元勇者のTS少女が親友と祭りに行ったり食べさせ合ったりする話
宿題をしたりカナメとダラダラしているうちにも時間は過ぎる。
気が付いたら祭りの当日がやって来ていた。
「ふふーん、どう?」
「……似合ってるよ」
自慢げなカナメがくるりと回る。
目の前で金色と服の白い裾がふわりと宙を舞った。
「浴衣だもんね! 可愛いでしょ?」
「……ああ」
そう言ってはしゃいでいるカナメは浴衣姿だ。
白い生地に涼し気な青い模様が描かれていて、その色のコントラストがカナメの金色の髪に似合っている。
笑顔で小首をかしげポーズをとると、その姿はそれだけで宣伝広告に使えそうに見えた。
「いいよね、こういうの。 廉次も浴衣着ればよかったのに」
「……無茶言わないでくれ。そもそも持ってないよ」
今まではカナメだって浴衣なんて着てなかっただろうに。
いつの間にこれを用意したんだろうかと少し疑問に思う。
「私は今日のために買ったよっ!」
「……そうなのか」
視線をカナメの後ろ――玄関に立っているおばさんの方へと向けると、おばさんはニコニコしながらサムズアップしてみせた。
……よく意味が分からないが、おばさんも協力したらしい。
「来年は廉次も着ようね!」
「……考えとくよ。とりあえず、そろそろ行かないか?」
「うん!」
なんにせよ、このまま玄関に居ても仕方ないわけで。
いつもの五割増しでテンションの高いカナメを抑えつつ、歩き出す。
……このテンションは浴衣を着ているからだろうか?
しかし以前のカナメは新しい服を買ったからと、こんな風になってはいなかった。
これもまた、カナメが変わったところなのかもしれない。そう思いつつ足を前に進める。
浴衣姿は歩きにくいのか、カナメの足はいつもより遅い。それに合わせて俺も速度を落とした。
「ふふっ」
手に柔らかい感触がして隣を見ると、カナメが笑顔で俺の手を握っていた。
体を冷気が包みこむ。それが汗をかいた体に心地よかった。
「暑いでしょ?」
「……ああ、ありがとう」
指を絡める。
そしてそのまま神社へと歩いて行った。
◆
歩くこと数分。
特に問題なく神社に到着する。そこにはもう人が集まっていて、参道には出店が並んでいた。
「懐かしいね」
「ああ」
数年ぶりの祭りは記憶の中にあるものと変わっていなかった。
日はもう沈みかけ、夕陽の色が通りを染めている。
「……おっと」
――と、すぐ傍を人が通って、逸れないようにと手に力を入れる。
すると、柔らかい感触が握り返してくれた。
「ねえねえ、何食べる?」
「……そうだな」
言われて確認すると、定番のメニューは揃っているように見えた。
綿菓子、たこ焼き、イカ焼き、お好み焼きに焼きそば、りんご飴――などなど。
値段はその名の通りお祭り価格なので安くはないけれど、しかしついつい買いたくなるのは祭りの魔力なのだろう。
「……たこ焼きかな」
「うん、じゃあ私はイカ焼きを買うから半分ずつにしようね!」
半分?
……ああ、そういえば昔もそうしていたような。
一つのたこ焼きを二人で分け合って食べたような記憶がある。
「昔はさ、祭りの食べ物なんてあんまり買えなかったよね」
「……高いからな。色々食べようと思ったら分け合うしかなかった」
一人の小遣いを千円としたら、買える食べ物はせいぜい三つ。それに加えて射的やら籤やらをすればさらに少なくなる。
小学生の財布に余裕なんてない。なので、昔は二人で頭を突き合わせて何を買うかと悩んだものだ。
「今はそんなことないけど……でも初心は忘れたくないよね?」
「……まあ、そうかもな」
せっかくの祭りだ。
二人で昔を懐かしむのも悪くないだろう。
「あ、りんご飴。あれも買おう?」
「……ん、ああ」
出店に並んでたこ焼きとイカ焼き、それに加えていくつかの食べ物を買う。
それを持って、少し離れたところにある石段に軽く払ってから座った。
そして、さて何を食べようかと考えてーー。
「――はい、あーん」
「……」
カナメがこちらにたこ焼きを差し出す。
箸に摘ままれた球状の物が、目の前で湯気を立てていた。
「……」
……え、これ食べるのか?
いきなりなんだ。そんなこと今までしなかっただろうに。
「どうしたの?」
「……なんだ突然」
「いいでしょ? 祭りなんだから」
祭りとあーんには何の因果関係があるというのか。
「ほら、ね?」
分からない。……しかし、目の前のたこ焼きを放置するのもどうかと思う。
なので、躊躇いつつも口を開いた。
「はい……美味しい?」
「……ああ」
口の中にソースの味と風味が広がる。
焼きたての香ばしい香りが美味しかった。
「じゃあ、はい。あーん」
今度はカナメが口を開ける。
こっちなら今までに何度かやっているので、気にせずにカナメの口の中に入れた。
「美味しいね」
「……ああ」
美味しいが……しかし照れくさい。
なんで俺は人目のある所でこんなことをしているんだろう。
「じゃあ次、あーん」
「……」
……でも、楽しそうにしているカナメを止める気にもなれなかった。
無邪気に笑う姿を見ていると色々どうでも良くなってくる。
「はい、あーん」
「……」
それからしばらく、お互いに食べさせ合う。
イカ焼きに焼きそば、トウモロコシに綿菓子。お互いに食べて、食べさせた。
半分といいつつ、綿菓子の配分が明らかに偏っていて笑ったり、焼きそばをこぼしそうになって慌てたり。そんななんてことのない時間。
浴衣の無事を確認して一息ついて……。
日が完全に沈むころには、手元の料理はあらかた無くなった。
「――じゃあ最後、あーん」
「……いや、りんご飴は無理があるだろ」
しかし最後でカナメを止める。
それは食べ辛いので、流石に自分で食べないとダメだった。
◆
一通り食べ終わった後に神社の中を見て回る。
まあ、とは言っても家の近くの小さな神社。それほど大きいわけでもなく、二、三十分も在れば十分に一周できる程度だった。
祭りばやしが流れる中を、二人で手を繋いで歩く。
暑さ対策と迷子対策のために重ねた手の平はいつの間にか少し汗が滲んでいた。
「……」
いつの間にか言葉が途絶え、沈黙の中……なんとなく隣を見る。
カナメの横顔が提灯の赤い光に照らされていた。夕陽とはまた違う朱い色。
金色の髪が照らされて鮮やかに輝いていた。
「……?」
カナメが視線に気づき、こちらを見る。
そして目を細め、小首を傾げた。
その口元には穏やかな笑みが浮かんでいて……。
……何故か、心臓が跳ねた。
「……いや」
何も言われていないのに言い訳のような言葉が出る。
我ながら少し雰囲気に呑まれているのかもしれない。
……いつもより、カナメが落ち着いているように見えたから。
「そう?……ふふ」
カナメが笑う。普段とは違う密やかな笑い方。
……これもカナメが変わったことの一つなのだろうか。
よく分からないが、横顔を見ていると心臓が早くなる。
……これは何なんだろうな。
「……あ、廉次、お賽銭」
「……ん、ああ。もうこの辺りに来てたのか」
悩んでいると、いつの間にか境内まで来ていた。
この辺りは出店もなく、人もまばらになっていて、喧騒も遠く聞こえる。
「せっかくだから拝んでいこ」
「ああ」
カナメに手を引かれ、賽銭箱の前に立つ。
そして、賽銭を投げ入れ、目を閉じた。
……さて、何をお願いするべきだろうか?