76 β版ですけどね
その後、なんでか知らないけれど毎日午後にキュラスの部屋でキュラスとヒノトと三人でお茶をしている。キュラスと昼食が別になった日も、である。
一応名目としては、『世界が滅ばないんだったら王太子として異世界の政治や文化を知ることは有益だと思わない?』という事らしいので、もっぱら私が向こうの世界を語る訳です。正しく政治経済の知識って秋穂のものですけど。四半世紀以上前の記憶ですけど。なので、キュラスが興味あることについて私の知る範囲の常識を話す。これ、本とかにまとめられちゃうと後から来た来訪者も見るかもしれないのですよね。あんまり高尚な事には触れないでおきましょう。こんな事言ってる、ぷーくすくすって笑われるミスを残しかねない。
ヒノトが思った以上に興味を持ってくれたので毎回話は弾むのだけれど、にこやかなキュラスは多分絶対まだ王妃へのスカウト諦めて無さそうだ。恋とか愛とかじゃ無くて『こいつ相方だと楽そうだなぁ』って目が言ってる。ぶるぶる。
話は変わって、今朝待っていたものが届いた。
どうやら物語は一つの転換期を迎えたようだ。もちろん、ディナさんの手紙の話である。こちらからの報告が無くても、最低週一以上の手紙のやり取りをディナさんは続けてくれていた。年若く純粋な恋慕を抱いていたディナさんの、素敵なお兄様であるジェード君への、そのアプローチは以前から手紙の回を重ねる毎に減っていっていたのだけど、ここに来て完全に無くなっている。代わりに話題を占めるのがディナさんの同僚シャルさんについて。
ジェード君からの手紙にもちょくちょく名前は上がっていたのだけれど、最近ディナさんからシャルさん宛に手紙も出されている。まさか、この物語に関係あるとは思って無かったから、シャルさん宛の手紙は私はノーチェックだ。よく考えれば敢えてシャルさんに出す必要なんか無いのは分かってたのにね。いや、でも、私信っぽいのを『それ見せて』とは言えないわ。今更教えてって言うのも、なんか、ねぇ。
ジェード君とディナさんの手紙から察するに、ジェード君とディナさんとシャルさんは幼馴染かなんかで三人共仲が良い設定のようだ。シャルさんに最近何かあったらしく、直接会いにいけないディナさんがジェード君にシャルさんを頼んでいる。ジェード君もシャルさんを心配しているが、当のシャルさんはジェード君に少し距離を置いているような?で、ディナさんからジェード君にアドバイスが送られている。
解せぬ。これじゃあ、最悪ジェード君とシャルさんがくっついたりしないかい?そこは幼馴染だから大丈夫なの?最近知った某国での三角関係を彷彿とするんですけど。ディナさんは知らないよね。かと言って今から教えても実は遅かったりする。何故なら既にすっかりハマっている読者がいるから。
その読者は、よりにもよってディナさんに自分の部下を恋人にと薦めたらしい。ディナさんから報告を受けた時、流石に軽く目眩がした。
今日も今日とて、くだんの読者が顔色悪くフラフラしていたので捕まえる。
「ゾイ将軍。少し宜しいですか?」
「おお、えいこ殿!」
将軍は私が呼び止めたのに、一方的にまくし立てた。曰く、ディナさんにぴったりの誠実イケメンを紹介したのに取りつく島もない。このままではディナさんが不幸になってしまう云々。
「将軍。手紙、ご覧になっているのですね?検閲のために目を通されるのは結構ですが、それを話題に出される事はおやめください。本来は貴方が知るところの事ではありません。」
ピシャッと冷たく言うと、ええ歳の男がもごもごと言い訳した。
「いや、しかし、えいこ殿も手紙を読んでおられるのであろう?でしたら、あのような、、」
「私は見ていません。」
「え?」
「初めは目を通しておりましたが、内容が個人的かつディナさんも書いてはいけない事を充分弁えてると分かりましたので読んでいません。」
嘘です。本当は読んでます。でも、シャルさんとの手紙は読んでません。
「そう、なのですな。。」
ちょっと小さくなったゾイ将軍に本題を誘導する。
「私は読んでいませんが、将軍はディナさんの事を心配されて良かれと思ってされてるんですよね?私としてもディナさんが不幸せなのは本望ではありません。けれど、手紙の内容を知っている素ぶりはなさらないようお願いいたします。」
「いや、儂も一応『ディナ殿に憧れを抱いておる者がいるのだが』としたぞ。嘘でも無いしな。」
くだけると一人称は儂らしい。
「それでしたら難しいでしょう。ディナさんよりお強い方でディナさんと歳近い方はいらっしゃないと思うのですが。」
だってディナさん、ウランさんより年上だし。聖人って寿命100位?ただの人間よりは長かったけど、相手は傘寿超えじゃなかろう。
「確かに若輩者であるし、本来のディナ殿には遠く及ばぬ者ばかり、か。うむぅ。やはり漢は強くなければ?」
「彼女より何か自信を持っていられるものが無いのに、卑屈にならず横に並べるほど図太い神経の方なのですか?因みに礼儀作法に家事全て完璧、加えてあの容姿、ついでに頭脳も明晰ですよ?彼女。」
時々天然マシマシになるけど。
ゾイ将軍の顔に困った、と書いてあった。そこでおもむろに大地君からの書類を取り出す。
「宜しければ、こちらをお使いください。」
あの日サタナさんから渡された、大地君がまとめたタイプ別能力強化法β版だ。
「これは、もしやあちらの国での、、、訓練法?」
ゾイ将軍が白くなったり赤くなったりしている。どやされる前に説明だ。
「これはあちらの国で使われている最新の魔力の訓練法ですが、こちらでも使っていただくよう預かってきたものです。信頼の置けそうな方に、と。」
「そんな、このようなものは手順を踏んで正式にお受けすべきもので、このように扱って良いはずがありませんぞ!」
「特使を派遣して、正式にお渡しするまでにも手順が必要です!けれど、世界に力が満ちて魔獣聖獣が牙を剥くまで時間がありません。これはあちらで最適化された訓練法です。こちらでも通用するかは分からない。それに、コレ自体が罠の可能性も精査してからでないと使えないでしょう?闇の国の王は、だから信頼できる相手にと言われました。将軍なら判断する事も、実行する事も出来ませんか?」
光の国の軍のトップは国家機密級であるこの情報を軽んじている扱いに怒りを感じている。かと言って正式な長ーい手続きをしたところで、頑固な彼は取り入れるどころか一顧だにしないだろう。直接やりあったら人の話は聞ける人なのに。
「しかし、やはりこれは受け取れぬ。」
しばらく無言で書類を眺めていたが、パサリと閉じられ、丁寧に返されてしまった。ダメか。
「正式に特使は出して頂きたい。拙者が今えいこ殿が『雑談として話した訓練法』は一部試して実績は作って置くゆえ、届けられた訓練法はすぐに運用されるだろう。」
それって。
「そちらの国には手間を掛けさせて済まぬが、その方法が一番早いでな。それと、こう見えて5センチほどの厚さの紙切れは記憶することが出来る特技もある。…闇の国の王の懐の深さには感嘆した。」
「ありがとうございます。」
とりあえずこれで、こちらの国のレベルアップも目処が立ったようだ。
大地君の手紙には、見所のある人を訓練でレベルアップさせて欲しいとあった。国と国を分けるために強い人が一人は必要だからだ。でも、私は破壊神を呼び覚ますつもりだ。破壊神を倒すのにも、民を一人でも死なせないためにも、使える人はもっと必要。カナトは私を女神と呼ぶけど、私がしようとしている事で何人死ぬのか。私はは紛うことなき悪の精霊だ。




