92 ダヤンの少女
調査した結果、黒いフードの女がダヤンの一員にいることが分かった。ダヤンの経営者はこのところ姿を見せておらず、代わりに黒いフードの女が交渉をしているらしい。しかし、その女は黒髪では無いという直近の証言を得た。
「すみません。私の読みは外れていたようで、無駄足を踏ませました。」
「いや、怪しいところから潰しいくしか方法はねぇだろ。それに、調査報告を見る限り無関係とは言い難そうだぜ?」
ウランさんに該当箇所を指で示す。
報告書には最近新たに商人と交渉を行なっているダヤンの者が二人いる、とある。それぞれ「フユ」と「ナツ」と呼び合っていたその二人は、やはり黒いフードを被っていたが、さらに二人とも仮面をつけて顔を隠していた。
「交渉に加わった二人のうち一人はサタナさんじゃねぇか?」
基本的には名乗らないフードの女かナツが商人と交渉しているが、サタナさんの仕事を引き継がせた商人である猪鹿蝶の三人と接触した時だけ、ナツの人となりが違う。ナツは後ろに控えて一言も話さない人物であった、とある。
「そうじゃの、このフユと主に交渉しておる相手はみなサタナの馴染みじゃな。」
サタナさんに近しい人間の前ではナツは話さない。それ以外でのナツは饒舌で交渉が上手く、そして商人言語、あちらの世界でいう関西弁も巧みだ。
「と言うことは、サタナ殿は記憶はしっかりとお待ちのようですね。えいこサンは現在人質として囚われている可能性はありそうな話ですね。」
結局今日も調査は続行させるという結論しか出せなかった。
以前と異なり多少の時間の融通が利くようなったが、サンサンの力の放出で凶暴化した獣の討伐もある。むやみやたらと探し歩けるほどの時間は無かった。
ダヤンはまたこの一月ほどで国家権限で無理矢理調査するのが難しいほど拡大していた。そもそも本拠地も分からず、街で大捕物もできない。
ダヤンはその建築技術の高さを生かし快適で多人数が過ごせるシェルターを慈善事業として辺境の村に寄付していた。一度凶暴化した聖獣が村を襲ったがシェルターのお陰で助かった事があり、大きな町相手にその技術を売っている。設計図や魔法陣、実際に建出る際のアドバイスを売っているためずっと町に留まることも無い。
彼らはそれ以外でも試作品を作り、主にその技術を売る。こちらの世界は利権関係が緩いから技術は秘匿して物を売るのが普通だが、方法を売り、しかもそれが見込み利益に比べて格安だ。基本的に一製品の情報は世界中のあちこちの街で売るが、売る相手は街一つに対しては一組に限る。しかも商業組合など地域に根ざした大きな団体に話を持っていく。だから、その技術や製品は世界中に一気に安価に提供されている。
街はダヤンを歓迎していた。現状、ダヤンは犯罪を犯している訳でもない。そして、彼らの作った通信機器はこちらにも必要な物。やりにくい事この上ない相手だった。
「ダヤンへの直接交渉については先方から難色を示されていると、王都の商工会議所から連絡がありました。」
「交渉の場に商工会議所の者として潜り込むことは?」
「見返りによっては。」
「しかたねーな。」
ダヤンから今後の取引を断られたら商工会議所にとっては痛手になるが、彼らはそれでもこちら側についても良いと言っている。
「今後奴らの税金は3割カット。失敗してダヤンと王都との取引が無くなった場合は、隣の町からダヤンの発明品を仕入れるのは商工会議所を通す。後、うちの研究所の成果のいくつかを無償提供する。その代わり、商工会議所とダヤンの交渉の場には俺かウランさんを臨席させる事、でどうだ?」
「そうですね、私達が口を挟まないのと、税金5割カットでしたらどちらが?」
「後者だな。できれば3割で頼みたいが、接触する方を優先したい。」
「他の商人は納得するかの?ただでさえ商工会議所はダヤンですでにかなり儲けておる。」
モートンさんがヒゲを撫でながら警鐘を鳴らす。我々はあくまで国としても動かなくてはならない。えいこサンが我々にとって大切であっても最優先にする訳にはいかない。
「問題ありません。好景気を理由に税率を上げます。その上で、低所得への還付を行うので。」
「ほぼ詐欺だな。」
「研究所の研究成果を活かせれば悪くない取引だと思いますが?」
「交渉にはウランさんに出てもらおう。」
こうして話を詰めていった。
数日後、商工会議所とダヤンの交渉に潜入する事が出来た。
俺は発言権なしで後ろに控え、ウランさんは発言権ありで前面に配置だ。しかし今日は口は挟まず相手を見る。ジェードは不用意な発言をしかねないから留守番だ。ディナとモートンさんに軽く揉んでもらうよう頼んでおいた。
ダヤンの者として部屋に入って来たのは、子供だった。
「はじめまして。ダヤンのハルと言います。今日は遠隔映像投影機を持ってきました。」
フードを脱いだその子供は、長い栗色の髪の女の子だった。10歳かそこら辺に見える。今日が交渉デビューなんです、とウキウキしていた。
「わしが王都商工会議所の所長だ。」
互いが挨拶した時、定例通り感知しあう。それは交渉の場では常識だったが、
感知されてざぁっと血の気が引いた。ハルは部屋中の人間を一瞬で感知した。それだけでかなりの実力者だと分かる。感知されたのでこちらからも無礼には当たらない。だから、こちらからも感知する。
嘘だろ。ウランさんの最大値と同じくらいは、ある。しかもハルの最大値がそれとは限らない。あんな子供なのに、だ。
子供だと侮った顔だった奴らも居住まいを正した。子供だからこそ、余計にダヤンを恐ろしく感じられる。
「あれ?なんで、国の人いるの?」
ハルはキョトンとして、ウランさんと俺を指差した。
「宰相さまとテルラさまでしょ?まさか国をクビになった訳ないよね。言っとくけど、国には売らないよ。」
「大変失礼いたしました。ダヤンの発明品、仕事などは陛下も聞き及んでおります。そこで、先日の村を救った件の褒賞をと考えてらっしゃいます。このような無礼な方法を取ってしまいましたが、他にお会いする方法も思いつかず申し訳ありませんでした。」
すげぇ。穏やかな声で悠然と嘘をつくウランさんに舌を巻く。俺にあれはできない。
ハルは人差し指をこめかみに当て顔を傾げた。なんだかデジャヴを感じる。誰かあのポーズで考え事をする奴を知っている気がする。
「んん。じゃあ、売買には絡まないんだね?良かった。うちのを国が占有しちゃったら、困るもの。あっ。そだ、待って。」
くるうり、と手を周りして防音壁を作り、その首にかかっていたネックレスの飾りを割って片側を耳に当てた。そして何か話している。
イヤホンかよ。つか、どういう原理だ?
唖然とする皆をさほど待たせず、防音壁は解かれた。
「ごめんなさい。いきなり電話しちゃって。えと、国の方の話なんですけど、交渉終わってから僕の上の人が会うって言ってますから、ちょっと外で待ってて貰えますか?」
そう言われては素直に外に出るしかなかった。
「ハル…あの魔力信じらんねぇ。」
「それに、あの魔法機器とそれに防音壁の構築法、全て初めて見るものばかりです。これは、えいこサンのためなどと言っている場合ではありませんね。」
同意見だ。下っ端らしいハルでうちの実際のNo.2と拮抗している。ダヤンには後4人は構成員がいるのだ。力が順位に直結している闇の国では強ければ王になれる。最悪国の上層部が取っ替えられる事もあり得る。そして、下っ端さえ俺らの顔だか魔力だかを知っている情報網。今本気を出されたら、恐らく負けるだろう。
待ち時間はあまり無かった。意外な事にハルは出る時に所長へ「交渉は上手くいったんだから、闇の国から搾り取るのはやめてあげてね。」と俺たちの前で言った。舐められているともとれるが、商工会議所への牽制にもなっている。
「お待たせして申し訳ないんですけれど、どちらが強い方だけご案内するように連絡が来ちゃったんです。宰相様のお時間取らせてしまってごめんなさい。テルラ様、よろしいですか?」
一人は避けたかったが仕方がない。ハルに付き従った。
「…妙ですな。ハル殿はあの後一度も電話なる行為をされていないのですが。」
所長がそう呟くのを聞いて、一人で行かせたことに不安を覚えた。テルラ殿が負けるとは考えられないが、
「では、私も失礼しますね。」
そう所長に言い、彼らの後を追った。
「テルラさまはケルピー乗れるよね?」
そう言ってハルは指笛でケルピーを呼んだ。おいおい、ケルピーなんてそう簡単に捕まえられるものでも、乗りこなせるものでもないだろうと思っていると、ハルは自分に両手を差し出してきた。
「僕は乗れないから、前に乗せてくださいね。」
ん!ん!と背伸びする姿を見て確信する。俺はコイツを知っている。だけど、誰だ?誰かは思い出せない。
言われるがままにケルピーを走らせると、海岸に来た。ハルは「帰りは迎えが来そうだから大丈夫ですよ。」とケルピーを返した。感知を広域化すると、確かに薄ぼんやりと、ウランさんが近づいている気もする。この技は最近身につけたばかりだが、ハルはかなり精度よく使いこなせるらしい。
「あの岩の上に待っているのが、アキです。ええと、会うって言ってた人です。僕は離れてるよう言われてますので、ここで失礼します。」
そう言ってさっさとハルは去っていった。
指された先は、懐かしい。えいこサンを乗せた岩だ。あれから数ヶ月しか経ってないのに、もうずっと前に思える。
「あんたがアキか。俺はテルラと言う。闇の国で騎士をしてるもんだ。」
我ながらチンピラみたいな声のかけ方をしてしまったと思った。
そして振り向いたアキ、いや、彼女の目を見て息を飲んだ。
黒いフードに黒いフェイスベール。けれどその隙間から覗く瞳はえいこサンのものだった。
無言で立ち上がった彼女の身長も、抱きしめたらちょうど両腕に収まる体もえいこサンのものだった。
「えいこサンっ!」
体が勝手に動いて彼女を抱きしめた。罠かもしれない。そう理性が叫んでも、止められなかった。抱きしめた彼女から香る匂いまで、間違いなく彼女だった。




