70 意味がわからない
そんなこんなで図書室通いとマナー習得に勤しんでます。
ソシアルダンスの時も思ったけれど、ディナさんは先生に回ったら容赦無い。ありがたいけど、容赦無い。愛の鞭バシバシでなんだか違う方向に目覚めそうになった。でも教えるのも上手なのも確か。
そのディナさんによると、私達のせいでメイドさん達は現在二つの勢力に分かれているそうだ。『キュラス様に悪い虫が付いてご立腹派』と、『キュラス様を信じなさい派』。と言っても、後者も『キュラス様はお考えがあってあんなのを側に置いているんだ分派』と『そもそもプロのメイドたるもの主命には忠実に。分派』に分かれていて、とどのつまり私が認められているわけでは無いけれど。
ディナさんはその完璧なメイドスキルと素晴らしい品性からプロメイド派には歓迎されているらしい。今後魔女をもてなしたり、闇の国と協力する際に必要な知識を持っているわけだから、とディナさんは謙遜するけれど、良い職人の技は盗むべしって人も居るだろうな。魔人と聖人では寿命が違うから、見た目と比べるとメイド歴自体はかなり長いから当然と言えば当然かもしれない。
食事についてはディナさんも気がついているようだけれど、私が何も言わないので放置してくれている。ご立腹分派の人達を刺激するのは得策じゃ無いし、あんなので多少発散してもらえるなら今のところそれで良し。
ちょっと気になる事もあるけれど、ディナさんに無理のない範囲で動いてもらいつつもサタナさんからの荷が届くまではこのままで行く。ディナさんがいない時間帯を見計らって、お手紙がドアの隙間から投函されるようにもなったけど、痛くも痒くもなんとも無いもーん。ブスだなんて知っとるわ!
問題は図書室の国の制度と歴史の本だ。ガン室長とヒンさんから最初の一冊を選んでもらって読んだ、んだけどハテナが飛びまくる。国の興りから先先代の王、つまり前の聖女辺りまではまだ分かった。
光の国では荒廃した大地に光の国を興してから身内での揉め事はあったけれど、王家は変わっていない。
光の国は今の王の血筋が絶えぬ一族の助言の下建国された。絶えぬ一族は国を治める権利と義務を王に委任して、自らは神官という職に就いた。いつか来るはずの女神様専任の役職らしいけれど、結局聖女や魔女を含む来訪者関連の仕事と冠婚葬祭、遺跡の管理と諸々の教化のための神殿やら教会やらの管理等々をしている。絶えぬ一族の長はさらりと国王並みに偉かった。実務で移動しまくるから国民との距離は近そうだけど。
闇の国では神殿=魔女が降りるところ、教会=神殿と伝承の管理、くらいの簡素さだったけど寿命が伸びると宗教への欲求が減るのかな?
国の継嗣は絶えぬ一族の直系女子がいればそこから娶り、いなければ自らの一族の傍系から娶り、さらにいなければ絶えぬ一族の傍系から娶るという慣習だった。そして王妃は一人で、王妃が認めれば公妾オッケーだった。公妾の子供は基本的に王位を継承した事は無く、慣習としても継承権は無いとされる。
ここまで読むと、いきなり意味が分からなくなる。これだと今回クーデターを目論んだドランに継承権は無いという事だ。王太子を亡き者にしてもキュラスもいるし。でも、ドランは腹違いの第二王子だとキュラスから聞いている。私の記憶でも継承権争いで殺し合いだったはずだ。おかしい。
なのに、それに関する資料が見つからない。無いわけじゃ無いけれど、色々言及しないかのような、もやぁっとした記述ばかりだ。後世の人が読んだら、普通に王妃が産んだ三兄弟にしか読めない。
わざわざそう書いてあるという事は、多分知っていそうな人、ゾイ将軍や、ガン室長でも聞いても教えてもらえないだろう。隠してしまいたい何かがあるはずだ。キュラスはどこまで知っている?自分が生まれる前の出来事がほとんどだし、成人前の王子に将来消したい事実はどこまで知らされるているのかな?それらしい嘘が混ぜられていたら、判別がつかない。彼だけの証言を信じるのは危ない。
図書館目録や雑誌類に目を通したけど、良い案は浮かばなかった。
サタナさんに、調べてもらうしか無いか。ゴシップ誌は為政者の隠し事に敏感だろう。昔の雑誌や当時の事を知る人に聞けば分かるかもしれない。ほんと情けない。中央の近くにいるのに、役立たず。
自嘲気味にため息を吐いて読んでいた本を戻す。最後の一冊を戻そうと脚立に上ろうとした時、後ろから「失礼いたします。」の声と共に本が空中に舞った。魔法で本を戻すと痛むらしいので、なんてマナー違反なんだと振り返ったら、本は魔法でなくて人の手によって戻されていた。
「カナト様。」
「何かお困りのようですが、私ではお力にはなりませんか?」
美形が手を胸に置いて微笑むと絵になる。。。って、違う。
もしかしてカナトなら、聞けば教えてくれるだろうか?
「伺いたい事があるのですが、その、内密に。」
「承知致しました。では、神殿の方へお連れしましょう。」
ぱあああぁっ。て効果音がつきそうな笑顔になった。
いやいやいやいや、そんな大喜びですってお面付けて歩かれては困る。あなた神官一族のお世継ぎでしょうが。
「あの、出来れば自然に!自然に連れ出して頂けませんか?」
「心得ております。」
ホントがどうか疑わしかったけれど、るんるんとか、尻尾パタパタとか聞こえそうな足取りは階段を降りると同時に消えた。
「室長。教本を一部借りて行く。」
カナトは淡々とした声で事務所に声をかけた。
「カナト様!お知らせいただき恐縮にございます!」
ガン室長は腰が90度に曲がっている。これぞ最敬礼という美しさ。
「…殿下に侍るにあたり、最低限の神への礼儀は弁えてもらいたい。えいこと言ったか?神殿にて神の慈悲の雫に触れよ。ついて参れ。」
室長を無視して、出て行くカナトを追いかける。
カナト!やるね!
でも、私女神じゃ無いのよね。先に話を聞き出して、後からバレると八つ裂きか。先に誤解を解いたら話してくれなくなりそうだし。
ん?そもそもどうやって誤解を解くの?感知してもらう以外には…
神殿はゲームで見たイメージよりも神々しい場所だった。人払いをしてありますのでお寛ぎください、とか言われても無理だ。そこに、雰囲気を壊さない程度に豪華なカウチがあってどうぞと座るように勧められる。いや、どう見ても女神様用でしょう。祭壇ぽいよ?
「あの、誠に申し訳ないのですが、私女神様では無いのです。」
誤解を解くのが先決になりました。女神様用に触れてから違いましたはダメ、絶対。命大事。
「今はまだ覚醒前なのでしょう。時が来れば自覚なされるはずです。」
なんて頑なな男だ。違うったら違うの。
「そもそも何故私を女神様だと思われたのですか?」
「…聖女も魔女も圧倒的な器を持っております。来訪者が聖女でなく、魔女でもなければ女神様に違いまりません。」
穏やかにけれどきっぱりとカナトは言い切った。
「私の器が発展途上だとは思われないと?」
「あなた様に、器はありません。」
あれれ?
「えいこ様には器がございません。来訪者でありながら聖女でも魔女でも無いのです。だから、貴女様が女神様だと確信しております。」
確信されても、女神になり得るのは月子ちゃんだけだ。困った。
「女神は、女神になり得る聖女はいるよ。まだこの世界に来てないけど。私はその人の手伝いのためにいるだけだよ。」
女神にさせないようにって話は事態を余計にややこしくするから省略。
「でしたら、その方がいらっしゃるまで女神様の代理人をなさるのですね?私が女神様としてお仕えしても問題はございますまい。」
引かないらしい。彼は伝承を信じる男だ。私が嘘を言っていると思っているか、私が覚醒していないから分かってないと判断されたか、とりあえず彼の中で私が女神は確定らしい。私自身の言葉は信じてはもらえない。
「後から、違うなんて知らなかったって怒らないでね。」
カナトはにっこり笑ってまたまたカウチにかけるよう勧める。今度は座らせてもらった。抜群の触り心地だ。もう知らない。
「ちなみになんで器無しだと分かったの?皆の前で見せた時は魔力、あったでしょう?」
もし荒地ですでに感知されていても、デモンストレーションでやった時には魔力が見えたはずだ。けれど器無しと確信したのだから、その理由は知っておく必要がある。
「私の感知の仕方では、あなた様の魔力は感じられれませんでした。」
「見えなかったの?」
「あの時は、私にはマリス特有の土の香りがしたのと、あなた様の胸元に光り輝くマリスの姿が浮かび上がって見えたのですよ。」
うわぁ。そんな見え方の人までいるの?それじゃ、この方法じゃ誤魔化しようなく無い?
「私のように感知する者は他に聞いたことがありませんので、多くの場合その方法で問題ないかと。」
私の心の声が聞こえたのか、カナトは優しく慰めるように囁いた。
全体の何%が本体の形通りに光って見えるんだろう。大地君すでに調べてたりしないかな。
「お聞きになりたかったこととはその事でございましたか?」
白いフードを被った者達が現れてお茶の準備をし始めた。この人達は忠誠を誓った部下なのか、もしかしたら使令かも。
「この者達ならお気になさらず。他言は致しません。」
紹介する気はないらしい。
気を取り直して、知りたいことを尋ねる。
「王族の人間関係を知りたいの。近代の歴史で隠そうとしている事あるよね?」
「そのような事ですか?」
「ダメかな?」
「私が貴女の望みを拒否することはあり得ません。」
「嫌な事は嫌って言って欲しいんだけど。」
「では、お側に侍ることを「それはダメ。」」
しょんぼりして見せられてもダメなものはダメだ。
カナトは諦めて、壁際の扉を開いた。何やら手を動かしているから魔法の鍵がかかってるみたい。かなり厳重に。そして、そこにあった一冊の本のページをめくりながら、王家の秘密を話し始めた。




