表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大団円エンディングの作り方  作者: 吉瀬
第5章 水星の章
81/146

81 あの日の出来事

僕の初恋は父親の愛人だった。ジーナは物心つく頃には自分の側にいて、母を助ける優しくて可愛らしい人だった。皆は自分を王太子と平伏するか子供扱いするけど、ジーナだけは大人の男の人扱いしてくれた。

母親は外では奔放で明るく優秀で快活だが、精神的には不安定で時々僕は逃げるようにジーナのところへ行き、ある時は母親を助けてもらい、ある時は安らぎを得た。

ジーナと父親がそういう仲であると気づける年になった頃には既にドランは生まれていた。ジーナの一番が自分ではない事に腹を立てた事もあったけれど、ジーナはドランより自分を優先してくれたし、邪魔な父親は何故か母親といる事が増えたし、僕を尊敬してくれる弟も可愛く思えた。

キュラスが産まれた。母親が亡くなった。亡くなる前には、ユニークな母親の事はそれなりに好きだったし、ジーナの影響もあって尊敬もするようになっていた。だから、悲しかった。でも、それよりジーナが酷く哀しむ姿に寄り添って、自分がジーナに恋心を抱いている事に驚いた。

王妃に着いた彼女は今度は全てにキュラスを優先した。僕は遅い赤ちゃん返りのような嫉妬もしたけれど、ジーナからの愛情はキチンと感じていた。可愛い弟達に大好きなジーナ。幸せだった。

キュラスは夜泣きが長くて、ちゃんと自分一人で寝られるようになったのは4歳くらいになってからだった。それから、ジーナが良く体調を崩すようになった。キュラスを心配しながら、間もなく彼女も旅立った。

自分の想いも告げられず、彼女を失って心に穴が空いた。それでも外では王太子として振る舞えた。それが母親譲りであると知ったのは、成人した時であった。自分は父親の子では無かった。王妃として外では威厳を保つ母があれほど不安定だったのは、最愛の人を失ったからであった。

母ともっと話をして入れば良かった。それから、ワタオの息子として愛してくれたジーナに申し訳なく思った。彼女は知っていたのだろうか?ゾイやアニーに聞けば分かるかもしれないが、聞く勇気はなかった。

皆がワタオの、王の息子として期待する。だから、そう振る舞う。ワタオの息子としてのアイデンティティーを保った。何より、弟達は自分をどう思うだろう?王の子でない自分を兄と認めてくれないかもしれない。ジーナの息子とジーナが大切にしたキュラスにがっかりされたく無かった。

ドランは段々と伝統を重んじる彼女に似てくる。そして、ある日彼女が自分の出自を知っていたのだと気がついた。だから、本当の王太子であるキュラスをあれほど大切にしたのだ。自分のなすべき事は、平穏無事にキュラスへ玉座を繋ぐ事だったのだ。



兄上は何を考えておいでだろう?直系王族の血と絶えぬ一族の血の祝福を受けている兄上が、あえて王の顔色を伺い、せっかくの才能を無駄にしている。何より、ずっと無理をしているのに皆が気づかないとでも思っているのか?

昔から偉大な兄を尊敬している。自分が規範の外の子である事には恥を感じるが、この新しい王の側で支えられる位置に生まれた事は感謝しか感じない。それ程までに素晴らしい能力を持つのが兄上だった。圧倒的なカリスマ性に柔軟な思考、何より勢いがあり希望を感じられるその存在。滅びの時を前に、滅びを回避できうる存在だ。なのに!

兄上には遠く及ばないけれど、兄上が興味のある事、当然したいと思っている政策を提案した。世の中が貴方を待っているというメッセージとはならないか?何故自分は兄上と同じ両親の下に生まれなかったのか。そうすれば、兄上の苦悩を共有できたのに。何故母上は王妃になってしまったのだろう?庶子ならば兄上に忠誠を誓えたのに。

兄上にとって王太子という立場は重いのであろうか?自由な翼を縛るようなものなのか?兄上が自分の望む政策を却下しなければならない苦痛など、考えもしなかった。

王に就かれたら、全てを知っている事を告げて忠誠を誓わせてもらおう。それまでは裏で守れば良いだけの事。慎み深く、ワタオの血統に拘られるならキュラス様が次の王太子に就けば問題なかろう。兄上ならば、この苦難を超える事は出来る。

兄上とキュラス様がいれば、光の国はきっと救われる。




「クリウス兄様が、ドリュー様の?」

あの日が起きる前の人間関係を説明して、キュラスは動揺していた。ドランがクリウスをあの日まで心酔していたという私の言葉にアニーさんは微かに頷き、ゾイ将軍は憮然としていた。

「しかし、それではあの日兄弟に諍いが起きた理由がありませんな。」


当然の主張だ。けれど、諍いは起きた。

「あの日の前に何が起きたか、将軍は覚えていらっしゃいますか?」

「あの日の前?特に、闇の国へキュラス様が出立されたくらいしか。」

「そうです。キュラス様が闇の国に来たのは何故でしたか?」

「魔女のお披露目だろう。」

「来訪者の確認をするのも目的の一つでした。」

カナトが答えた。

「そうです。それから多分、魔力と聖力が一度不安定に増加した事を調べるべきだという声が上がったはずです。」

「それは、確かにドラン様が。」

眉間に力を入れて遠くを見るようにしながら、将軍が呟いた。


「将来への危機感を募らせていたドラン様は来る時のための武器を集めていました。そして、急な力の不安定化が起きて、聖獣の凶暴化、破壊神の出現、民の暴徒化の何が起きても大丈夫なように武器を城に運びました。本来なら許可を得るべきものですが通らないと思ったのか時間が無いと思ったのか、それは秘密裏に準備されました。」


将軍は何か思い出したような表情になった。何かそういう会話があったのを思い出したのかもしれない。

「しかし、クリウス様はそれを知りました。そして、万一を考えてキュラス様を闇の国へ逃がしたのです。王座を狙っているなら自分が譲れば良い。けれど陛下を狙っているなら戦闘になる可能性があります。クリウス様にとって、一番守るべきはキュラス様でした。そして、それはドラン様にとっても同じでした。」


キュラスは声を出さないでいる。いや、みんな声が出ない。私が言葉を切ると静寂が神殿に響く。


「ドラン様はキュラス様が人質にされた時のために、城に置いていた武器の整備をしました。そこに、王太子の座を譲るつもりのクリウス様が交渉に行ったのです。ドラン様はキュラス様を闇の国に送った事が許せず、怒りを抱いていた。しかも兄はまだ王太子の座を譲るとか寝ぼけた事を言っている。そして、『何故、キュラスを闇の国に送った』と詰め寄ったのでしょう。ドラン様は自分の身がどうなろうとクリウス様の目を見て覚まさせたかった。厳罰を受ける覚悟で威嚇の魔法を撃ちました。」


周りの反応は無いけれど、否の声が無いから続ける。

「けれど、クリウス様にはそれを誤解された。キュラス様をも手にかけようとしたドラン様が、キュラス様を逃した事に怒っているのだと考えて、ドラン様が攻撃して来たと思ったのです。そして、ドラン様を打ちました。殺す気は無かったと思います。けれど、ドラン様が防御をしませんでした。」


「何故?」

キュラスだけ、問う。アニーさんは涙を滲ませていた。将軍の口は引きむすんだままだ。この二人には分かったのだろう。


「自分を殺める事でクリウス様の目が覚めるなら本望だったからです。」

本当は絶望したのかもしれないけれど。


「死を覚悟して、ドラン様はクリウス様に出自について告白しました。ドラン様はクリウス様が正しく王になるべきである事とこの件は自分が反逆者であるとして片付けて欲しいと、クリウス様に願ったのでしょう。だから、忠誠を誓った物が側に二人もいながら、ドラン様を守る事も回復魔法をかける事もせず、仇討も逃げる事も外で証言する事もなく自死したのです。私には忠誠の証で自死までさせる事が出来るのか分からないのですが、もし出来ないならそれ程までに忠誠心が強く、そしてドラン様を理解した者だったのでしょう。事前に何かあった時として決められていたことかもしれません。」


将軍は彼らを知っていたのだろう、また眉間に力が入った。


「我が君、しかしそれでは何故ドラン様はクリウス様を?」


あっさりとした反応でカナトが聞いた。この人この話聞いて何か他に感じないのかな?


「私には器がありません。」

「はい。」

カナトは律儀な返事をした。

「けれど、私でも契約を結んだ事があります。」

「え?」

この声を発したのはヒノトだった。こっちの人も結構冷静っぽい。


「魔法へのマーキングはその身体を魔法が通る事でなされるようです。既にクリウス様の精神は限界でした。自分が如何に狭い視野であったか、どれほど大切な人を殺してしまったのかを受け止める事が出来ませんでした。もしかしたら、ドラン様の従者もそのタイミングで自死したのかもしれません。そして、三人の亡骸に囲まれて、クリウス様は既に生き絶えたドラン様の手を通して魔法を放ち、自らの命を絶ちました。」


クリウスはドランに罰して欲しかったのかもれないし、ただ手を握ったまま魔法で自害して偶然そうなっただけかもしれない。それは、分からなかった。


息を吸ってもう一度言う。

「クリウス様はドラン様の告白を聞いて衝動的に自死されたのです。けれど、集中力が無くて即死には至りませんでした。朦朧とする意識の中で、最後に思ったのは遺してしまうキュラス様の事だったのでしょう。だから、彼は言葉を遺す為に地下から出てきたのです。」


誰も声を発しない。この話は終わりだけれど、一応蛇足。

「私の話は推測を出ません。証拠もありません。それに、もしこれが実際に起きていたのならドラン様は公になる事は願わないでしょう。だからこそ、クリウス様は真相を話さずに逝かれたのだと思います。」


ドランが自分を反逆者にして欲しいと懇願したから、最後の願いを裏切れずクリウスはそれを話せなかったのだと私は思う。


キュラスは一度目を閉じて、それから開いた。

「なるほど、ね。確かにそれなら従者が自死した理由がつくし、兄様達の事も違和感が無いよ。皆もそうじゃない?」


誰も何も言わなかったけれど、否定する表情では無かった。


「調べてくれてありがとう。そらから、もう一つの方も今聞いてもいい?」

「休憩を取らなくてもよろしいのですか?」

ヒノトが気遣った。

「いいよ。もう一つも気になるし。」


キュラスは軽くて手を挙げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ