9 祠の前で その1
「こっち来てくれるか?」
源野兄に校舎裏に促されて、私は多少緊張しながらついていった。人けがなくなったのを確認して、声をかける。
「髪、今は黒いね」
一瞬振り返った彼は曖昧に微笑んだだけで、校舎裏に着いても答えてはくれなかった。
校舎裏は崖の下に立っていて、廊下の裏手にあたる所へ抜ける道はフェンスで囲われている。
「こっちだ」
よく見ると植木の裏のフェンスは破られていた。
源野兄が先にフェンスをくぐって、次に私がくぐった。目的地はまだ先らしい。
フェンスの向こう側は意外と広く、手入れされてるのか樹木が整然と並んでいる。妙に静謐でおかしな雰囲気を感じた。
「虫がいない?」
違和感の答えは口をついた。草木があるのに蝶や蜂やてんとう虫や、春の雑木林らしい息づかいが一切感じられない。
その奥に祠があるんだ、と何故か私は思った。
両親が祠の話をしていたのはいつだったっけ?と考えてながら進んで行くと、すぐに祠が見えてきた。そして、源野兄は祠に手をかけようした。流石にそれはマズイんじゃないかと制止しようとすると、それは起きた。
祠から生暖かい風が吹き、頰を撫でる。
それから、源野兄の髪の、色が剥がれるように青くなっていった。
「基本は明け方が一番青いが、安定はしてない。まぁ、見て貰えば分かるが、祠に触れると青くなって時間とともに退色するみたいだ」
「うそ」
私も近づくが、流石に怖いから手は出さない。
見る限りこじんまりした普通の祠。他にあんまり祠なんて知らないけど。
「……ねぇ、夜中の徘徊って、ここに来てるの?」
「わかんね。夢遊病らしい。家に帰ったところを海里に怒られて目が醒める。ただ、最近ここの夢はよく見る」
「だんだん、友達が夜中に校門前でウロウロしてから裏門の方に行く大地くんを見かけたって」
「多分、ここに来てんだろーな。裏門近くのフェンス、破れてたし」
「いや、最悪無意識に破ったのかも」と源野兄は独り言ちた。
多分、髪が青くなるのは朝だからではなく、夜中に祠に触れるから。
「子供の時にさ」
唐突に彼は話し始めた。私は黙って聞く。
「母親が冒険物語をしてくれたんだ。今から考えると異世界っての?そこで聖女が魔王をやっつけに行くんだが、魔王が実はいい奴で協力して異世界を救うって話だった。結構凝ってて面白くてさ、海里と何度も、時々月子もだな、話して欲しいとせがんだよ」
ふーとため息をつく彼の姿は額に入れて飾っておきたいくらいだ。青髪が妖艶さを醸し出す。
「その話のオチではいつも、『内緒だけど、その聖女は私なのよ。』って言ってた。別に信じてた訳じゃ無いけど、うちの母親、高校生の頃にここで神隠しにあっててさ、興味本位で入学式の日にここの場所に来て見たんだ。そしたら、今みたいに祠から白い霧みたいなのが出て、こうなった」
源野兄は自分の頭をポンポンと軽く叩いた。
「私には白い霧は見えなかったよ。髪が青く変わっただけに見えた」
「そっか。人によるのかもな。まぁ、この祠に触れることはオススメしない」
笑ってるつもりかもしれない。だけど私には源野兄が泣きそうになっているようにも見えた。
「で、だ。えいこサンはどう思う?」
一呼吸置いてから、源野兄は私に聞いた。