元勇者のTS少女の親友が色々考えたり気付いたりする話
手を合わせて、考える。
俺は何を願うべきだろうか。
「……」
まず、最初に最近悩んでいるカナメのことが浮かんできた。
カナメが変わったこと、俺も変わろうと思ったこと。しかしあまりはっきりとしていないこと。
なので、神様にそれについて頼もうかと考え――それはどうなんだろうと頭を振った。これは神様に願うようなことではない気もする。俺とカナメのことだ。それはやはり俺自身が考えるべきではないだろうか。
「……」
……では、別のことでもお願いしよう。
そう思い、しかし何も思い浮かばない。なので、カナメの今後の幸せを祈って目を開けた。俺にとって大切なものはカナメ以外にあまり無い。
「……」
隣を見るとカナメがこちらをのぞき込んでいる。
途中から涼しくなったので、彼女が魔法を使ってくれていたんだろう。
「……すまん、待たせたか?」
「ううん、大丈夫」
笑顔でそう言ってくれるカナメの手を引き、境内を歩く。
そして少し歩いたところで、カナメが不思議そうな顔で口を開いた。
「沢山お祈りしたいことがあったの?」
「……いや、そういう訳でもないんだが……」
神様に頼みたいことはそんなにない。
ただ最近の悩み事がどうしても浮かんでしまっただけだ。
「……何か悩み事でもあるの?」
「……ああ、まあ悩み事、と言えば悩み事か。少し、これからのことで悩んでてな」
困ったものだと思う。
答えはなかなか出ない。
「……んー、じゃあ私が相談に乗るよ」
「……カナメが?」
境内の端のベンチに座る。
遠くから祭囃子の聞こえてくる中、隣に座るカナメの声に耳を傾けた。
――
――
――
「――だからね、目的は大切にした方がいいよ。あくまで私の経験則だけど」
「……なるほど」
そしてカナメから聞かされたのは、目的を忘れるなと言うことだった。
悩みすぎると一番最初の目的を忘れてしまう、と。
それは言われてみると納得できることだった。
俺が今も悩んでいるのは、もしかしたらそのせいなのかもしれない。
「……」
だから、考える。俺にとっての目的とは一体なんだろうか。
変わりたいと思ったし、変わらなければと思った。……しかし、変わることが目的かと言われればそれは違う。変わることは手段だ。目的は他にある。
俺は、何のために変わらなければと思ったのか。
それはカナメが変わったからだろう。カナメが変わったから、俺も変わらなければと思った。
「……」
……では、何故俺はカナメが変わったからといって、自分も変わらなければならないと思ったのだろうか?
カナメが変わっても、俺は俺のままでも良かったのでは? それなのに変わらなければならないと思ったのは――。
「……それは」
……ふと、一つ浮かんでくる。
……それは、もしかしたら。
……カナメが遠くに行ってしまう気がしたからかもしれない。
「……ああ、そうか」
すとん、と何かがはまる気がした。
そもそも、俺がこうも悩むようになったのは、姉さんが付き合うだのと言ったのが原因だ。そしてカナメがどんどん変わっていくのを見ていたから。
カナメが変わって、関係が変わっていった。その過程で俺の思うカナメとの関係と、実際の関係に違いが出た。
当然だ。カナメは女の子になっていって、それなのに何の変化も無いはずがない。
……でも、俺にとってそれは驚きだった。
だって、俺とカナメが変わらずにいられると思っていたから……ずっとそうしてきたように、これからも親友として、同じように一緒に居られると思っていたから。
だから、変わっていくカナメを見て――俺は怖くなったのかもしれない。
変わっていくカナメはそのうち俺と一緒にいてくれなくなるんじゃないかと。
カナメが、俺から離れていくのが怖かった。
俺と一緒にいたカナメから変わっていくのが怖かった。変わってしまったカナメが俺を置いてどこかに行ってしまう気がした。
……それに付いていけるように、俺も変わりたいと思った。
「……? なあに、廉次」
「……いや」
繋いだ手に力を入れると、カナメが握り返してくれる。
……そうだ、俺はこの手が無くなるのが怖かった。
そして、ふと思う。
……ああ、だからなのかもしれない、と。
ここ最近俺が悩んでいたのは。胸の辺りが苦しかったのは……もしかしたら悩んでいたのではなく、不安に思っていただけなのかもしれない。
胸の辺りがモヤモヤした。それを俺は悩んでいるのだと思っていた。でも本当は、カナメが居なくなることを怖がっていただけで。
だからいくら悩んでも悩み事は解消しなかった。グルグルと同じようなことを考えていたように思う。でも答えなんて見つかるはずがなかった。俺は自分が何を求めているのかもわかってなかったのだから。
「――そうか、そうだな」
……やっと分かった。
俺の目的、それは――カナメと、一緒にいることだ。
これからもずっと傍にいて欲しい。隣を歩きたい。手を離したくない。
色々遠回りしてしまったけれど、それがようやく気付いた俺の願いだった。
「――ありがとうカナメ。お前の話が聞けてよかった」
だから、自分の気持ちが理解できたから――自然と笑えたように思う。
久しぶりに爽快な気分だった。変わろうと決めたときよりもずっと。胸がとてもすっきりしている。
「カナメ」
「……う」
手が自然と伸びる。
カナメの頭に手が触れた。撫でると絹糸のような感触が伝わってくる。
「……えへへ」
カナメが嬉しそうに笑ってくれる。
それが嬉しいし、ずっと見ていたいと思う。
……でも、今のままじゃいつかカナメは離れて行ってしまうかもしれない。
それに俺は今更ながら気付いた。
いや、思い出したと言ってもいいかもしれない。
当然のことだ。人は自由で、カナメにはいつだって俺の傍からいなくなる権利がある。
「……そうだよな。忘れてたよ」
――だから。
失いたくないのなら、手放したくないのなら。
俺が、繋ぎ留めなければならない。
カナメが居なくならないように。遠くに行ってしまわないように。手が離れていかないように、握りしめていなければならない。
……そのことが、やっと分かった。




