裏話 元勇者のTS少女が親友に困惑したり誤魔化したりする話
『お前こそ、俺以外の男にこんなことするなよ?』
『……いいな?』
耳の奥で声が響くような感覚。
音の波はもうとっくに過ぎ去ったはずなのに、それでも頭の中で響いている。
「……んぅ」
み、耳がぞわぞわする……。
おかしい……おかしくない?
変だとは思ってたけど、最近の廉次はなんだかすごくおかしいよ!
「……っ」
囁かれた耳がまだ熱を持っている気がする。
低い声が耳の奥を擽ったような感覚。熱い吐息を耳に吹きかけられた気がした。
――顔が、熱い。
「~~~~~~っ!!」
思わず、内心悶える。
廉次に悟られないように、叫び声を出さないように必死に口を押えた。
手元の漫画の内容も全然頭に入ってこない。
頭の中はさっきのことでいっぱいだ。
……というか、さっきのどういうことだったんだろう。
俺以外にするな、なんて。廉次はどういうつもりでそんなことを言ったんだろう。
私もよくそれに似たことを言っているけど、それは独占欲から出た言葉だ。廉次に私以外の女の子を見て欲しくないというわがまま。私以外を大切にしないでという嫉妬。私の傍にいて欲しいという願い。
私の言葉はそういう色々な思いがぐちゃぐちゃと混じり合ってできている
……でも、廉次は?
廉次はなんであんなことを言ったんだろう?
「……」
わからなくて、伏せていた目を動かす。
その先には廉次がいて、私を目を細めて見ていた。
「……どうした?」
――廉次と目が合う。
「えっと、その」
廉次に優しい目で問いかけられて言葉に詰まる。
どうした、って――そんなの正直に言えるはずない。……廉次のことで頭がいっぱいでした、なんて。
「……こ、この漫画ありえないよねって」
「……ん?」
だから、思わず手元にある漫画に話を持って行った。
昨日買って来たラブコメ。一昔前のもので、ネットではヒロインがチョロすぎるので有名な作品だ。
「……そうなのか?」
「だ、だってこれ、主人公に笑顔で話しかけられただけで好きになってるんだよ?」
通販サイトの感想ではニコポと呼ばれていた。
ニコッとされただけで惚れてしまうのが語源らしい。確かにチョロ過ぎる。しかもそれが十人も。いくら相手がイケメンにしても限度があるだろう。
「そんな簡単に好きになるなんてありえないよ」
笑いかけただけで廉次が私のことを好きになってくれたらどれくらい楽だっただろうか。でも実際にはそんなことは無いから私は今も悩んでいる。
「……」
……まあ、そういう魔法もあるにはあるんだけど。
俗に魅了魔法とか言われてるやつだ。人の脳に作用する魔法で、強制的に相手に惚れさせる力がある。尋問とか潜入捜査とかで使われてるような後ろ暗いやつ。
……でもまあ、そういうのは必ず破綻すると相場は決まっているので私は使わない。魔法を使って不幸になった話は良く聞いても、幸せになった話なんて聞いたことが無い。
だからやっぱり、人に好きになってもらおうと思ったら、ちゃんと頑張るしかないんだろう。そう思った。
「……ありえない、か」
「そうだよ。そんな簡単に好きにならないよ」
……まあ、よっぽど酷い人生を送って来たとかなら話は別かもしれないけど。でもこういうラブコメに出てくるようなキャラは大体美少女だし。
「……それなら」
「……え?」
「それなら、カナメはどうしたら人のことを好きになるんだ?」
「………………へ?」
――私が、どうしたら人のことを好きになるか?
廉次と目が合う。
真面目な顔をして首を傾げていた。
――なぜか、心臓が跳ねた気がした。
「……」
……思い出したのは、あの日、この世界に帰って来たばかりの頃の記憶だった。あの日、家の前で立ち尽くしていた私を抱きしめてくれた時の記憶。
そうだ、私はあの日、あの時廉次のことを好きになった。廉次が私を見つけてくれたから。私が勇者だからでも外見が可愛いからでもなく、ただ私が私という、それだけで抱きしめてくれたから。
全てを失って、変わってしまって、それでも私を認めて、良かったと泣いてくれたから。
「……それは」
嬉しかった。これまでの人生で一番嬉しかった。あの日のことは目を瞑るだけで思い出せる。あの日の温もりを私は死ぬまで忘れないだろう。思い出すだけで思わずニヤついてしまいそうなほど。
……だから、大切な思い出だったから。
思わず素直にそう返事をしようとして――。
「――っ」
慌てて閉じる。そんなこと正直に言えるはずがない。
そんなのもう完全に告白だ。どんな人が好きか聞かれて、あなたですと言うようなもの。
「……わ、わかんないよ」
そう、誤魔化した。
だって告白は出来ない。私は元男で、完全な女じゃない。だから断られる可能性はいつだってあって……。
告白したい。恋人になりたい。でも断られたくない。それだけは絶対に嫌だ。
……成功するだろうと思う。廉次が私に酷いことを言うはずがないとも思う。……それでも。
勇気を出すべきだと言うのは分かっているけれど、でも廉次にだけは嫌われたくない。
他の何を失っても、廉次だけは失いたくない。そう思うから。
「……そうか」
「そうだよ、うん」
廉次から目を逸らして、そう言った。
廉次の手はそんな私の頭を変わらず撫で続けていて――それがただただ暖かかった。




