが出来る。それがどれだけ幸せなことか、それは四月のあの時、カナメがいなくなった時に思い知っている。
穏やかな日々。下から上目遣いに覗き込む顔は笑顔が浮かんでいて。
「……」
……なんとなく、最近よく笑うな、と思った。
「……あ、そうだー」
「……なんだ?」
妙にわざとらしい声。
抑揚のない棒読みに首を傾げながら問い返す。
「もう十一月でしょ? そろそろ寒くなって来たよね」
「……まあ、そうかもな」
そろそろ校庭に生えている木々の葉も色づいてくる頃だ。
朝、肌寒いと思うことも増え、布団を出るのが段々と億劫になって来た。朝家を出た時に思わず身震いしてしまったのを覚えている。
「……と、ところで私の魔法なんだけどね。温度調節魔法。これって実は冷房だけじゃなくて、暖房にも使えるんだよね」
「……そうなのか」
そういえば、カナメは平気そうな顔をしていたような。夏の時と同じだ。
……と、なると。
カナメの言いたいことをなんとなく察する。
「で、でね。これを廉次に使う条件なんだけど……その、前と同じでね」
ゆっくりとこちらへ手を伸ばすカナメ。
俺の手に少しづつ近づいてくるそれを、軽く握りしめた。
「……あ」
手からカナメの体温が伝わってくる。暖かな感触。
そしてそれと同時に体を暖かい空気が包み込む。
「……暖かいな」
「で、でしょ? 快適だよね? だからこれから……その」
「明日から登校するときはお願いしてもいいか?」
「……! う、うん!」
カナメの手も俺の手を握り返す。
力を入れたり、抜いたり。感触を確かめるようなそれが、少しだけこそばゆい。
「……えへへ」
柔らかい笑み。力の抜けたそれは、見ているだけでこちらも微笑んでしまいそうで――。
「……」
――少し、思うところがあった。
ついこの間までは気付かなかったこと。
しかし、屋上でのことを思い出すうちに気付いたことだ。
……この表情は、本当に友情なんだろうか?
「……」
どういうわけか、あの一件以来少し冷静になったというか……一歩引いて考えられるようになったというか。
普通友達と手を繋いでこんな顔はしないよなと。……いや、そもそも手を繋ぐこと自体そうはないか。
俺とカナメは長い付き合いなだけあって、元々かなり仲が良い方だったと思う。……しかし、去年までのカナメは流石にこんな顔はしていなかったような。
「……カナメ」
「えー、なにー?」
気の抜けた声と表情だ。
これは流石に、友情ではない気がして。
「……」
恋愛的な意味で、好かれているのかもしれない。
そして、それなら俺がするべきことは一つだ。
「……」
しかし、もし違ったら、と思ってしまう自分もいて。
……どうしたものか。
◆
そして悩んでいるうちに文化祭の当日が来た。
校舎の廊下。放送で文化祭の開催が宣言され、学校中が歓声に包まれる。
「よし! いこう!」
「……ああ」
今日は一日カナメと二人で過ごすことになっていた。お互いに帰宅部なので部活の仕事は無く、クラスの出し物も地域の歴史研究だ。準備はすぐに終わって、受付もいないので完全放置。やる気がなさすぎる気もするが、まあゆっくり文化祭を回れるという意味では良いのだろう。
「……」
……文化祭。普段とは違う時間。
悩みはあるが、今はこれを楽しもう。そう思った。




