裏話 元勇者のTS少女が叫んだりする話
「あーあーあー!」
ベッドの上をゴロゴロと転がる。
頭の冷静な部分が落ち着けと呆れた目で見ているが、そんなことで今の私は止まらない。
内から湧き出してくる衝動と戦うために、ただ右へ左へと転がり続ける。
偶に勢いが付きすぎて壁にぶつかったりもするが、それも気にしない。
「あーうー!」
一華さんが突然帰ってきて、何の準備もなく話をすることになった。
信じてもらえるかわからなくて、仮に拒絶されたらと思うと、怖くて仕方がなかった。
「……うぅ」
緊張して、震えてしまいそうで、廉次の手に縋りながら席に座って――。
でも、結果としては、予想よりはるかにあっさり事が済んだ。
一華さんは信じてくれたし、それどころか以前より親しくなれた気もする。
「……」
それになにより。これで身近な人全員に信じてもらえたことになるから。
私の家と、廉次の家。私にとって大切な人達は全員私をカナメだと信じてくれた。
それが何よりも嬉しくて、安心して、全身から力が抜けるような気分。
廉次の家族は……その、いつか本当の家族になれたら……なんて思ってもいたし……。
「……でも」
でも、そこまでは良かったのに……。
一華さんは最後の最後でとんでもないことを言って帰っていった。
「二人はいつ付き合うの、って……」
そんなの……。
そんなこと……。
「私が知りたいよ!!!!!!」
思わず叫んでしまった。
……でも、本当にいつになったら私は廉次の恋人になれるのか。
私としては今すぐでも構わないのに、廉次が何も言ってくれないので付き合えない。
「もうすぐ七月なのに……夏休みが近いのに……」
高校生の夏休み。
一生で三度しかない、大切な一カ月だ。
私としては、廉次と一緒にプールに行きたいし、祭りとかにも行きたい。
旅行はまだ難しいにしても、ちょっと遠出してデートとか、レジャー施設に行っちゃったりとかもしたい。
二人で一緒に歩いて、一緒に過ごして……。
「……」
……いや、少し違うか。
行くだけならいつでもできる。一緒にいるのはいつものことだ。プールも祭りも遊園地も二人で行こうと言えば、廉次はいつだって付いて来てくれるだろう。
そうじゃなくて、私がしたいのは廉次と恋人として一緒に過ごすこと。
友達としてではなくて、お互いを誰よりも大切な存在として――私はそういう形で廉次と一緒にいたい。
「……でも」
……それなのに、私たちの関係に進展は見えない。
廉次は私を甘やかしてくれるけど、それだけでしかなくて。
「ううううぅぅ」
どうすればいいんだろう。
どうしたら恋人になれるか全くわからない。
「……」
……私から告白は……やっぱりできない。
もし断られたらもう二度と立ち直れない。まず無いとは思うけど、万が一男のくせにキモイとか言われたら衝動的に首を吊る可能性すらある。
「……自爆魔法の出番かも……?」
悲しみのあまり、勇者の魔法の威力を全世界に見せつけることになるかもしれない。
それは色んな意味で駄目だ。多分町一つくらいは軽く消し飛ぶ。
「いっそ……廉次の心を読んだりとか……」
読心魔法は習得している。
戦っているときに使うと、相手の隠し玉が分かってとても便利な魔法だ。
それを使えば、廉次が私をどう思っているかわかるし、もし大丈夫そうなら私から告白して――。
「――いやいや、流石にそれはダメだよ……」
読心魔法の悪用はあちらの世界でも固く禁じられていた。
具体的に言うと魔族以外に使用は禁止。もし発覚したら即有罪で奴隷落ちになる。
そしてたいていの場合、被害者に買われて道の真ん中に吊るされたりするのだ。
道行く人から石を投げられる感じ。
「……ダメだよね」
……危ないところだった。
進まない現状に、思わずとんでもないものに手を出すところだった……
「倫理とか法以前に、バレたら流石に嫌われるだろうし……」
心の中は誰にとっても手を出されたくない不可侵領域だ。
そこに手を出したら後は戦争しかありえない。
「……はあ」
結局、色々考えたけど現状維持が一番かな、という結論になる。
下手なことをすると取り返しのつかないことになるかもしれないし。
「……」
……というか、廉次はどう思ったんだろう。
一華さんが言った時にも特に反応してなかったけど……。
……廉次だし、これまでと同じように気にしてない気がする。
これまでどんなアプローチをしてもこれまでと一緒……みたいに流されてきたし。
なんだか、ダメな方に信頼感が出来てしまった。
まあ、それでも好きなんだけど。
「……」
窓を見る。
今廉次はどんなことを考えているんだろう?
……私のことを考えてくれていると嬉しい。
「……はー」
ため息をつきつつ、布団を抱きしめてゴロゴロとする。
今日も廉次は優しくて、でもいつものように鈍かった。
……あ、でも今日はずっと手を握っててくれて嬉しかったなー。
机の下で手を握っていてくれたから、少し安心できた。
「にっふふふふ」
人には見せられない笑い方をしつつ布団を抱きしめる。
……これが、この布団が廉次だったらよかったのに。
もしそうだったら、きっと廉次も抱き返してくれて、頭を撫でてくれたり――いや、それよりももっとすごいことだって。
例えば……キスとか。
「………………んー」
……そう思って。
……衝動的に、私は布団にキスをした。
「………………………………………………あー!!!!!」
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!!
何してるの私、いくらなんでも恥ずかしすぎるでしょう!?
「あー!!あー!!!!」
顔を隠してゴロゴロとベッドの上を転げまわる。
恥ずかしくて、顔から火が出そうで……。
……でもちょっとそうなったら良いな……なんて思っちゃったりもして。
「あーーーー!!!」
耐えられなくて、動きが止められない。
……結局、その日は日付が変わるころになっても眠れなかった。