79 エーレクトロン
聞けとアドバイスをもらったはいいけれど、簡単には捕まらないという、これぞマーフィーの法則。どうでもいい時には遭遇するのにね。焦ってもしかたないからとりあえず模型作りに来ました。
優秀なカナト一味は素材からこだわってそこにあの部屋を作り上げていった。2メートル四方になるように縮尺を計算してくれたらしい。天井も取り外せるし、飾り棚やドレッサーも凝っている。というか、
「直接見てないのに、家具の模様まで分かるのは何故なの?」
「図書室の年代記から可能な限り納入記録を遡りました。」
にこにこしているカナトは褒めて褒めてーって顔に書いてある。
「まさかここまでしてくれるなんて、ありがとう。お願いして正解だったね。」
「お褒めに預かり恐悦至極にございます。」
恍惚とした表情で喜ばれた。そんなに喜ばないでください。
「しかし、大変申し訳ありませんが、どうしても集められない素材がありました。」
今!アホ毛が!しゅんってさがった!あれ尻尾か!
「この琥珀という物がどうしても見つけることができませんでした。」
やはり琥珀は貴重品なのだろう。仕方ないから代用品が必要だ。
「琥珀に魔法的に似た材質って何か分かる?」
アホ毛ペシャンコになるの巻。
「大変申し訳おりません。そもそも琥珀とはどの様なものでしょうか?」
あれ?
「飴色の宝石なのだけど…もしかして、こちらでは違う呼び名なのかも。」
あの部屋に使われていたのだから、存在していないわけでは無いはずだ。
「飴色の宝石…エーレクトロン、もしくは亀の甲羅から作られる装飾品も飴色ですが。」
亀の甲羅は多分鼈甲。すごーく昔見た、雑学クイズ番組に想いを馳せる。
「おそらくエーレクトロンだね。樹液の化石で可燃性。後、熱で溶けるはず。」
カナト一味の動きが止まった。
「樹液の、化石?エーレクトロンは樹液の化石なのですか?」
そうか、樹液の化石って知識が無いと分からないよね。
白い人の1人が琥珀を持ってきた。どうやら模型の材料になり得る物は一揃え用意はしてあったらしい。
「物性は我が君の仰った通りです。こちらが、琥珀でよろしいですか?」
「うん、こちらではエーレクトロンって言うんだね。」
あちらでもそう呼ばれていた時代はある。
「我が君、この石はとても凄い秘密があるのです。」
凄く真剣な顔で、カナトが薄い布で琥珀を擦り始めた。案の定、布は琥珀にくっついた。
「信じられますか?魔法を一切使わずに布が吸い寄せられるのです。」
「そんな!なんで?!」
琥珀を感知したのだろう、マリちゃんも大変驚いて叫んだ。
「えっと、静電気だね。私の世界は魔法が無いからこの力を使って灯りをとったり通信したりしてるんだよ。」
アクリルの毛糸やら下敷きがある、あちらの世界ではお馴染みの静電気。こちらでは謎パワーでした。
カナトもマリちゃんも絶句した。今私、この世界の電気科学の扉をノックしたかも知れない。私に技術がないから開けられないけど。磁石とコイルと竹ひごで発光させたら、エジソンだかファラデーだかになれるんじゃなかろか。
「こちらでは魔法があるし、魔法の方が使い勝手良いよ。魔法みたいにみんなが使いこなせるわけじゃないし。」
そう言いながら、世界分離エンド後のチート大地くんは磁石とコイルの先までやるんだろうな、と想像してしまった。
琥珀、もといエーレクトロンはやはり貴重品であり、また感知で分析出来ない謎の力を秘めているためスピリチュアル的な宝石として人気があるそうだ。一通りの魔法学的な検査はされたけれど、特に魔法的な特性はない。だから、ただの鉱物として扱われていた。しかし樹液である事は魔法学的にはとても意味がある事だった。もう、これが当たりだとしか思えない。カナトとマリちゃんと三人で仮定を立てる。
それからカナトを連れて厨房に行き、実験検体を貰う。ガラス繊維の袋に詰めて、準備完了。後は結果を待つばかり。
神殿からの帰り道、青い顔のゾイ将軍を捕まえた。なんてデジャヴ。今度はジェード君からの手紙を持っていた。最近は丁寧に扱われている。もちろん開封済みで検閲済みだけど。
「…将軍ってもしかしてディナさんが好きなんですか?」
手紙を受け取りつつ聞いてみた。人の恋愛でここまで気に病むおじさんてあんまりいないだろう。どうしよう。辞める理由がディナさんへの横恋慕とかだったら。
「そ、そんな訳なかろう!不毛な恋など二度とすまいと決めておるわ!」
「二度と?」
「あ。」
本当に将軍職ついてて大丈夫ですか?
「失礼いたしました。アニーさんから職を辞されると聞きましたので、もしやと思ったもので。」
「アニーが?」
「はい。少し伺いたい事があるのですが、お時間いただけるでしょうか?」
「しからば、拙者の執務室までご足労願おう。」
三度城の中枢へ。ゾイ将軍の執務室って陛下の執務室の近くですよね。私の行動範囲の制限、誰も守ってないですね。お陰様で城マップだいぶ埋まるよ。
部屋では椅子に座るよう促されたので、遠慮無く座った。将軍は意外と落ち着いていて、彼も椅子に座った。
「例の訓練はすでに結果を出し始めておる。正式に受けた後は滞りなく実施されるように手配するゆえ、拙者が退いたとしても心配には及びませぬ。」
「それは心配しておりません。将軍を信頼しているからこそ、あれをお見せ致しました。それに、将軍をお辞めになることに確かに興味はありますが今日伺ったのは別の用件なのです。アニーさんから何か聞いてらっしゃいますか?」
「何も聞いておらぬ。」
答えた将軍は特に嘘をついているようには見えない。彼は典型的な男性脳だ。戦いでは本能で体が動くけれど、会話では察するのは苦手そう。論理的な説明があれば話を聞くことは意外と難しくはなさそう。
「キュラス様から、あの日ドラン様とクリウス様に何が起きたかを調べるよう仰せつかっております。」
将軍の目が少し見開かれた。
「公式記録は確かに不自然な点があります。矛盾点を洗うために、図書室の記録を調べましたがジーナ様に関するものはほとんどありませんでした。」
「もしや、アニーが、私に聞け、と?」
「ジーナ様とドラン様についてはゾイ将軍の話を聞いて欲しい、と。」
将軍は机に手を組み額をのせた。覚悟が決まらないのかもしれない。
「クリウス様はキュラス様に、自分のような過ちを犯さないようにとの言葉を遺されました。キュラス様はどのような過ちか知る必要がある、と。ジーナ様とドラン様について教えて頂けませんか?」
「…死して墓場まで持っていくべきような恥ずべき話しかない。それでも、儂は話すべきであろうか?」
「私にはどのような話か分かりませんので、その問いにはお答えいたひかねます。ただ、その恥は最後の言葉の真意がキュラス様に伝わらない罪と比べてみてなお、隠すべきものなのでしょうか?」
ゾイ将軍は顔を上げた。
「罪を隠すために、新たな罪を作る訳には行きますまい。」
彼の覚悟は決まった。
「初めに申しておこう。ドラン様がクリウス様を亡き者に、と考えられたのは間違いなく拙者に責任がある。」
そう宣言したけれど、ゾイ将軍の目は罪に怯える咎人というより正しく確信犯のようだった。
なぜと問う必要も無く、将軍は私の視線に頷いた。
「えいこ殿はクリウス様の出自をご存知か?」
「クリウス様の本当のお父様は陛下の兄君だったと…。」
「うむ、メルク様とドリュー様の御子である。クリウス様にはそれを成人になられた際に伝えられたそうだ。しかし、それでクリウス様は後継の正統さに自信を無くされたのであろう。元々の自他共に厳しい方であったが、成人後は穏やかな陛下と同じような言動をとるようになられた。我等臣下から見ても無理をして陛下の真似をされていたように思う。ドラン様は敬愛されていたクリウス様の変化にそれはそれはショックを受けておられた。…ジーナ様が亡くなられて間もなかったのもあろうが。」
将軍は立ち上がり、窓の外を見た。私は彼の背中を見つめた。
「ジーナ様が亡くなる時、ジーナ様は周りの者に幼いキュラス様をお頼みなさった。まだ10歳になられたばかりのドラン様にさえ、キュラス様を護るよう仰っていた。しかし、儂にはドラン様を気にかけるよう仰ったのだ。儂が陛下に仕えるように、ドラン様がクリウス様やキュラス様に仕えるだろうから先立ちとなり導くように、と。」
「ドラン様にクリウス様が変わられた理由をお話しになったのですね。」
「ドリュー様が皇太子であった事もお伝えし、正統性が損なわれていない事もお話しした。ドラン様もその時は、クリウス様が陛下を真似る必要はない、クリウス様が正統な皇太子であるのに変わりはないと仰っていた。しかし、ドラン様がそれを知っていると知らせずに、クリウス様の正統性を支持するすべは無かった。ドラン様はより勉学に励み、早くから第二王子として仕事をされて実績を積み、そして以前のクリウス様が提案されそうな事業を提案されたりなさった。クリウス様に以前のクリウス様が求められているのだと伝えたい一心であった。」
声に時々力が入る。けれど、空を見上げている将軍の顔を窺い知ることはできなかった。
「けれど、それは成功しなかった。提案は陛下と同じようにクリウス様にもあしらわれ、それでもと詰め寄るとクリウス様はドラン様に王太子の座を譲ろうかと仰った。ドラン様は口数の多い方では無いが、儂にはそれなりに話されていた。けれど、この時ばかりは一人で部屋に籠られた。ひどく侮られたと、思われたのだろう。ドラン様は一度も王太子も玉座も望まれた事は無く、万一があれば次代の王太子にはキュラス様をと考えられていた方なのだ。それほどの思いが裏切られた時の事まで考えが及ばなかった、儂に非があった。」
「武器は、その後から集め始められたのでしょうか?」
「この春からだ。名目は今後攻撃化する聖獣の増加に効率的な武器を選定するため、であった。以前は整備もされず聖獣対策部門の武器庫にあったのだが…ドラン様はその本部長をされておった。前々から計画されていたのであろう。あの日、腕の立つ武官何人かは闇の国にいて、警備は手薄であったのは間違いない。」
なるほど、と思った。将軍の話は私が考えていた全容と出来事は合致する。相変わらず、証拠は無いけれど。
「ジーナ様の事もお伺いしてもよろしいですか?」
将軍はようやくこちらを向いた。
「ジーナ様は清廉で繊細な、けれど芯の強い女性であった。儚げな方で男なら誰もが彼女を守りたくなるようなそんな人だ。」
それは先程までと違って温かみを感じる声だった。温かいけれど、少し懐かしげな。サンサンがひなたさんを語った時と似ているけど、少しだけ違う響き。
「それは、クリウス様もですか?」
「うむ、そうであったと確信している。しかし、それに気づいた者は儂や陛下だけだったかもしれん。」
それはもしかして将軍も同類という事?不毛な恋とはこのこと?
「そんな目で見ないで欲しい。主君の妻に懸想していたなど、あってはならぬことは承知しておる。」
「そうなのですか?あちらでは宮廷風恋愛という文化があるので、騎士道のうちだと感じますけれど。」
「騎士道のうちですと?」
「はい、もちろん配偶者のある人と恋愛関係になるのは不倫、不道徳として禁じられていますが、主君の妻に対する騎士の精神的な恋愛感情と献身は、騎士自身が自らに試練を課し、困難を乗り越えて精神を高めていく事だとされています。」
「左様であるか。」
嘘では無い。かなり昔の考え方だけれど。
「しかし、こちらではそうはいくまい。アニーは気づいていたのだろうか。」
「聞いてみたらどうですか?」
「また、可笑しなことを。」
アニーさんが将軍にジーナとドランについて聞けと言ったのは、確かに将軍の罪悪感や恋心に気づいていたからだろうし、けれど彼女は誰にも何も言わなかった。
「だってアニーさんは今生きている方ですから聞けますよ。」
「聞いて何になる。」
「知りたいから聞くのです。」
「なぜ知りたいの、と、問われたら答えられぬ。」
「そのまま仰れば良いのでは?なぜかは分からないけれど知りたかったから、と。将軍、人と人の関係は話し合わないと分からないものですよ。馴染みだからと解り合えるものではありません。けれど、アニーさんを信頼しているなら話してみてください。彼女は『待ち』の人ですから。」
そうだな、と答えて彼はまた窓の外を見た。




