82 衝撃的な真実
えらく軽く流されて違和感を感じるが、各々が感慨に耽る前に済ませるものは済ませた方が良いかもしれない。
「それでは、もう一つの話、王妃様の部屋に隠された秘密をお話しします。」
え?っとアニーさんとゾイ将軍、ついでにヒノトまで驚いた。キュラスはこの事は話さずに連れてきたらしい。
「キュラス様よりこちらの部屋が歴代の王妃様が早世された原因では無いかと言う相談を受けておりました。」
「あの部屋は遺跡のモチーフをそのまま使用しているでしょ。何か魔法学的に意味がありそうだし、えいこはあっちの世界にも闇の国にもいたから何か分かるかなって聞いたんだ。」
キュラスの今のフォロー通りの依頼なら、えらくマイルドだね。
「お言葉ですが、もしそのモチーフに意味があるならば私にも何らかの影響があると思うのですが?」
アニーさんは堪らず発言した。さっきの話でまだ平常心では無いらしい。
もちろんそのつもりで連れてきた訳だから、キュラスは発言を咎めたりはしない。将軍は違う理由でそんな事があるはずない、と言う顔だった。
「…こちらに描かれているモチーフは全て私の世界で使われている記号です。そして、そのいくつかに魔法学的効果がある事は闇の国では知られております。」
キュラスが『前はそんな事言ってなかったよね?』と言う表情をした。だってその時は知らなかったんだもん。外部と手紙でやり取りしてる事はあんまり話したくないし、前から知ってました風が角が立たないんだもん。
キュラスは黙ったままだったから、通じたことにしておく。
「まさか、そんな。」
将軍の顔が一気に険しくなった。
「ただし、かなり厳密な条件の下に発現するそうです。そして、今回の件では既に効果が判明していた記号では説明がつかなかったので、伺ったお話から仮説を立てて実験を行いました。」
「それが、ベッドの上のあの白い袋ですか?」
ヒノトが今度は動揺した声で聞いた。さっきから魔法に関する情報には結構敏感に反応してる。
「前王陛下の始めのお妃様はご出産後に亡くなりました。
その次のお妃様はお姉様である前妃を尊敬されていたそうなので、お姉様のための贈り物であるベッドを始めは使われなかったのではないかと思います。けれど、その後心の整理がついたのか、前王陛下に言われたのかベッドを使われるようになったのでは、と。
ドリュー様のテーブルセットはクッションを使えば突っ伏して寝る事ができます。メルク様はキュラス様を妊娠されるまではベッドを使われなかったのでしょう。
ジーナ様はキュラス様がお一人で寝られるようになるまで付き添われており、その間はベッドは使われておりません。
皆さま、長期間ベッドを使われたか、身体が弱っていた時に亡くなられております。アニーさんはまさかベッドは使われないでしょう?」
彼女が頷くのを確認した。
「そこで昨日から実験をしているのです。あの白い袋らガラス繊維の二重袋で中には聖の結晶の粉をふんだんにまぶした鶏の生肉が入っています。腐らないように横から冷気は送っていますが、防腐魔法等は使っていません。皆さま、もう一度あれを感知してみてください。」
みんなの視線が移った。私には感知しているのかも、結果も分からない。
「さっき見た時あった聖の力がほとんど感じられないね。」
「けれど、それは闇の結晶と相殺したのでは?」
「それなら闇の力も減っているはずでしょ?むしろ僅かに増えていると思うよ。」
ヒノトとキュラスの会話で状況がわかる。
「ディナさん、申し訳ないけれどあれを取り出して切ってくれないかな?闇の力が危なくなければ、だけど。」
私の頼みでディナさんが動こうとして、それをカナトが制止した。
「あの程度の闇の力でしたら私でも大丈夫です。この場所でなさるのなら、私がした方が外野を黙らせやすいので。」
そうでした。ここは神殿。生肉さばいちゃうのは問題ありますね。
「ごめんね。外でやった方が良い?」
「いえ、外は誰が見ているか分かりません。この事は内密にした方がよろしいかと。」
「うん。」
やっぱりカナトもこの実験の結果を広めたく無いんじゃん。
白い人達が準備して、カナトが肉をナイフで断つ。ヒノトは流石に今度は口を挟まなかった。
感知しながら切ったのだろう。断面には黒い小石のような結晶が数個見えるように切り分けられた。
「魔人と聖人、人間を分けるのは器の適性です。そして、その結果として寿命などが影響を受けています。体内の臓器にもそれぞれの力が影響しているはずですので、この小石が身体のできる場所によっては、命を奪う事もあるでしょう。実際は体内の聖の力で多少中和されるでしょうから、これ程までは育たないかもしれませんが。」
それぞれがそれぞれに思って、やはり誰も声を出さない。私はベッドに少し触れた。
「これは、短期間で聖の力を闇の結晶に変える装置です。この原理を知れば、誰にでも暗殺なんて容易くできます。だから、始めはこの記号自体に知られていない魔法学的効果があるから、この部屋を立ち入り禁止にするよう進言しようとかとも思ってました。けれど。」
カナトを口止めしてしまえば、暗殺装置に原理は闇に葬れたけれど。
顔色が無くなっている将軍に近づく。
「王妃様の部屋は元々王都自体をデザインして作られております。そして、このベットはこの水星の記号の円の中に収まっています。王都では、この円の中にこの城が収まっております。将軍、遺跡の修復を中止してください。この装置の要はエーレクトロンだと考えております。エーレクトロンは私の世界では琥珀と呼ばれていた、樹液の化石です。」
「樹液!」
やはりヒノトが反応した。
樹液は木の血であり、もっとも穏やかな生贄として魔法学では使われるそうだ。ベッドの琥珀はいい感じにクラックが入っていた。遺跡が修復されて、城の中で偶然体心立方格子構造ぽく人が並んだら全員死なことになるだろう。
「それからキュラス様、この実験結果を闇の国にお知らせする事をお許しください。あちらでも記号の意味を調べる研究が進められています。」
「すぐに知らせてあげて。詳しい原理が分かってないからこの実験の詳細も。事故が起きてからじゃ遅い。ハトはとばせるね?」
キュラスはすぐにそう返した。良かった。本当は万一を考えて手紙では知らせてある。けれどキュラスがそう判断した事は光の国の心証がアップする。
「将軍、構わないね?闇の国と事を構えるのは愚策だ。遺跡の修復を中止を指示した後、陛下に報告に行く時に声かけて。僕が独断で遺跡修復を中止させたのも、闇の国にこれを知らせさせた事も自分で父上に報告するから。」
将軍は膝をつき『御意』と言って退室し、続いてディナさんも退室を請うてから外へ出た。ハトを飛ばしに行ったのだろう。送る文は事前にシミュレート済みだ。
「君は本当に千里眼を持っていたんだね。」
残された私にキュラスが声をかけた。
「まさか。今回の件でも分からない事もありましたよ。」
我ながらすごい妄想力だとは思うけど。
「分からなかった事あるの?」
「はい。ジーナ様がいくら伝統や規範を重んじる方だとしても、何故そこまでキュラス様を愛する事ができたのか、とか。」
尊敬してる女性が相手とは言え、夫と他人の子供だし普通わだかまりがあるもんだと思う。私には絶対無理だ。
「それは、ジーナ様が父上と母上を取り持ったからじゃないかな。」
「へ?」
キュラスは反射的にそう言ったようだった。言ってから、しまったという顔をした。そして、私はとても間抜けな返事をしてしまった。
「その通りでございます。しかし、キュラス様は何故そのように?」
アニーさんが驚いて尋ねた。てか、アニーさん、その話聞いてないです。そして、ジーナが二人を取り持つ意味が分からない。嫉妬こそすれ、である。
キュラスが答えに困っていると、ディナさんが戻ってきた。キュラスは恥じた顔でため息をつく。
「いかがなされたのですか?」
「えいこがね、ジーナ様が父上と母上を取り持った心情が分からないんだって。」
なんて足りない言葉だ。ディナさんに説明しようと思ったけれど、彼女は「ああ、なるほど。左様でございますか。」と答えた。
キュラスとディナさんが少し見つめ合って、それからディナさんは優しく微笑んだ。
「キュラス様、お気遣いありがとうございます。キュラス様は私の出している手紙を全て検閲なさってらっしゃいますから、ジーナ様のお心がお分かりになったのですね。」
「ごめんね。」とキュラスは謝った。
「いいえ。同じ立場の女性として、キュラス様がジーナ様を可愛そうな人だと誤解されたままにならなくて良かったと思います。」
それからディナさんは私に向かい合った。手紙の話はディナさんの創作だ。それにしてはディナさんの様子がとても演技には見えなかった。
「えいこ様、私には好いている方がおります。けれどその方は私にとってとても大事で大好きな女性の事を想われていると気がついたのです。だから、私は手紙でお2人を取り持とうとしていました。」
それって。
「ジーナ様は決して悲しくありませんでした。惨めでもありませんでした。好きな方が好きな方と寄り添う姿を見て、きっと幸せで満足だったのです。だから、そのお子様であるキュラス様を本当に愛されていたのだと、私には分かります。」
ディナさんが晴れ晴れとした顔で、私が泣きそうだ。ディナさんの心は綺麗すぎる。
ディナさん、やっぱり私、周りが見えてないね。
何とか『難しい恋愛をしている彼女を励ます』ように、彼女を抱きしめた。ディナさんのいつもの百合の香りがする。
「私はディナさんが好きだよ。」
苦笑してディナさんが抱き返した。
「ありがとうございます。私は辛くないので、えいこ様は泣かなくても良いのですよ?私は優しい主人に恵まれて幸せですから。」
みんな、知ってたんだろう。ディナさんが大地君を好きなのを。ディナさんは大地君がこちらに来た時に監視役として大地君付きメイドをしていた。
シャルさんは私とウランさんをくっつけようとしながら、ディナさんと大地君もくっつけようとしていたし、今ならウランさんは逆に大地君とディナさんを離そうとして、ジェード君を当て馬にしようとしていたのだと分かる。
そうだ、ディナさんは初めは大地君の私へのスキンシップを止めていたけれど、三人で出かけたあたりからむしろくっつけようとしていたし、あの時大地君が私を好きなのを知っているような事だって言っていた。
ああああぁあぁぁー!
大地君のバカアホ間抜け。私みたいな平凡腹黒じゃなくて、惚れるならディナさんでしょーが!




