第1夢:初めての夢
お待たせしました。
初夢シリーズです。
ネタとしてはゲーム世界に近いところに放り込まれたというやつでしょうか。
ユキとタイキはどうやってこの世界を……楽しんでいくのかお楽しみください。
第1夢:初めての夢
Side:ユキ
「「「あけましておめでとうございます」」」
そんな挨拶とともに、俺たちは新年を迎えた。
そしていつもの通り、リリーシュの教会にお参りに行った片手間でハイレンのバカ騒ぎを止めて、お年玉を子供たちに配って、初売りに参加してと、あわただしくも満ち足りた、一年にたった一度の特別な時節の楽しい時を過ごしていく。
そして、そんな楽しくも多忙なひと時はあっという間に過ぎ、刻は夜となり、俺たち男どもだけで旅館に集まって静かに話しをしていた。
「ふぅ~、相変わらず、年末年始は休みのはずなのにどうも疲れるな……」
「いゃぁ、福袋ってそんなにいいものなんですかね?」
俺たちは『初売り会場』という名の戦場に一兵卒として駆り出されたため、すっかり精魂尽き果ててぐったりしているのだ。
幸いにも流石にこの日に限っては、嫁さんたちは戦利品の確認に忙しく、ほったらかしにしても何も言ってこない。
「まあ、我々なぞには与り知れぬ、何かしら惹かれるものがあるのだろう」
「そうですね。それに、まさかこの年になってまで初売りに引きずり出される羽目になるとは思いませんでしたよ」
因みに、タイゾウさんやソウタさんもご多分に漏れず初売りに駆り出されている。
それでもこの二人、辟易とはしながらも疲れたなどとはおくびにも出さず奥さんたちに真面目に尽くしている辺り、さすが年の功と言うやつか。
いや、俺の場合はいくつになっても毎年初売りに対して文句を言っているだろうな。
「今日はもう寝たい」
「そうですねぇ」
「じゃあ、もうお風呂に入って寝るか?」
「賛成です。今日は流石に疲れました。まだまだ正月休みは続きますし、話は明日にでもゆっくりしましょう」
ということで、俺たちはさっさと温泉に入り、初売りで受けたダメージを癒し、布団を敷いてそろそろ寝ようかというとき、ふとあることを思い出した。
「そう言えば、初夢ってあったな」
「あー、ありましたね」
「あったな」
「ありますね」
なんかふと思い出してしまった。
まあこれも、お正月ならではの寝る前のたわいのない話だ。
「一富士二鷹三茄子だっけか?」
「たぶんそれで間違ってないですよ。ねえ、タイゾウさん、ソウタさん」
「うむ。間違えていないな」
「はい。その通りですね。江戸時代に生まれた風習ですね。富士山信仰の一種です」
「あとは、宝船の絵を枕の下にってのもあったよな?」
「そんなのもあるんですか。そっちは知らないです。タイゾウさんたちはどうですか?」
「むろんそれも知っているぞ」
「はい。そちらも聞きますね。まあ、どちらも初夢で一年の吉兆を占うものです」
ソウタさんの言う通り、一年の始まりに見る夢を初夢という。
だから必ずしも一月一日に見る夢の事を指すわけではない。
「昨日は夢を見たか?」
「うーん、それは覚えてないですね」
「私も覚えていないな」
「まあ、夢なんてあやふやですからね。案外今日見られるかもしれませんね」
思いつきで始まったそんなたわいない話から、とりあえず、縁起物ということで七福神の宝船のイラストを印刷して、枕の下に入れて寝ることにした。
ま、神様に頼むというのもあれだが、いつも迷惑をかけてくるのも神だから、たまには少しくらい頼ってもいいだろう。
と、そんなくだらないことを考えつつ、布団に潜り込むと、流石にかなり疲れていたのか、すぐに眠気が襲ってきたかと思ったら、意識がぷっつりと途切れる。
「ん?」
ふと光が差し込んでるのを感じて、意識がはっきりとしてきた。
だが、寝るときには、しっかりと電気は消していたはずだ。
うーん、誰か電気をつけたか?
いや、この光は自然の物だ。
つまりはもう朝と……。
「……んー。いや、よく寝た」
いつもなら、暗い内に目覚めて朝ご飯の支度をするんだが、流石に疲れてたか今日に限っては珍しく目が覚めたらもう日が昇ってたな。
まあ、今日は朝ご飯の支度とかをしなくていい日だから目覚ましもかけていなかったんだが。
しかし、体の調子はいい。
ぐっすり寝れたんだろう。
「……で、ここはどこだ」
そこまで考えてようやく気が付いたが、ここは俺の知っている部屋ではない。
それどころか、一緒に寝ていた筈のタイキ君や、タイゾウさん、ソウタさんの姿もない。
「見た感じ、誰か学生の部屋の様だが……」
俺たちが昨夜雑談していた大部屋よりは流石に小さい部屋だが、それでも優に8畳はある。
その部屋には俺が寝ていたベッドに加え、テーブルとソファー、そして机の上にパソコン。
そう、見るからに現代日本の学生の部屋のようである。
「8畳部屋をもらえている時点で、物凄い豪華だな。いや、学生の部屋って決まったわけじゃないんだが」
とりあえず、ここにいてもちっとも状況はわからないので、とりあえず部屋を出ようとしたところで、今の自分の姿に気が付く。
「……風呂上がりの浴衣姿にままだったな。流石に旅館でもないのに、こんな格好でうろつくのは問題だな」
これが温泉街ででもあれば、まだ許されるだろうが、学生が一般家庭で寝間着代わりに浴衣を着ているなんてのはそんなに多くないだろう。まして、見知らぬ者がいきなり浴衣姿で現れたら。
通報は避けたい。いや、通報された方がいいのか?
公権力に相談したほうが手っ取り早そうな気もする。
まあ、下手をするとそのまま有無を言わさず逮捕されて拘束されるわけだから、やっぱりあまりいい手とは言えないな。
「……仕方ない。この部屋の持ち主には悪いが、見たところ男性の部屋だ。服を貸してもらおう」
流石に変態・変質者の類いとして捕まりたくはない。
とりあえず状況把握が大事であり、これは致し方ないことだ。
そう自分を言い聞かせて、とりあえずタンスを漁り、服を見つける。
「びっくりするぐらいぴったりだな。この部屋の持ち主の服は。ま、同じ体形でよかった」
ダボダボはまだしも、小さかったら着れもしないからな。
さて、着替えたし、早速部屋を出るかと思った所で、ふとパソコンが目に付く。
とりあえず、ウィードにいたはずが、なぜかパソコンが常備されているような空間に出たんだ。ネットから何らかの情報が得られる可能性は高い。
しかし、人のパソコンを勝手にみるというのはマナー違反だよな。
とはいえ、情報は欲しい……。
「ん? なんか張り紙がしてあるな」
そこまで考えて、ふとパソコンの本体に何やらメモが貼り付けられていることに気づいた。
何かヒントにならないかと、思ってそのメモを読んだら……。
『やっほー。宝船を枕の下になんて古臭いことやってるわねー。とはいえ、一年の吉兆を占うことだしね。感謝なさい、私が初夢を担当させてもらうわ。詳しい内容はパソコンを点けるべし』
「お前の仕業か!?」
思わず叫んでしまった。
ま、こんな不思議空間をつくりだせるやつなんて、知り合いには駄女神しかないというのは分かっていたが、頭がそれを意識することを拒んでいた。
「はぁ。とは言え、こんな場所にいる原因は分かったから多少は安心だな」
俺はひとまず安心した。なにせ、拝借したこの服もルナが用意したものであって、盗んだわけではないのだから。
さて、パソコンに電源を入れて情報を集めるとしよう。
電源が入ったパソコンのデスクトップアイコンはデフォルトのままのようでほぼ何もなく、ただ一つ真ん中にテキストデータとして「初夢手引書」というのが存在していた。
「なんで、テキストなんだよ」
微妙な手抜きが感じられるが、とりあえず内容を見ることにする。
初夢手引書
はい、メルヘンなふるい風習をやってくれた敬虔な神の信徒に私からささやかながら、ご褒美をあげることにしたわ。
まあ、私の素敵な女神パワーで運気を上げるってのも可能なんだけど、それじゃせいぜい色違いが連続で出たりとか、宝くじが必ず当たるぐらいのつまらないモノになるのよね。
だから特別に、初夢でのんびり遊べるようにしてあげたわ。
今回の初夢の期間は30日。この30日が終われば、目が覚めるってことね。
一応、街並みとかキャラクター設定とかは、ノベルゲーを見繕って引っ張ってきたから、原作に介入するもよし、放っておくのもいいわ。
そのノベルゲーについては、パソコンに元のゲームを入れてるからやってみてね。
じゃあね。
ルナより。
「……う~ん、微妙だ。こんな無駄なことをするぐらいなら女神パワーでアロウリトの問題を解決しろよって思うが、ま、それじゃ根本的な解決にならないからこそ俺が送り込まれたんだよな……」
ルナが直接手を下すとなると、アロウリトの魔力枯渇という環境問題の改善に力任せに魔力を補充することでしかできない。
だから、微細な繕いができるであろう俺を送り込んだのだ。
かといって、過剰な戦力を俺に与えたところで何の解決にもならない。っていうのも同意だ。
って、そんな真面目な話はとりあえずいいんだよ。
俺はここで30日間を過ごさないと目が覚めないらしい。
ただしそれは俺の認識だけで現実の時間は停止しているので、目が覚めた時は、まだ正月の真っただ中。
「つまり、自由な休みがただで30日間増えたってことか。とはいえ、所詮夢だからここでいくらゲームをしても、記録は残らない。つまりポケ〇ンの育成をしても無意味ということか」
それは辛い。
俺の相棒たちとの30日が無意味となるんて……。
「となると、ほかに娯楽を求めるしかないな。あとは30日間ずっと寝てるか」
それはそれでいいんだけどな。
と、思いながらディスプレイに視線を戻すと、そのテキストにはスクロールバーがまだ残っていることに気が付く。
まだ下があるということだ。
いったい何か書いてあるやら?
P.S. あ、タイキは隣の家にいるからね。ちなみに、タイゾウとソウタは温泉巡りの初夢にしておいたわ。
はいはい、そうですか。
タイキ君は隣にいて、タイゾウさんとソウタさんは温泉夢旅行かい!
なんか、温泉夢旅行って、そっちはすごく精神的にも体的に癒されそうじゃないか?
で、俺たちがいる世界はあるゲームを引っ張ってきたって?
とりあえず、プログラムを開いてそのゲームを確認してみる。
タイトルは……。
黄昏の町で。
うん。ありがちだな。
しかし、俺はこのノベルゲームの内容を全く知らない。
幸い、取り扱い説明書は既にデータ化されている時代のゲームらしく、あらすじや登場人物も見られた。
簡単にいえば、ノベルゲームではあるが、エロゲーの部類。
そのあらすじは、懐かしの町に主人公が戻ってきて、かつて共に同じ時を過ごした女性たちと再会して仲を深めていくという、これまたよくある内容だった。
ヒロインは4人。サブが4人。
名前は幸いなことに全員が漢字で書かれているので、日本を舞台とした設定のようだ。
「……このゲームを知っているならまだ楽しめただろうが。既に俺は妻子がいる身だしな。いまさらエロゲーのキャラクターと仲良くなってとかするつもりもないし、やっぱりのんびり過ごすか。ああ、そうだ。ルナに頼んで、ゲームデータだけでも移動できないか聞いてみるか」
コメットとザーギスが卑怯だって叫ぶだろうが、まあ、時間を掛ければ勝てるってモノじゃないからな。
よし、ゲームのシナリオへの介入はやめということで思考をまとめたところで呼び鈴が鳴る。
おそらくタイキ君だな。
彼も状況を把握して俺を探しに来たのだろう。
ということで、玄関でタイキ君を出迎えたわけだが……。
「ユキさん!!」
なにやら血相を変えて飛び込んできた。
なんでそこまで慌てているかわからないが、とりあえず声を掛ける。
「よお、タイキ君。とんだ初夢だな」
「え? ああ、はい。って違うんですよ! まだ見てませんか? ここが黄昏の町を再現してるって」
「ああ、説明文は読んだぞ。でもな、俺はこのゲームやったことなくてな。今更エロゲーをやるのもあれだし、ポケ〇ンでもして過ごそうかと思ってるんだ。どうだ?」
「ああ、いいですねー。って違いますよ! 問題はそこじゃないんです! 知らないみたいですね。この黄昏の町って、20日目までに主人公がヒロインと結ばれないと町が消し飛ぶんですよ!」
「はぁぁぁぁ!?」
なんだそのクソゲー!?
などということがあったが、俺たちがあの世界をどう駆け抜けたかは、また別の話だ。
とにかく結論だけ言えば、無事に目は覚めたものの、もう疲労感で一杯一杯だった。