元勇者のTS少女が慰められたり親友が決めたりする話
自室のベッドに寝転んで、天井を眺める。
頭の中では相変わらずグルグルと考えが空回っていて、どうすればいいのかよくわからなかった。
「……」
カナメの恋愛観を知ったりしたものの、大本の悩みは全く解決していない。
俺はどうするべきなのか、どうしたいのか。
もしかしたらこの悩みは他の人からしたら大したことじゃないのかもしれない。カナメがあの漫画を一言で切り捨てたように、下らないの一言で終わることなのかもしれない。
しかし、俺にとってはそう簡単に決められることではなくて。
結論を出せず悩み続けることしかできない
「……どうすればいいんだろうな」
ため息を吐く。
はっきりしない自分が情けなかった。でも答えは出てこない。
「――ん?」
――と。
その時だった。
「廉次ーーーーー!!!」
突然の大声が部屋に響き、続いて窓から金色の物が飛び込んできた。
「……は?」
ドン、と言う着地音と、目の前に立つなにか。
そして一拍遅れて、金色が目の前に広がる。長いそれは夕陽を反射して眩しいくらいに輝いていた。
「……」
……何だ、これ?
どういう状況だ?
「……廉次」
「……」
俺の名が呼ばれ、金色がこちらを見る。
そしてペタペタと俺に向かって来た。
「廉次ぃ……」
「……カナメ」
金色――カナメが寝ころんでいる俺の布団に手を突き、そのまま倒れ込んで来る。
俺の腹に頭が落ちてきて……咄嗟に腹筋を固めた。腹にそれなりの衝撃が広がって、少し痛い。
「……どうしたんだ、一体」
何が起こっているのかわからない。
混乱のままに目の前のカナメに問いかける。
「……なぐさめて」
「……は?」
「私を慰めて」
カナメの手が伸びてきて、俺の手を掴む。
そして自分の方に運ぶと、そのまま頭の上に置いた。
「撫でて」
「……いや、まあ、いいけどな」
言われるままに頭を撫でる。
別にそれくらいなら大したことじゃないわけで。
……しかしこれは一体何なのだろう?
「うぅ……」
カナメの頭が俺の腹にぐりぐりと押し付けられる。
その頭をポンポンと撫でた。絹糸のような感触が手の平に伝わって少し気持ちいい。
「酷いよ酷いよ……」
「……そうか」
嫌なことでもあったのだろうか。
様子を見る感じでは……本気で怒っているわけではなさそうだけど。
怒っている雰囲気は無い。悲しんでいる様子も。
どちらかと言うと……これは、恥ずかしがっている?
「お母さんの馬鹿……」
おばさんが関わっているのか。
喧嘩でもしたのかもしれない。そう言われてみると、一つ思い出すことがあった。
「……」
あれは確か……中学生のときか。
カナメが本棚の裏に隠していたアレな本がおばさんに見つかったことがあった。
家に帰ると机の上に表紙が見えるように並べられていて……俺も窓越しに見たけど、かなり悲惨な感じだったのを覚えている。
「うっうっ……うっうっ」
学校から帰宅したカナメがそれに気づいて、俺の部屋に転がり込んできて。
もう家に帰れないと喚くカナメを何とか説得して……結局、三日くらい俺の部屋に泊まったんだったか。
「……」
懐かしい記憶だった。
カナメがまだ男で、今のように悩まず一緒にいられたころ。
本人からすると、たまったものじゃないだろうが、一人の友人としては友と一緒に過ごした楽しい記憶でもある。
「酷いよぅ……」
あの時にそっくりだな、と思う。
あの後、本は処分してパソコンに保存するようにしたらしいので同じことがあったわけじゃないだろうけれど。でも似たようなことがあったのかもしれない。
「カナメ」
「……うぅ」
……しかし、やっぱりカナメなんだよな、と、なんとなく思う。
外見は変わったけど、今こうしてぐずっている姿は確かに記憶にあるものだ。
かつての姿と今の姿が重なる。
しばらく感じてなかった感覚があった。
「……」
外見は違うけれど、やっぱりカナメなんだよな、と。
カナメはカナメだという再確認。それは帰ってきた頃は毎日のようにしていたことだ。
でも、思い返してみると最近はあまり考えてなかったことでもある。
……いつの間に俺はそう思わなくなったんだろうか?
……何故俺はそう思わなくなったんだろうか?
ふと、そう疑問に思った。
「廉次……手を動かして」
「ああ、悪い」
いつの間にか止まっていた手をもう一度動かしながら、腹の上のカナメを見た。
薄手のシャツ越しにカナメの吐息を感じる。へその辺りに暖かい感触が広がった。
「……うぅ」
そういえば、あの頃は頭は撫でなかった。
男同士だったので当然だと思うが、今とは違って身体的な接触自体少なかったと思う。
「……」
変わったんだな、と、今更ながらにそう思った。
ここ最近悩んでいたことを、別の経路から再確認する。
カナメは変わった。
昔と違って外見が変わって、仕草も変わって、俺に弁当なんて作ってくれるようになった。
女の子らしく笑うようになったし、姉さんがいつ付き合うの? なんていうくらいには、女の子になっている。
きっとその姿は帰って来たばかりの頃とも違うんだろう。
もしかすると、だからカナメをカナメだと再確認することも少なくなったのかもしれない。
――でも。
「……俺は」
ふと思う。俺はどうだろう。変わっただろうか。
カナメのように変わったのだろうか。
「……」
変わってない気がする。
俺はきっと何も変わっていない。だから、今もこうして悩み続けているんだろう。
昨日も一昨日も、そして今も悩み続けている。
俺はずっと今のままだ。
「ぐすっぐすっ」
「……」
なんとなく、ぐずっているカナメの髪に指を通すと、するりと指の間を通り抜けていく。その感触が新鮮で、どこか心地いい。
「……」
……カナメは変わった。
だから、俺も変わる必要があるのではないのだろうか?
隣の親友が変わり続けているのに、俺だけがそのままなのは、きっと間違っている。
……そんな気がした。
「うぅ……」
俺は、きっと変わるべきだ。
唸るカナメの頭を撫でながら、そう結論付けた。
それはここ最近悩んでいたことに対する解答でもある。
……これだけ延々と悩んで出した結論としては、つまらないのかもしれない。
でも今の俺にはこれが精いっぱいだ。
どこまで行っても、俺は俺で、突然別の人間にはなれないのだから。
つまらなくても少しずつ進んでいくことしかできない。
「……」
……でも、今度はちゃんとカナメを見る。
それだけは、と、心に刻んだ。
「廉次ぃ……」
「それは擽ったいぞ」
カナメがぐりぐりと顔を腹に押し付ける。
その感触がこそばゆくて……一応でも結論が出せたことが嬉しくて。
……少しだけ、気分が楽になる気がした。