元勇者のTS少女が嘘をついたり親友に提案されたりする話
それは十月に入ってしばらく経ったある日のこと。
授業が終わり、放課後の緩い空気に教室中が包まれていたときのことだった。
「なあ、廉次、お前一条さんと付き合ってんの?」
「……なんだいきなり」
隣の席のクラスメートにそう質問される。
ぶしつけな質問に、意識して眉をひそめながらそちらに振り向いた。
……なんなんだ、一体。
最近この手の質問が多くて困る。
これで今週だけで二回目だ。今月全体を数えるともっと増えるだろう。
毎回ちゃんと否定しているというのに、この手の質問するやつは毎回新しく出てきて、こちらとしては辟易としていた。
「……付き合ってない」
「本当に?」
「……なんでそんなに確認するんだ?」
思わずため息が漏れる。
さすがに勘弁してほしいところだった。
……まあ、正直に言うと付き合っていると言いたい気持ちはあるんだが。
「……」
それはそうだろう。もし俺がこうして手をこまねいている間に、万が一カナメが誰かと付き合ったらと思うと気が気じゃない。
恐らくは無いだろうと思う。しかし人間の気持ちとは変わるものだ。ある日いきなり彼氏が出来たとカナメが紹介しに来る可能性だってある。
だから、そうなる前に付き合ってると公言してしまいたい。好きだからだ。取られたくないと思う。俺の恋人になって欲しいとも思う。
……しかし、嘘はダメだ。
勝手にそれを言うのは間違っているし、そんなことをしても何にもならない。
そもそも、同じ学年の同じクラスに居るんだ。そんな嘘をついたらすぐにバレる。そんなことになったらどんな顔をしてカナメを顔を合わせればいいと言うのか。
それを分かって嘘を言うアホなんているわけがない。
「……なあ、やっぱ付き合ってるんだろ?」
「……しつこいぞ」
……しかし、こいつ妙に絡むな。
「……付き合ってないのか?」
「ああ」
「そうか……でもなー」
「……なんだ」
思わせぶりな声に、隣のクラスメイトの顔を見る。
ニヤニヤと笑いながらこっちを見ていて……。
……なんなんだ、さっきから。
何が悲しくて付き合っていないと――自分のふがいなさを何度も口に出さなければならないと言うのか。
「……でもよ、一条さんお前と付き合ってるって言ってたぜ?」
「……は?」
◆
「……カナメ、どういうことなんだ?」
「あわわわわわわ……」
家に帰り、俺の部屋に集まった後。
とりあえずベッドに寝ころんだカナメに真意を聞いたところ、何故かあわあわし始めた。
「……どうした?」
「だ……だってぇ……」
涙目でオロオロとする姿はとても可愛いと思う。
しかし、今はそれより理由について聞かせてもらいたいところだった。
何故そんな嘘をついたのか……。
……まさか、俺が考えていたような理由ではないだろうし。
「……カナメ?」
「そのう……あのう……」
……どうしたのだろう。
普段はあまり見せない表情で口ごもるカナメに少し困惑する。一体、何があったと言うのか。
…………いや、まさか。
「……もしかして、言えない理由なのか?」
「……! そう! そうなの!」
そうだったのか……。
妙に様子がおかしいと思ったら。
……しかし、それはそれで少し不安になってくる。
その理由とはなんだ? 悪いことじゃなければいいんだが……。
「……なにかあったのなら力になるぞ?」
「えっ……いや……その……ち、違うよ、大丈夫!
……ちょっとその……友達が、ね?」
……友達……誰だ?
俺もカナメの女友達とはほとんど交流が無いのでよく分からない。以前カナメからあまり近づかないようにと言われていたし。
俺のような図体がデカい男が近づいたら怖がられるとかなんとか。
「こ、こまったなー、友達にお願いされちゃってー。廉次と付き合ってることにしてくれって言われたんだよなー」
「そうなのか……」
妙に棒読みなのが気になるが……何か隠してるのかもしれない。
しかしまあ、あまり人の事情を詮索するのは趣味が悪いので気にしないことにする。それがカナメのことではなく友人のことだと言うのならなおさらだ。
「俺と付き合ってることに、か」
「そ、そうなんだよね」
とは言え、一体どういう事情があればそんなお願いをされるのだろうか。正直謎だが……まあいいだろう。
それよりも、今はそのお願いについてだ。
どうしたものかと考え――。
――ふと、思いつく。
そうだ、これは悪くないかもしれない。
「じゃあ、付き合ってるフリをするか?」
「……へ?」
カナメに提案する。事情があるなら、きちんとしたほうがいいだろう。
言葉で言うだけじゃなくて、きちんと態度でも示した方がいい。何事も中途半端が一番良くないものだと思うし。
……それに、少し下心もある。
これでクラスに公言出来たら、カナメに近寄る男も減るだろう。そうなれば俺としても安心できる。
……醜い独占欲だ。しかしカナメを失うことだけは避けたい。
「どうする?」
「えっ……本気で言ってるの?」
「ああ」
目の前でカナメが目を見開いている。
大きい目がさらに大きく開かれて、宝石のように輝いていた。
それにしても、少し反応が鈍いな。
もしかして迷惑だっただろうか。
「……まあ、嫌ならいいが」
「い、嫌じゃないよ!?」
勇み足だったかと撤回しようとして――しかし、カナメはすぐに否定する。
なら大丈夫か。安心した。
「じゃあ明日からな」
「……えっ」
フリとはいえ、カナメと恋人同士になれる。それは少し楽しみだった。




