表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/39

元勇者のTS少女が親友に奢ってもらったり微笑んだりする話


「起立、気をつけ、礼」

「ありがとうございましたー」


 教室に生徒の声が響き、その日の授業が終わった。

 先生が足早に教室を出ると、室内は瞬く間に声に埋め尽くされる。


「……さて」


 荷物を手早くまとめて、カナメの席を見る。

 部活に入っていない俺にはここに長居する理由もない。さっさと帰ってしまおうと思う。


「……ん」


 しかし、視線の先でカナメが教室から足早に出ていくところが見えた。

 声をかける暇もなく出ていったので、きっと何か急ぎの用事だったのだろう。


「……」


 少し、待っていた方がいいか。

 上げかけた腰を席に下ろす。カナメを置いて行ってまで急ぐ理由はない。


 なので、さて、本でも読むかと、読みかけの小説をカバンから取り出し――。


「――なあ、廉次」


 隣から声が掛けられた。

 カナメのものとは違う、低い男の声。

 

「……なんだ?」


 返事をしつつ、視線を向ける。

 そこにはいつも隣の席で授業を受けているクラスメートが座っていて、視線が何故かこちらではなく扉の方を向いていた。


「一条さん、可愛いよな」

「……………………………………は?」


 思いがけない言葉に驚き、返事が遅れた。

 何を言っているのかとクラスメートを凝視するが、彼は心ここにあらず……といった様子で扉を見続けている。


「……いいよなあ、一条さん」


 一条さん――それはカナメのことだ。

 このクラスにはカナメ以外にその名字を持つ人間はいないし、俺の知る限りこの学年にも一人もいない。


「ほんと可愛い。あんなに可愛い娘、他にいないって」

「……そう、か?」


 扉から目を離し、ようやくこちらを見たクラスメートの顔は、ニマニマと笑いながらも冗談を言っているようには見えない。


「……? 廉次はそう思わないのかよ?」

 

 思わず疑問形で返したからか、クラスメートが不思議そうにこちらを見ている。

 その視線からなんとなく目を逸らした。


「……いや」

「だよな、めっちゃ可愛いもんな」


 否定の言葉を返すと、それに被さるように楽しそうな言葉が返ってくる。


 ……可愛い、可愛いか。

 確かに外見は整っていると思う。見惚れたことだってあるし、そこに疑いを挟む余地はない。確かに可愛い。


「……」


 ……しかし。

 何故か素直に頷けない俺がいた。その理由が俺自身でも分からなくて混乱する。


「でもなあ、不思議なんだよ」

「……何がだ?」


 なにか、強い違和感がある。

 その違和感から目を逸らしたくて、呟くようなクラスメートの言葉に質問を返した。


「俺がそう思うようになったのって、つい最近の気がするんだ。あんなに可愛いのに。なんで今まで気づかなかったんだろうなあ……」

「……さあな」


 きっと、それはカナメが使った認識改変魔法とやらの力なのだろう。

 元々カナメは男だったのだから、それまでは可愛いなんて思うはずがない。


 ……まあ、当然彼に言う事は出来ないが。


「ま、いいや。

 一条さん見て元気が出たし、そろそろ行くかー」

「……部活か?」

「ああ、頑張るぜー」


 ひらひらと手を振りながら教室を出ていく彼を見送る。


「……」


 ……なんでもない会話だった、そう思う。

 特に違和感を感じるようなことでもないし、よくあるような会話だ。


 男子高校生なら、だれだれが可愛い、綺麗だ……なんて話は日常的にするし、俺だってこれまでに何度もしてきた。普通の男なら誰だってすること。


 でも、それなのに何故か……。


「……何なんだろうな、これ」


 相手がカナメだったからか。

 不思議なくらい動揺している自分がいた。



 ◆



 しばらくして、カナメが教室に帰って来た。

 待ってくれたの?ああ……なんて定番のやり取りをして、二人で教室を出る。


 そしてそのまま校舎を出ると太陽の光が目を焼いた。

 まだ夏の遠い、日の短い時期、沈みかけた太陽が道を真っ赤に染め上げている。


「はあ」

「……どうした?」


 校門を出るなり、カナメがため息をつく。

 その姿が疲れているように、落ち込んでいるように見えて声をかけた。


「……さっき、私しばらく帰ってこなかったでしょ?」

「ああ」


 考え事をしていたからか、あまり気にならなかったが、時計を見ると一時間近く時間がかかっていた。

 それは普段はあまりないことなので、不思議には思っていたが……。


「さっき、男子に告白されちゃってさ」

「…………何?」


 一瞬理解できなくて、耳を疑う。

 心臓が跳ねて、時間が止まったような感覚があった。


「……告白?」


 足を止めてカナメを見た。

 カナメが困ったように笑いながら頬を掻いている。微妙に視線が逸らされていて、目が合わない。


「あ、もちろん断ったよ?

 ……でもちょっと疲れちゃってさ」


 カナメが俯き、はあ、と息を吐くと足元の小石を蹴る。

 転がって行ったそれが排水溝の隙間に落ち、遠くで水の跳ねる音がした。


 ……なんとなく胸をなでおろす。


「……そう、か」

「うん、そうなの」


 言葉を絞り出す。そして静かに、でも深くため息を吐いた。

 ……胸の中にある、よくわからない感情を吐き出すように。


「……だから授業が終わってすぐに出ていったのか」

「うん、呼び出されてたからね」


 言いつつ、なんとなく頭を掻いた。

 そしてカナメを見ると、今度はちゃんと目が合った。


「だからさ、疲れた私を労わって欲しいな……なんて」

「……ん」


 おどける様にカナメが笑う。

 ……労わる、労わるか。


「……アイスくらいなら奢ってやるが」

「やった!じゃあ橋のとこにあるコンビニね!」


 カナメが跳ねるように前に向かって歩き出す。

 その後を置いて行かれないように追いかけた。



 ◆



「んー、おいしい」


 アイスを齧りながら、帰り道を歩く。

 行儀が悪いかもしれないが、まあいいだろう。


「疲れが溶けていくよー」

「……そんなに疲れたのか?」


 包装紙に着いたアイスを舐めとっているカナメを見ながら言う。

 なんとなく、赤い舌に視線が向いた。

 

「そりゃあもう。殺し合いと同じくらい疲れたよ」


 精神的に……と呟きながら、カナメがげっそりとした顔をする。

 ついでに大きなため息を吐いた。


 殺し合いと同じ……というのはさすがに誇張しすぎに気もするが、それでもとんでもなく疲れている、というのは伝わってくる。


「……まあ、そりゃそうか」


 考えてみれば当然だ。

 カナメが女性になったのはつい最近の事なんだから。


 カナメは、ほんのつい最近まで男だった。

 覚えているのが俺を含めた数人だとしても、それは紛れもない事実だ。


「……男に告白されたんだもんな」


 想像する。

 俺がカナメの立場に立ってしまったら、と。


「……」


 ……普通に嫌だな。

 

 つい想像してしまったけれど、男に告白されるとか嫌すぎる。

 浮かんできた隣の席のクラスメートの顔を、想像の中で殴った。


「……ん、それは……ぅよ」

「……カナメ?」


 と、そこで気付く。

 カナメが少し俯いていて、何かを小さくつぶやいた。


「……」

「……」


 沈黙が辺りを包む。

 遠くから聞こえてくるカラスの声が妙に大きく聞こえた。


「……それは、ね」

「……ああ」

「……ちょっと、違うかな」


 カナメが顔をあげる。

 困ったような顔で、こちらを見ていた。


「……私が疲れているのは、男に告白されたからじゃないんだよ」


 金色の眉が寄っていて、でも笑っている。

 それは、俺が見たことのない表情で。


「好きじゃない人に告白されたから、疲れちゃったの」

「……」


 カナメが目を細めている。

 困っているような、嬉しそうな、でもそれだけじゃないような。


「……そう……なのか」

「うん、そうなの」


 その表情が、笑顔が、なんだかとても綺麗に見えて――。


「そうなんだよ、廉次」


 ――しばらく、目を離すことが出来なかった。

 


 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ