元勇者のTS少女が親友を夏祭りに誘ったりする話
俺も変わると決めた。
カナメが変わったように俺も変わると。
そして今度はちゃんとカナメのことを見る、とも。
「……」
しかし、自分で決めといてなんだが、具体性が無さすぎてよく分からんな……なんて、床に座り込んでいるカナメを見ながら思った。
「蚊取り線香、私好きなんだよねー」
いそいそとカナメが緑の渦巻きを取り出している。
世は夏真っ盛り。八月になり、学生の俺たちも夏休みに入っていた。
なので、要するにあの虫も活動を活発化させている。
「匂いがいいよ。匂いが。あっちの虫よけは本当に嫌な臭いだったから」
「……そうなのか?」
「そうそう。だから私、耐えられなくて虫よけの魔法を一日で覚えたんだから」
がんばったんだよー、なんて言っているカナメ。
蚊取り線香を使わなくてもその魔法でいいんじゃないか、と言うのが無粋なことくらいは俺にもわかった。
「……」
線香に火をつけ、部屋の隅に設置するカナメをなんとなく眺める。
そのかつてとは違う姿も四カ月が経った今ではすっかり慣れたものだ。
シンプルなワンピース姿も馴染んでいる。
……思えば、帰って来たばっかりの頃は少し違和感があったのかもしれない。比較するからこそ分かることはあるのだと思う。
「……? なに?」
「……いや」
カナメが俺の視線に気づいたのか、首を傾げて問いかけてくる。
しかし、なにと言われても特に意味はない。
なんとなく見ていただけだった。
今度はちゃんとカナメのことを見ると、あの時に決めたことだし。
「……何かついてる?」
「……いや、ただカナメを見ていただけだ」
……そう言えば、髪が伸びたか。
帰って来たばかりの頃は腰の上くらいだったのに、今は腰の下くらいになっている。
新しく気付いた、カナメの変わった点だった。
「……え? 見る? ……私を?」
「……ああ」
目をパチパチとさせている顔に視線を移す。
化粧をしているようにも見えないのに、真っ白な肌が窓からの光を受けて輝いていた。
そう言えば、シミとかほくろが無い……これも魔法の影響なんだろうか。
「……なんで?」
「……なんとなく、かもしれない」
改めて見ると気付く点がいくつかある。
他にもそんな気付きが無いかと、カナメの全身を見て……あれ、肌の色が少し赤くなっているような――。
「――カナメ?」
カナメがベッドの上へと移動し、布団の中にもぐりこんだ。
全身が隠れて、飛び出した金色の髪以外見えなくなる。
「……そんなに見られたら恥ずかしい……」
「……」
布団越しのくぐもった声。
ぶしつけだったかもしれないと、少し反省した。
◆
まあ、そういうことじゃないよな、と思う。
ちゃんと見るとは言っても、あの時の俺が考えたのは物理的な変化のことじゃない。
もっとこう、内面的なものだろう。
そこを勘違いして俺も変わらねばと髪を伸ばしたり美白に目覚めたりしても、何も意味は無いのだから。
「……」
恥ずかしがって布団の中から出てこないカナメに申し訳なく思いつつ、机の上の教科書に向き直る。
夏休みである以上、宿題はいつだってついて回る。
特に今は高校二年の夏。大学受験が本格化してくる年で、教師も宿題に熱が入っていた。
「……」
そういえば、カナメは大学はどうするのだろう。そう思った。
どうするつもりかは知らないけれど、進学するのなら、そろそろ考えないと手遅れになりそうな気がする。
俺はと言うと、もうずいぶん前に決めているし問題は無い。
地元の国立大に進学してそこで学ぶと決めているので、一年の頃からそれに向けた対策を始めていた。模試の結果も順調で、このままいけば大丈夫だろうと言われている。
「……宿題してるの? 廉次は真面目だよねえ……」
「学生の本分が勉強だからな」
「えー」
久しぶりに布団から出てきた顔が嫌そうに歪んでいるのを見ると、カナメの宿題は何も進んでいないのだろう。今年もきっと最終日に泣くことになるのだと思う。
……親友として、カナメの未来が心配になってくる。
まあ、魔法でどうにかするというのなら俺には何も言えないけれど。
「カナメは進路とか決めてるのか?」
「えー、嫌な話しないでよ」
何も考えてないのが一瞬で分かる返事だった。
「そんなことより、遊んだほうがいいよ。高校二年の夏休みは今だけなんだよ?」
「……それも一理あるけどな」
遊びたいという気持ちはあるし、今のうちに遊ぶべきだという気持ちもある。
何せ来年は本格的に遊ぶ余裕は無いだろうから。
まあ、とは言ってもそれを理由に勉強を全くしないのも違うと思うが。
「だからね、とりあえず明後日の夏祭りに行こうよ。近所の神社であるやつ!」
「……ああ、あれ明後日なのか。懐かしいな。」
子供の頃はよく行っていた。
綿あめやたこ焼きなんかを二人で食べたり、射的やくじ引きをしたり……水槽もないのに金魚をとってきて、慌てて水槽を買いに行ったりしたのも、今となってはいい思い出だ。
ちなみにその時の金魚は俺の家で今も生きている。
体長は十センチを超え、大きく逞しく成長していた。
「帰ってきたら、絶対一緒にいろんなとこに行くって決めてたんだー」
「……そうか」
……まあ、そう言うのなら少しくらいはいいだろう。
ね? 行こうよ、と上目づかいで見るカナメに頷く。
……祭りは久しぶりだ。俺も少し楽しみだった。