第5夢:面倒な女
面倒な女
Side:ユキ
「……ありがとう」
そう言って素直にその銀髪ツインテールの少女、芽上彩乃はホットコーヒーを受け取って飲んでくれた。
そう、俺たちは何とベンチに座っていたもう一人のヒロインに対して、あったかい飲み物を渡すことに成功していたのだ!
「別段お礼を言われるほどのことじゃない。むしろ、当たり分を処分してもらって助かっているよ」
そう俺たちは、そのコーヒーを渡すために、自動販売機でおまけが当たったふりをしたわけだ。
なんという名案!
いやぁ、近くの自販機が当たり付きでよかった!
というか、今どきまだあるんだな!
まあ、実際は外れたけど、当たったという体にしだけだ。
「で、なんで、こんな寒空の中でベンチに?」
「……」
「聞かれたくなかったか? すまん。じゃ、俺たちは立ちさるわ」
とりあえず、今日すぐに友達になろうとは流石に思っていない。
ただ、とりあえず繋がりだけでもできればいいだろうということで、話しかけただけだ。
どうしてもって時にナンパ野郎とか思われてマイナス状態にはなりたくないからな。
「まって」
と、思ったら意外なことに向こうから話しかけてきた。
「どうしました?」
「……財布と携帯。落としちゃったの」
「「……」」
その一言に俺はタイキ君と顔を見合わせる。
あれ? この話って……。
とりあえず、もっと話を聞くべく会話を続けてみることにする。
「そりゃ、災難だったな。で、とりあえず警察とかに届けたのか?」
「届けてない」
「なんでまた?」
「さっき落としたばかりだから……」
「それで途方に暮れていたってわけか」
「……うん。ううっ」
うげっ、なんか泣き始めた!?
「なんでお正月早々こんな目に合うのよ……」
しらねーよ! お前のうかつさを悔やめ!
と、叫びたいが、流石にそれは自重しておく。
俺はこう見えて中身は大人だ。
紳士的な対応をしなければ。
「ま、泣いてても解決しない。とりあえず、交番に届けてから、探しに行けばいい」
「……この寒空の中、お金もない私に一人でいけって?」
「いや、それ以外どうしろと」
「……ううっ」
また泣き始めたよこの女。うぜぇ。マジでうぜぇ。
とはいえ、全財産をなくしたら誰でもそうなるか。
「あー、もうわかった。手伝えってことだろう? あんまり泣きまねなんかしていると、交番に捨てていくぞ」
「ひっどい! こんな寒い夜に女の子を置いていく、普通!」
「今までずっと、お前は無視されていたわけだが?」
「うっ!?」
自分の胸を押さえる芽上彩乃。
お前みたいなやつにあえて声を掛けるやつは、おまわりさんか、ナンパ野郎か、主人公か、ただのお人好しか、俺たちみたいな目的があるやつしかいない。
「それともなにか? 俺たちもスルーしたほうがよかったのなら、帰るぞ?」
「ごめんなさい。調子に乗っただけだから、助けてくださいお願いします! 本当にお金がなくて途方にくれているの!」
ようやく真剣に俺たちにお願いをする芽上彩乃。
ま、そりゃそうだろう。
お金がないというのは本当に辛い。
知らんやつに簡単にお金なんか貸してくれる奇矯な人はそうそういないしな。
とはいえ、財布を無くした時の手段は限られている。
「とりあえず、交番に行くぞ」
「駄目! 交番なんかに行ったら、悪いことしたかと思われるじゃない」
「……いや、自首しに行くわけじゃないからな。困っているから行くんだぞ交番は」
「……う。そうだけどさ、ほら、職員室って本当に用事でもないと行かないじゃない? 怒られる時とか……」
コイツの普段の素行が分かる発言だな。
「はぁ、本当にどうしようもないな。俺たちも暇ってわけじゃないんだ。知り合いと商店街に来ているだけだからな。もうすぐ帰るぞ」
「ですね」
「じゃ、お金貸してよ」
「自分の名前も名乗らない、携帯電話も持たないやつにお金を貸すほど俺はお人好しじゃねえよ」
「ぬぐぐ……」
こいつほんといい性格している。
だが実は、これを放っておける状況ではなかったりする。
「……ユキさん。これ以上煽って逃げられると面倒ですよ? 知っているでしょう? 彼女ってここで財布なくしたから」
「……わかってる。何としても帰るために神社で賽銭泥棒に走るんだよな」
そう、こいつはサイテーなのだ。
家に帰るために盗みを働く。
そして、それがこの芽上彩乃の怪奇譚の発端であり、原因だ。
しかも人目を避けるために、本殿じゃなくて小さい、普通はそうそう気が付けない様になってるやばい分社のお賽銭をちょろまかして、呪われることになる。
ま、やばいといっても、自業自得なんだが。
「はぁ、とりあえず事情はわかったが、携帯電話に関しては本気で警察、契約会社に届けとかないと不正使用で、ものすごい金額請求されることがあるからな。そこはきっちりするぞ」
「うそっ」
携帯電話を無くすという意味を全く理解していなかったようで、俺がどういう風にやばくなるかを教えてやったとたん顔が青ざめる。
「ど、どうしよう! ねえ、どうしよう!」
「だからさっさと警察と携帯会社に連絡入れるんだよ。そうすれば不正使用があっても補償してもらえるからな」
「あっ、そ、そうなんだ。ならさっそく行きましょう!」
ようやく事の重大さを理解してすぐに立ち上がり動こうとするが、逆に俺たちは即座に動くわけにはいかない。
「ちょっとまて、俺たちだって用事があってここにいる」
「ええ。知り合いと来ていまして、その人と合流しないと」
「ちょっと、私を助けてくれるんじゃないの?」
「うっさい。お前にはお前の事情があるように、俺たちは俺たちの事情があるんだよ。というか、その人のおかげでお前を助けられたんだからそれぐらい付き合え」
「え? その人のおかげってどういうこと?」
「その人がここに買い物の用事があったんだよ。だから俺らはついてきた」
そう、須藤奈央子が服を買いに来たからこそ生まれた縁だ。
その人をほったらかしにしておくわけにはいかない。
「……むう。確かにそうね。じゃ、その人を迎えに行きましょう。で、どこにいるの?」
「下着売り場」
「はぁ!? なに、そんなにさえない顔してるくせに彼女とかいるの!?」
腹立つわー。
まあ、現役女学生なんてこんなもんだろう。
よし、決めた。こいつの場合は自業自得だし、もう捨てておこう。
「よし、タイキ君。もうこいつ放っておいて帰ろう」
「はーい」
タイキ君も流石にうざいと思っていたんだろうな。
俺の言葉にも特に反論することなくついてくる。
さあ、いい加減須藤さんの買い物も終わっているころだろうし戻るか。
「ごめん! ごめんってば!」
と歩き始めた俺たちを、そんなことを言いながら、芽上彩乃が追いかけてくる。
「ねえ、助けてくれるんでしょう? ねぇ!」
「名前すら名乗らないし、人をいきなり貶すような奴を助ける気はない」
「ごめんってば! 私は、芽上彩乃!」
「そうか、俺は鳥野和也」
「僕は中里大輝です」
「鳥野に中里ね。よろしく」
「とりあえず、芽上の件は知り合いと合流してからだからな」
「わかったわよ」
ということで、色々問題はありつつも、とりあえず須藤さんとの合流地点に戻ると、そこにはすでに買い物袋を持って待っていた。
「あ、電話しようと思ってたところだよ。ごめんね。まった?」
「いえ、ちょうどよかったですよ」
「はい。ご相談事が」
「相談事? というか、後ろの子は、彩乃ちゃんかな?」
「え? 生徒会長が何でここに?」
「いや、俺たちが待ち合わせてたのはこの須藤さん」
「えー! 須藤さんの彼氏がこんなのぉ!?」
「ほんとおまえ、捨ててくぞ。あと須藤さんにも失礼だからな」
「ですねー」
「ごめんなさい! でも、生徒会長が……」
「あはは、違う違う。この二人は私のいとこだよ。夜の買い物はアブナイってことでついてきてくれたんだ」
「なんだ、そういうことですか」
「で、彩乃ちゃんはどうしたの?」
「それが……」
どうやら、須藤さんと芽上は知り合いだったようで、自分の境遇を素直に話す。
はぁ、俺たちがどうこうする必要はなかったか?
「なるほどね。とりあえず、鳥野君の言う通り、警察と契約会社に連絡はしておいた方がいいね」
「わかりました」
ということで、俺たちは一旦警察署へと向かう。
「で、今更ですが、お二人は知り合いですか?」
「あ、うん。そうだよ。私が生徒会長で、彩乃ちゃんは書記」
「そうよ。私は生徒会で頑張ってるんだから」
「へー、そりゃあまりに意外過ぎる。生徒会の人間が職員室行きを嫌がるなんてな」
「あー、まだ苦手なんだ?」
「……ごめんなさい。何とか治していきたいと思っているんですけど」
「がんばろうって気持ちが大事だからね。これからだよ」
「はい」
なんか須藤さんはいい先輩なんだな。
と、そんなことを話しているうちに警察署に到着して、落し物の手続きをして、その待ち時間に俺の携帯電話で契約会社にも連絡をとった。
「これで大丈夫でしょう」
「……でも、生徒会長。もう終電が……」
「あ」
そう、色々手続きしている間に、既に電車は終わってしまっている。
芽上は電車で通ってきているって話だ。
徒歩でも帰れないことは無いそうだが……。
「タクシー呼ぶか?」
「いいわよ。そこまでお世話になれないわ」
「いや、このまま放置の方が面倒と言うか、心配だぞ?」
「……ううっ、財布と携帯電話無くした上に夜遅くにタクシーで帰ってきたなんて、それって親に何て言えばいいのよ」
「素直に言えよ。隠すとかのレベルじゃないぞ」
「あはは、まあ、気持ちはわかるけどね。なら、そうだ。今日は一旦、私たちの所に泊まらない? 友達の所に泊まってるってことで」
「え、いいんですか!」
おいおい。なんでそんな提案が出るんだよ。
「須藤さん。生徒会長としていいんですか?」
「この暗がりの中帰す方が怖いよ。お金も落としているんだし、お金預けてタクシーってのもなんか心配じゃない?」
「がふっ」
「「確かに」」
「それに、放っておくと自分一人でこの後まだ財布とか携帯探しそうだし」
「ぎくっ」
だめだこいつ。
俺たちは頑張って怪奇現象と関わらせないようにしているのに、そう動くか。
ということで、まあ、断る理由もないので、芽上もつれて家に戻るのであった。