元勇者のTS少女がお弁当を作ったり親友が困ったりする話
子供の頃、道路の脇で遊んでいたことがある。
何をしていたのかは覚えていない。もしかしたら蟻の列でも眺めていたのかもしれないし、縄跳びでもしていたのかもしれない。ただ、何かをしていたことは事実だ。
きっと夢中になっていたのだと思う。
その時の俺は、周囲が全く見えていなくて――突然、慌てた姉に引き寄せられた。その横を大きなトラックが駆け抜けていって。
驚いた。トラックもそうだし、そもそも自分は道路脇にいるものだと思っていたから。でも、よく確認してみると、自分の体が道路の真ん中にあったことが分かって。
その後、姉に叱られながら、思った。
自分では、自分のいる場所が分かり難いものなのかもしれない、と。
◆
ふと気付いた。
今のこの状況って、色々おかしいんじゃないかと。
「……? どうしたの? 廉次」
「……いや」
言葉を濁しながら、現状を確認する。
現在時刻は午前八時ごろ。学校へと通学しているところで、このまま歩いていけば問題なく始業時間に着くだろう。
隣にはカナメがいる。俺の小さいころからの大切な親友。
俺は今、そんな彼女と手を繋いで学校へと向かっている。
「……」
……これは、おかしくないだろうか。
ついさっきまで何も考えていなかったが、一歩引いてみると色々問題がある気がする。
そうだ。常識的に考えて、男女で手を繋いで登校するというのは……ただ一緒に登校するという以上の意味が発生するのでは?
具体的に言えば、先日姉さんが言っていたような、付き合うとか付き合わないとかそういう感じの意味が。
「カナメ」
「なに?」
咄嗟に手を離そうとして――あと一歩のところで止める。
なんとなく、いきなり手を離すというのも具合が悪いんじゃないかと思った。
「その、手を繋いだままでいいんだろうか」
「……なんで? 涼しいよ?」
それは、そうだ。
元々手を繋ぐことになったのも、カナメの魔法があるからだ。
今この時も俺の周囲は涼しいくらいの気温に保たれている。もう七月だと言うのに汗の一つも浮かんでこないのは、間違いなく手を繋いでいるおかげだ。
だから、合理的に考えると手を離す理由なんて全くない。
むしろ俺の方からお願いして手を繋がせてくださいと言うべきだろう。
……人からどう見られるか、ということに目を瞑れば。
「……?」
カナメが首を傾げている。
不思議そうな顔でこちらをのぞき込んでいた。
「……いや、なんでもない」
「そう?」
そんなカナメに、付き合ってると思われるかも……なんて、とても言い辛い。
……それでは、カナメまで意識するのではないだろうか。
「……」
……仕方ない、か。
覚悟を決めて、手を繋ぎなおす。
カナメの手の感触が伝わって来て……それが驚くほどに熱く感じた。
◆
そもそも、姉さんが変なことを言ってからだ。
姉さんがあんなことを言わなければ気にならなかったのに。
――などと姉に恨み言を向けるものの、気付いてしまったらもう忘れる事は出来ない。一つ気が付くと、連鎖的にいろいろなものが気になって来た。
「……」
昼休み、屋上に上がりカナメと一緒に昼食をとる。
今日のカナメは弁当を持ってきてるようで、それをいそいそと開いて準備していた。
「今日の卵焼き、私が作ったんだよ!」
「……そうなのか」
食べて食べてと弁当箱をこちらに向けてくる。
それに箸を伸ばそうとして――いや、これもよく考えてみると……。
「……」
ふと周りを見る。
夏の暑い季節にも関わらず、周囲には学生が何人もいるようだった。
「……」
「どうしたの? 食べないの?」
「いや……」
カナメの声に正面を向く。カナメは悲しそうな顔をして、美味しくなさそう? なんて呟いていて……。
「……食べる。美味そうだ」
「え、そうでしょ? 今日はうまくできたと思ったんだー」
少し抵抗は感じるものの、箸を伸ばし一つ摘まみ上げる。
口に入れると、出汁の効いた卵の味が広がる。俺の好きな味付けだ。
……俺の好みに合わせたんだろうか。
長い付き合いなので、カナメは甘いほうが好きなことを知っていた。
「美味い」
「ほんとに? ……良かった」
もっと食べてと弁当を向けられる。
それに箸を伸ばしながら周囲を見た。
「……」
特に見られてはいないようで、少し安心する。
というよりも、周りはみんなカップルのようで、それぞれ自分のことに集中しているようだ。
「……」
あれ、もしかして俺たちも同じように見られているということか?
「あれ、廉次……」
「……ん? なんだ?」
「汗かいてるよ」
カナメの指が腕をなぞって……その感触がこそばゆい。
「もっと近づいて。そうしたら廉次も涼しくなるから」
「……ん」
ありがたい申し出だが、ありがたくない申し出でもある。
いつもなら気にすることなく近づいていたが、こうして一歩引いてみると、どうしても抵抗を感じた。
「……廉次、どうしたの?」
カナメが首を傾げている。
自分でも変だとは思う。しかし考えてみると、おかしいのは今の俺の態度なのか、それともこれまでの行動なのか。
「……そうだな」
でも、いきなり態度を変えるのも変な話か。
カナメも目をパチパチとさせているし、俺もカナメを困らせたいわけじゃない。
自分の弁当を持って、一歩カナメに近づく。
するとカナメが俺の腕に寄りかかるように触れて――体が冷気に包まれる。
「涼しいでしょ?」
「……ああ」
少しだけ、心臓が早くなっているのを感じる。
自分でも疑問に思うくらいに意識している自覚があった。
……甘い匂いがする。この三カ月で慣れてきたカナメの匂い。
「……」
……俺は、どうすればいいんだろうか。
自分のことが良く分からなかった。