66 即バレ
「じゃあ、シーマ様にお伝えしたい事があるんだけど、、えいこに頼もうかな。まずは2人きりで話を聞いてもらっても良い?」
「はい。」
キュラスはサタナさん達にここで待つように言って、私を隣の部屋に促した。
後ろでヒノトがメイドにお茶の指示を出している。
隣の部屋は執務室だった。扉が閉められると、
「ちょっと失礼。」
と言って、いきなり触れる一歩手前まで顔が近づいた。ただし目は閉じた状態。長い睫毛に整った眉。眉目秀麗とはよく言ったものだ。
マリちゃんから『感知中』の合図。
「恐れ入りますが、感知される時はそのように一言お願いいたします。」
焦って変な汗をかいたが、なるべく平然としてみせた。
「ぶっ。くくっ。あはは。」
なになに?なんなの?
彼は突然笑い出してしまった。
「これは、どういう趣向ですか?シーマ様?」
「仰っている意図がわかりかねます。」
いきなり問われて平然と打ち返したが、心の中は『なぜー?!何バレてんのー?!』と大絶叫。
「あなたはもう少し自覚を持たれた方が良いですよ?あなたの魔力と汗ばんだあなたの香りは、」
一度切って、香りを嗅がれる。そうかこの人は嗅覚で感じるタイプなんだ。
マリちゃんはまだ『感知中』の合図。
「かなり特徴的な香りなんです。」
つまり汗臭くてバレたと?大変ショックです。
「ご不快な香りでしたか、失礼致しました。しかし、」
同郷だから似ているってのは苦しいか?食べ物的関係で、とか。
「やだなぁ。臭いって言ってるんじゃ無いよ。逆。一晩中嗅ぎたいくらい、いい匂い。」
一晩中。意味を悟ってドン引きだ。そもそも、あんたのキャラはもうちょっと仲良くなるまでは礼儀正しいいい子ちゃんキャラでしょが。
「それにその表情。甘い言葉は苦手なとこも一緒。」
固まってしまった所で、胸元を手の甲で軽く叩かれた。
「ところで何で胸そんなに盛ってるの?変装?あれ?」
庇うのが遅くなって、マリちゃんか触られてしまった。ええい。
「マリちゃん、大丈夫?」
『大丈夫。喋ってもいいの?』
「うん、バレちゃったからね。頑張ってくれたのにごめんね。出ていいよ。」
偽乳がもぞもぞ動く女と思われるよりはマリちゃんを紹介した方が良い。
胸元からぴょこんと飛び出たマリちゃんはそのまま肩に移動した。
「すごい。こんな流暢に話すマリス見たことない。」
『キュラスさま、初めまして、僕マリちゃん。珍しいと思うけど、いきなり感知られるのはごめんです。』
「あ、あぁ悪かったね。でも、感じた魔力は君のだったんだ。ということは、え?えいこ、もしかして君、魔力も聖力もほぼ無いの?」
マリちゃんが感知されたらしく、あっさりバレた。やはり、シーマとえいこと両方感知されるとバレる可能性は高いか。万一バレた時も一応考えておいたから、慌てなくても大丈夫、と自分に言い聞かせる。
「それがシーマとえいことを演じ分けた理由です。あと、多分カナト様が勘違いした理由でもあります。」
実際は器すらありません。カナトがどのようにキュラスに報告しているか分からないから、あえて何に勘違いしたかはぼやかす。
「へぇ、魔女を詐称したんだ?顔はどうやって変えたのさ。」
「収集がつかなかったもので、仕方なくです。偶然の出来事が魔女の成果として先に一人歩きしたので、闇の国に閉じ込めておくべき魔女を演じました。顔はただの化粧です。」
「ああ、成る程。よかった。アレが化粧後で、今の君がオリジナルなんだね。」
「よかった、んですか?」
「シーマ様を魔女としてこちらで公式にもてなすには持て余す所だったからね。」
どえらい魔女でしたもんね。
「嘘ついてすみませんでした。」
頭を下げて謝ると、キュラスは悪そうに笑った。
「謝ってるけど、その設定続けるつもりでしょ?」
「はい。できれば公にしないで貰えませんか?」
公になると色々めんどくさい事が起きて予定が大幅に遅れてしまう。
「いいよ。でも、条件がある。というか、初めからお願いしたくてシーマ様を呼んだわけだし?」
「『嘘つき。』の件ですか?」
「そう。」
キュラスは自分の椅子に座ると私を客用の椅子を勧めた。
彼からまずこの間の事件のあらましが説明された。前王太子のクリウスは、その弟でクリウスとキュラスとは腹違いの兄弟である第二王子のドランを殺め、しかし反撃を受けて亡くなった。
そもそも現王であるワタオとクリウスの外交方針にドランは不満があった。事件のあった日、ドランは国の中枢を制圧するには十分の武器を地下に用意しており、それをクリウスが見つけた結果、まずドランが攻撃してきた。それは当たらずに壁を壊しただけだったが、命の危機を感じたクリウスはドランを制圧しようと魔法で攻撃し、それがドランの致命傷になる。しかし、油断したクリウスにドランは魔法を放ち、それでクリウスは亡くなったそうだ。王太子は自分の弟のクーデターを阻止した悲劇のヒーローとなった。
「どなたか目撃されていたのですか?」
「ドラン兄様に忠誠を誓った者が二人ほどその場に居たんだけど、現場に警備の者が行く前に自害しちゃってた。だから、いない、と言うべきかな。」
「その割にはとても詳細ですけれど、クリウス様が?」
「いや、それについては何も。魔法って契約の時とか保護魔法とか、誰がかけたか分かるでしょ?攻撃魔法も受けた側の傷を調べれば分かるし、壊れた壁に残った魔力の量を調べれば大体時間も推測できる。さっき説明したのは状況から推察されたやり取りを事実として記録されてしまったものだよ。」
「その言い方ですと、キュラス様は納得されてないんですね。」
「僕が認める事実は、政策に対して兄上達は確かに齟齬があった。あの日、地下にドラン兄様は武器を隠して居た。魔法が撃たれた順番は正しい。兄上達は死んだ。ただそれだけだよ。」
「納得されていない理由は、クリウス様の最期のお言葉ですか?クリウス様は貴方に何と?」
特になんの違和感もない記録を受け入れない理由はきっとそこだろう。私自身も『キュラスの兄二人が殺しあうような殺伐とした家庭環境』みたいな記憶があるから、それで合っている気がするんだけど。
「クリウス兄様は『俺は大きな過ちを犯してしまった。お前は見誤るな。』って。後はうわ言のようにドラン兄様と、ドラン兄様の母君に謝ってたよ。」
過ち?
「兄上達は政策では一致していなかったけど、僕は殺しあうほど仲が悪かったとは思ってない。その上、クリウス兄様の言葉。シーマ様が死に目に合わせてくれたお陰で僕の頭は大混乱だ。あんな記録、受け入れられないし、何を見誤らないようにすべきかだって分からない。だから、シーマ様に責任取って欲しいな。」
机に肘をついているキュラスは、にっこり微笑んでいる。
確かにストーリー変えまくってる私のせいでもあるっちゃあるし、原作に無さそうな設定は気にもなる。
しかし、私はただのモブ子です。そんなゲーム知識でどうにもならない事、私に分かるだろうか?
視線を無意識に落とした先に、いつの間にか私の手の中へ移動していて、いつの間にか撫でさせられているマリちゃんがいた。キョトンと私を見上げ、ニコッと笑う。
うん。そうだね。私一人でできない事なら皆んなでやれば良いよね。
それに、コレを解決すれば、カナの祠への道が拓ける。
「私が面会を申し入れて、すぐにお返事頂けたりお会いできたのはキュラス様のご意志ですか?」
「そうだよ。なに、マナー違反を怒った?」
「いえ、キュラス様はただの侍女であった私もとても大切に扱ってくださっていると感じています。」
「…そうかな?」
「なるべく緊張させないように、一緒に来た者全員を私室に通してくださいました。謁見の間や応接室ですと三人とも一緒に横並びで、は難しいでしょう?今は急遽執務室で二人きりですけど、これは想定外でしたでしょうし。」
執務室はそれなりに片付いているが、客が来る予定なら机の上はもう少し片付いているはずだ。
「それに、服装もワザとラフな物をお召しになって、言葉遣いも砕けてらっしゃいました。私的である事を強調されて、私が失礼しても問題にならないように手を打ってくださってますから。」
キュラスが左手を顔の前で軽く握る。ああ、ゲームと同じで照れると顔を隠すんだ。
「私はただ、キュラス様の私的な友人との面会がキュラス様に許可なく組まれるほど孤立されていないか確認したまでです。でも、そうじゃなくて良かった。」
攻略キャラはセレス以外は拗らせなければ基本いい人ばかりだ。私の目的から逸れない限りは力になってあげたい。どこまでやれるか謎だけど。
「マナー違反を侵してでも直ぐに私に会いたいと思われるくらい、事件の真相を知りたいという事でしたら、」
立ち上がってスカートを持ち上げ、キュラスに礼をとる。
「微力ながらお手伝いさせていただきます。」
「ああ、うん。頼むよ。」
キュラスはまだ、左手で顔を隠したままだった。
「でも、私の予言外れてばかりだし頼りなくて申し訳無いです。」
「それは、違う、と思う。」
彼の目は伏せがちだが、左手は机の上に戻された。
「もし、あの記録だけ目の前にあったら、兄上達との想い出が全部が嘘だったと思ったかもしれない。それで、人を信じられなくなったかも知れない。貴女が帰してくれて、兄上の言葉を聞けて、クリウス兄様はドラン兄様をちゃんと弟として愛してたんだと確信したんだ。だから、何があったか知りたいと思ったし、僕は多分孤独じゃ無くて済んだ。」
お兄さんの言葉でキュラスは人間不信にならずに済んだのだと彼は言った。そして、それは多分正しい。ゲーム内の彼はそうではなかったから。また少しキャラの設定を変えてしまうけれど、なんとなくこうなって良かった気がする。
「もし、君からも頼みがあれば言ってくれて良いよ。」
言外に感謝されたようだ。キュラスがそう言ってくれたけれど、まだカナの祠の事は言わない。失敗した時や他の頼み事の餌にされたら困る。
それより、色々あって弱り気味の少年の心に勘違いの恋の種を蒔いたっぽいから潰しておく方が先決。
「そうですね、じゃあ、いくらエロい香りでも、マリちゃんを寝所に引っ張り込まないでくださいね。」
私はにばっと笑った。




