裏話 元勇者のTS少女が親友の相談に乗る話
遠くから祭囃子の聞こえてくる境内で、賽銭箱の前で手を合わせる。
何をお願いするかというと、もちろん廉次のことだ。
未だに付き合えていないことに焦りつつ、しかし私なりに頑張ってはいるので、あとはなるようにしかならない。なので残されているのは神頼みくらいだ。
神様、お願いします。どうか私と廉次が付き合えますように。
祈った。この願いが神様に届いているかは分からない。
異世界なんぞに呼ばれ、神様という上位存在に触れたことのある私は、あちらの世界の神様がいちいち人の願いなんぞ聞いていないことを知っている。
あちらではああいう存在は人を個ではなく群れとして見ていた。だからよほど特別にならないと、顔の区別すらつけてもらえないし、耳も傾けてもらえなかったものだ。
この世界の神様は違うと思いたいけれど、しかしこの世界では勇者でもなんでもない私にそれは分からないわけで。
「……」
……でも、それでも祈るのは、私が知っているからだ。
祈りは時に力になることを。願うこと自体が、それを叶える為に一歩踏み出す勇気になることを。
だから私は目を瞑り、大切な人とずっと一緒に居れらますようにと、そう神様に祈った。
あとついでに、もっとイチャイチャできますように……と。
「……」
そして、目を開ける。
隣では廉次がまだ目を閉じていた。
その横顔をなんとなく眺め――廉次の頬に汗が浮いていることに気付く。
お祈りしている間、当然だけど手は繋いでいなかったから、きっとそのせいだろう。
自分だけ涼んでいたことを少し申し訳なく思いながら、廉次にそっと触れる。
邪魔はしないように……でも寄り添うように。
……そのまま、廉次の目が開くまで傍にいた。
◆
しばらくして、廉次が目を開ける。
「……すまん、待たせたか?」
「ううん、大丈夫」
手を繋ぎなおし、賽銭箱の前から離れる。
廉次は申し訳なさそうな顔をしているけれど、別に気にすることは無い。
お祈りしている途中に急かすのもどうかと思うし……それに一つ気付いたというか……手を繋ぐのもいいけど、寄り添ってるだけっていうのも悪くないな、ていうか……。
……寄り添ってるのって、手を繋いでるより親密に感じるの私だけなんだろうか?
「……」
……まあそれはそれとして。
廉次がすまんと言っているように、いつもより長く祈っていたことは少し気になった。以前の廉次はもっとあっさりしていた気がするし。
「沢山お祈りしたいことがあったの?」
「……いや、そういう訳でもないんだが……」
歯切れ悪く言い、頭を掻く廉次に首を傾げつつ、そういえばと思い出した。
ここ最近、廉次が何か悩んでいる気がする。口数が多くないのはいつものこととしても、なんとなく遠くを見ている気がした。
「……何か悩み事でもあるの?」
気になったので質問してみる。
こういうことは気付いたらすぐに聞いた方がいい。
「……ああ、まあ悩み事、と言えば悩み事か。少し、これからのことで悩んでてな」
「これからのこと?」
……ふーむ、これからのこと、かあ。
…………あ、もしかして進路だろうか?
二日前、廉次に聞かれたことを思い出す。
私は進路決めてるのか……って、あの時そう言われた。
なんでそんなことを聞くのかと思ったけれど、もしかしたら廉次自身が進路で悩んでいたのかもしれない。まったく、私の進路なんて決まっているだろうに。廉次のお嫁さんですよ?
「……んー、じゃあ私が相談に乗るよ」
「……カナメが?」
ふと思い立つ。
たまには私だって廉次の役に立ちたい。いつもは頼ってばかりだから、なおさらそう思う。
勉強はわからないけど、進路というのならそれ以外の面も大きいだろう。それなら私でも相談に乗れるし。
「もちろん、これでも色々見て来たからね。人生経験は豊富だよ?」
ろくでもない記憶ばかりの異世界だけど、だからこそ同世代の誰よりも多くの物を見てきた自信がある。あちらの世界には綺麗なものも汚いものもたくさんあった。
……汚いものの比率がとても高かったのは気にしないこととして。
「……そうか。しかし正直、何を相談すれば良いのかも分からない状況でな……」
「そうなの?」
それはまた根本的なところで詰まっているようだ。何に悩んでいるのかすらはっきりしてないんだろう。
でも大丈夫。それならそれで言えることもある。これも経験則だ。
「それなら、まず思い出さないとね」
「思い出す?」
「そうだよ? 思い出すの。自分が何をしたいのかを」
私の経験上、悩んでいる時に大事なことがある。
それは自分が何をしたいのかということ……ようするに目的を忘れないことだ。
当たり前だろと言われそうな気もするし、そんなものは普通は忘れない。
でも人間というものは悩んでたり困っていたりすると、大切なことを忘れてしまうこともあって――それを私は良く知っている。
異世界でもそうだった。
戦争なんてしていると、簡単に目的なんて忘れてしまう。目の前の敵に捕らわれて、どうやったら勝てるかと悩んで、何のために戦っているのかすら思い出せなくなっていく。
民が暮らす土地を取り戻すために戦っているはずなのに、その大切な土地を汚染するような魔法をつかってどうするのかと。……そんなこともあった。
取り戻したはずの土地が毒で汚染されていて、そこに放り出された農民たちの絶望した顔は一生忘れられそうにない。
「だからね、目的は大切にした方がいいよ。あくまで私の経験則だけど」
「……なるほど」
それに、それがはっきりしていれば人に相談することも簡単だ。
目的と現状が分かっていれば、その二つの間について相談すればいいのだから。
だから、廉次が相談する内容すらはっきりしていないというのなら――それはきっと、悩みすぎて色々見失っているのだと思う。
「……そうか。そうだな」
すると廉次が大きく頷いて――
「――ありがとうカナメ。お前の話が聞けてよかった」
笑顔でそう言った。
そして手が伸びてきて私の頭を撫でる。
「……う」
ゆっくりと、丁寧に。
……手の平の体温が伝わってきて、とても気持ちがいい。
廉次に頭を撫でられていると、なんだか色んなものが溶け出してきそうになる。
大切にされているという感覚がある、傍に居てくれるのだという確かな実感も。
「……そうだよな。忘れてたよ」
廉次の穏やかな声が耳を伝って脳に響く。
……こんな時間がずっと続けばいいのに。そう思って、廉次の手に身を委ねた。




